ありがとう下津間。大事に使いますわ
辛い行軍だった。
道なき道とはまさにこのことで、僕らは下草も繁る森林の中をそれを掻き分けながら進むのだが、そう言う旅程が体力よりも精神の方に辛いのだという事実を、僕は自分が経験して初めて理解した。
先のよく分からない場所を踏みしめながらズイズイと進まなければならない。見えずに踏んだ場所はぬかるんでいたり、大きな石があったり、尖った倒木があったりして、不快だったりヒヤッとしたりすることの連続だった。
だからと言って足元に神経を集中していると、クモの巣が次々と顔に掛かった。もちろんクモ付きで。目を凝らして見れば、木々の間はどこもかしこもクモの巣だらけで、僕は僕の知っている森林が人工的な一部分で、普通に歩ける道が人類の偉大な発明であることを知った。
「っ!」
先を行く観音崎さんが悲鳴を堪えたようなアクションをして立ち止まった。
「どうしました⁉︎」
「大丈夫です。手に、木のささくれが」
僕らは彼女の提案を採用し丁度良い木の枝を拾い、杖やクモの巣払いとして利用していたが、中々丁度良い木の枝なるものはなく、僕のは半分カビのようなものが繁茂していたし、観音崎さんのは乾いてはいるものの、人肌には優しくない荒れた樹皮が付いたままになっていた。
「貸してください」
僕は観音崎さんの杖を受け取ると、ポケットから十徳ナイフの一番大きな刃を出して、その杖の持つ部分の樹皮を削った。
「何か布でも巻ければいいんですが、当座これで。早く気が付けばよかったですね。傷は大丈夫ですか?」
「トゲは綺麗に抜けました。問題ありませんわ」
彼女は僕から杖を受け取るとニッコリと微笑んで
「ありがとう下津間。大事に使いますわ」
と言った。
……悪くない。
なんだ? この関係性、悪くないぞ。
今まで自分にどんな適正があるのか分からないまま人生を生きて来たが、もしかして僕は執事タイプの人間なのか……?
「どうかしまして?」
「いえ。なんでもありません観音崎さん」
軽くこちらを振り向いた観音崎さんの角度と光の当たり具合にドキッとしながら、同時に僕の中に、稲妻に撃たれたようにある感情が弾けた。
それは、彼女と、僕と、この島とに対して感じる、抜き差しならない「違和感」だった。
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