わたくしが……イマジナリーお嬢様?

 海岸から見えた高台の頂上は、ちょっとした岩場だった。


 吹き抜ける風。

 先に行く観音崎さんの髪がなびいて、僕の目の前をふわりと横切る。


「どうですか? 観音崎さん」

「ご自身でご覧になって」


 観音崎さんは僕に場所を譲った。


「おお」


 絶景、と言って良かった。

 時刻は分からないが昼過ぎくらいか。

 

 視界は遠くまで見通せてそのこと自体は気分は良かったが、同時にその景色は僕らを暗い気分にさせる事実を含んでいた。


「これは……」


 ぐるり360度。抜けるような空と紺碧の海。

 絶海の孤島だ。まるで、絵に描いたような。


「無人島、ですね」

「そう見えますわね。残念ですけれど」


 どうやらこの高台がこの島で一番の高所のようだ。眼下には緑色のカーペットを敷き詰めたように森林が広がり、砂浜が群青の海と緑の森との境目を白く縁取っている。

 僕らのいた海岸側からは分からなかったが、風化して崩れでもしたのか高台の片側は切り立った崖で、例えば向こう側に降りたいなら高台自体を回り込むように迂回しなければならなかった。


「火でも起こしましょうか」

「なぜ?」

「ほら、木と木を擦り合わせてやる火起こしで。ここで焚き火でもして、煙を上げることが出来たら、捜索隊からも発見されやすいんじゃないでしょうか」

「お勧めしませんわ」

「どうして?」

「燃焼に必要な三原則はご存知?」

「主語がデカイこと、上から目線で相手をバカにしていること、エアプなのがバレバレなこと、ですか?」

「それは炎上の三原則でしょう。わたくしが言っているのは物が燃える燃焼の話です」

「選択科目……地理だったもんで……」

「燃料となるもの、充分な温度、そして酸素です」

「はあ」

「バラエティ番組などでは、完全に乾燥した木が使えるので比較的容易に木や紙の発火に必要な500度前後の温度を得られますが、人の手の入っていない森林でそう言った木を手に入れるのは困難です。湿った木では摩擦熱は木の水分の蒸発熱として消費され、いつまでも必要な温度が得られない」

「そこは、ほら。根性で」

 観音崎さんは首を振った。

「費用対効果が期待できません。ご覧の通りここは孤島。ここから見た限り水場は見えず、真水が容易に確保できないことが分かりました。余分に体力を消耗したり汗をかいたりすべきではありませんわ。また、幸いにしてこの島の気候は温暖です。捜索隊の気配も今はない。急ぎ火を起こす必要は、今はありません。そのおこころざしは、またの機会に温存しておいてくださいな」


「やっぱり、そうですよね」

「なんのお話ですの?」


 僕は観音崎さんの言葉に逆らって、その辺に落ちていた大小の枝を拾い、地面に座った。


 大きな枝を両足で踏むようにして抑え、小さな枝の先を当てて、キリで穴あけするように大きな枝を摩擦する。


「下津間?」

「もういいんです。大丈夫ですよ。僕は、一人でやって行けますから」

「どういうことですの?」


 僕は木の枝を摩擦する。

 火がつく気配はない。


「自分の胸に手を当てて考えて見られたらいいんじゃないですか?」

「不親切な物言いですわね。わたしにはさっぱり分からないから、先程から説明を求めているのです」


 僕は手を止めて溜息をついた。


「あなたは、存在しないんでしょう?」

「……は?」

「あなたは、存在しない。僕の妄想の中の存在だ。僕は孤島にただ一人。あなたは……イマジナリーお嬢様、だ」


「わたくしが……イマジナリーお嬢様?」

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