それが、高貴なる者の務めですわ
「お逃げなさい」
体を起こしながら、観音崎さんははっきりとそう言った。
「私が時間を稼ぎます」
「えっ、あのっ」
「あなたが何を考えていたかは大体分かりましたわ。あなたの誤解については不問にします。私はリーダーとして、パーティ全体に責任がある。あなたは逃げて、生き延びなさい」
「観音崎さん⁉︎」
ごおっ、と強い風が吹いた。
観音崎さんの前髪が跳ね上がり、ポニーテールが暴れた。
「確かに、日本に財閥は既にありません。観音崎財閥も。貴族院も既になく、華族と呼ばれる身分も消滅致しました。その末裔たるわたくしもけして裕福ではなく、アルバイトで自分の学費を工面する時代です。あなたの仰る通り。財閥は消えた。財閥令嬢はもういない。ですが!」
観音崎さんは立ち上がる。
ゴリラに向かって。僕を庇うように。
「そこに生きた人々、その暮らしや思い、人生の積み重ねとその連なりが、消えてなくなるわけではありませんわっ!」
ゴリラがこちらに向かって雄叫びを上げた。僕はビクリと身を竦ませたが、観音崎さんは巨大な類人猿を向こうに回して動じなかった。
「高貴な者は、お金持ちだから偉いわけでも、血統が優れているから気高いわけでもありません! 我々は、準備をしているのです‼︎
人より資産を持ち、社会的に高い位置にいて、強い影響力を持つ定めのわたくしたちは、その資産も、立場も、世の中に十全に活かして、社会に貢献する義務があるッッッ!!!」
「観音崎……さん……」
「
あなたの仰るお嬢様、どこのどなたをモデルに泣き虫で身勝手なものと思い込んでらっしゃるのが存じませんが、恥ずかしくも観音崎家の血族に非常事態の中で取り乱し、自己中心的な振る舞いをする者などおりませんッ! ええッッ!! 過去にも未来にもッッ!! ただの一人もねッッッ!!!」
観音崎さんがビッ、と棒を振った。僕が持つところを削った、あの即席の杖だ。
「わたくしたちは身体を鍛え、勉強し、人の上に立った時に必要となる知識や胆力を研鑽する。だから向かい風に背筋を伸ばして立つことができる。しかしそれは人間の価値の上下ではありません。与えられた分担の、役割の違いです。下津間!」
「はいっ!」
「わたくしがあなたのイマジナリーお嬢様なら、あなたの知らない知識を持っているわけないでしょう? あなたはわたくしのパーティの構成員として、この極限状態の中でもヤケを起こさず、誠実にわたくしによく付いて来てくれました。少しおっちょこちょいな所はありますけれど、あなたがパートナーで良かったですわ」
「待って、観音崎さん!」
「人の上に立つ以上、下の立場の者の人生に責任を持つ。それが、高貴なる者の務めですわ」
観音崎さんは走り出した。
棒切れを手に、ゴリラに向かって。
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