掃除

 *****************************


 夜一人。そんなことはもう慣れた。いい男というのは忙しい。仕事をして稼ぐ男。寂しい時に一緒にいてくれる男じゃない。

 こんなことを考えるのは、高校生の恋愛話を運転中に聞いてしまったからだ。

 電話が鳴った。

 一瞬、彼からだと思ってしまったが、彼からだった。



「大丈夫?」

 いつもの優しい声で安心する。彼ではなく、彼なのだ。

「今当直中でしょ。暇なん?」

「うん。百合の声が聴きたくなって。」

「なにそれ。今日食パン買いに行ったよ。」

 少し疲れているのか、声に元気がない。そう、忙しい男なのだ彼は。

「ロイヤルホテルの?」

 直ぐに嬉しそうな声が返ってきて、頬が緩む。

「そう。明日朝帰れそう?」

「明日はまだ分からんけど、明後日は絶対食べるから。」

「うん。イチゴジャムも美味しいのがあるからね。」

「やった。頑張れるわ。」

 たわいもない会話をして、電話を切った。私のことを愛してる彼。電話を「大丈夫?」から始める彼だ。「どうかしたか?」で始める彼ではない。


 **********************


 掃除が終わった。床に掃除機をかけて、モップで拭いた。その後、グラスもキッチンペーパーでから拭きした。いつも使っていたグラス用のクロスがいつもの場所になく、探したらバックヤードで見つかった。しかし明らかに汚く、匂いを嗅ぐと生臭かったので使わなかった。一応食器用洗剤で手洗いし干したが、多分使われないだろうな、と思った。


 女の子ってやつは意外と汚い。それに女ばかり集まっていると余計に汚くなる。顔が可愛くて、肌も綺麗なのに意外と不潔なのが女だ。中身と外見が相反している。

 可愛い顔を作っているメイク用品はどうしたらそんな汚くなるの、と問いたくなるくらい汚いポーチに入っていたりする。

 中にはきれい好きの子もいるとは思うが、うちの系列店の若い女の子達は皆、私以上に不潔で驚いた。靴も服も共有している子が多くて、服に関してはちゃんと洗っているのかも分からない。ファブリーズをしてハンガーに吊したらきれいになるとでも思っているのだろうか。

 それか、若い女の子は汗もかかず、良い香りしかしないのだろうか。臭いと思ったことは一度もないが、皆同じような甘い香水の匂いをさせていた。ファブリーズと香水を振ったら可愛い女の子のできあがり、というわけだ。



 店長はまだ来ない。私に会いたくないのかもしれないが、あと十分で店を開ける時間だ。せめて開ける時間くらい来てくれてもいいのに。

 向こうには女の子が三人もいて、誰も同伴じゃなかった。それならこっちの店に一人寄越してくれてもいいんじゃないか、と思ったが一人の方が気楽で良いな、と考えを改めた。

 結局、ここで働いても甘え方も男の扱いも上手くならなかったな、と振り返る。男に慣れる為にバイトしだしたが、店長一人も上手く扱えない。

 いつの間にか色恋営業になってしまった時には、周りのキャストに迷惑をかけたこともあった。酔うと乱暴になる病院職員もいたし、バー越しにキスしようとしてくるおかしな客もいた。ずっと説教を垂れてる客もいて、一時間平謝りし続けたら、延長されて二時間平謝りコースになったこともあった。

 その後も私指名で何度か来たが、しんどすぎて店長に頼んで出禁にしてもらったこともあった。

 ここで働いて何かを学んだとしたら、男は信用出来ないってことくらいだ。酒を飲むと本性が表れ、それが良かった試しがなかった。


 後五分。バックヤードに戻り、椅子に座って煙草を燻らせた。

 特に美味しい訳でもない。ここにいたキャストのほとんどが吸っていて、客の副流煙を結局吸うのだから、それなら自分も吸った方がまし、と言われ納得してしまった。煙草を吸い出す人は、きっと意思が弱い人間なんだと思う。体に悪いと分かりきっているのに、止められない、止める気がない。勧められたら始めてしまう。

 私が吸っているのは、上野樹里に似たキャストのお姉さんと同じものだ。彼女は二つ煙草を持っていて、私にこれあげる、と可憐な笑顔を向けて、そのままくれた。パッケージが可愛く、その人によく似合っていた。客の前では煙草嫌いと言っていたのに、バックヤードで煙草を吸って休憩する姿はとても様になっていて、私には格好良く映った。香水を振って、口臭スプレーをする姿さえ綺麗だった。


 ケントさんのことが頭を過ぎる。ヘビースモーカーというのか、煙草をアテにビールを飲む勢いで煙草を吸う。サービスで出すナッツ類には手をつけない。吸っていたケントは私が吸っているものより強い6ミリだった。それは何のミリ数なのか分かっていないが、数字が上に行くほどきついということは知っていた。


「そんなに煙草って美味しいもんなん?」

 美味しそうにゆっくり肺まで吸い込み、吐き出す彼に聞いたことがあった。

「美味しないよ。」

 微笑みながら、さとみには似合わんよ、と言われ反発心が沸いた。一線を引かれているような、そんな感じがした。そして私は煙草を吸っている自分を晒してしまいたくなったが、結局しなかった。

 キャストの中で客の前では吸わないというルールがなければ、目の前で吸う姿を見せつけてやりたいとさえ思った。

 私はあなたが思っているような女じゃないよ、美味しさは分からないけど煙草も吸うし、ビールも飲むよ。男にも慣れてるよ、だからもっと私に近づいていいんだよ、と暗に伝えたかったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る