ゴリラですわ


「なにを仰っていらっしゃるの?」


「大体おかしいんですよ。無人島に、お嬢様なんて。僕の仮説はこうです。今この状況、僕が無人島に、お嬢様といて、サバイバルしてるなんて状況は現実ではないんです。あなたか、それともこの島か、海岸に流れ着いてからの全てか……幻影なんだ。僕の妄想。どちらにせよ、少なくともあなたは存在しない。観音崎ヒイナさん」

 僕は火起こしの木の摩擦を早めた。苛立ちをぶつけるように。

「観音崎財閥? 聞いたことないですし、日本の財閥はとっくに解体されています。1945年から1952年に掛けて。GHQが我が国の経済力を削ぐために実施した。言いましたよね、僕は文系だって。日本の財閥令嬢なんて今はいないんですよ。どこにもね」

 観音崎さんは喋らない。

 それどころか一切の身動きもしない。

 風がやんだのか、髪の毛もそのたおやかな揺らぎを失った。 

「懸賞で当たった? 財閥令嬢が船旅をするのに? おかしいでしょう。サバイバル知識に長けているのも、こんな異常な状況にすんなり適応できるのも、お金持ちのお嬢様なのに、泣きも喚きもせずに僕にテキパキと指示を出してキリッとしてるのも」

 力を掛けすぎた木の枝がバキッと折れた。

「あなたは幻だ!」

 折れた木の枝を乱暴に投げ出した僕は立ち上がる。観音崎さんは彫像のように動かない。可愛い顔立ち、はっきりした物言いの性格、そしてパートナーとして頼りになる行動力……きっとこの人は、僕の深層心理の理想が具現化された──。

 その時、僕の視線が景色の中の一点で止まった。


「……船だ」


 船は小さな軍艦のようで、この島の近くを通過するコースを取っているように見えた。


「おーい‼︎ おーい‼︎」

「失礼!」


 叫んで駆け出そうとした僕を、観音崎さんが突き飛ばすようにして押し倒した。


 何するんです、と抗議しようとした僕の頭のすぐ近くを、大きな石が高速で通り過ぎて行った。

 観音崎さんの行動が少しでも遅ければ、僕の頭は砕けて死んでいただろう。


「……ゴリラですわ」


 その言葉に観音崎さんの視線の先を見れば、そこには確かに大きなゴリラがいて、牙を剥き出し、怒りに燃える瞳で僕たちを睨みつけていた。


「どうやら、あのゴリラをなんとかしなければ救助の船に辿り着けない、という展開のようですわね」


 僕はゴクリ、と喉をならした。

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