ハサン 1
灯りの少ないハジャカーイの海岸沿いを、二人の男がヨタヨタと歩いていた。
小太りの方がハサン、痩せぎすの方がユスフ。この町に拠点をおくトルコマフィアの構成員である。
一度酒を飲み始めると止まらなくなるのが、ハサンの悪いところである。彼は友人や同僚との宴会に参加しては、肩を貸さなければ立ってすらいられないまでに酩酊し、いつも周りに迷惑をかけていた。
彼の今日の被害者となっているユスフは、ハサンの後輩に当たる。先輩であるハサンを酒場に放置するわけにもいかなかった彼は今、タクシーに乗れるほどの金も持ち合わせていなかったので、仕方なく徒歩でハサンを送り届けている、その途上にあった。
風が止んだ夜の港町のジトジトとしており、その夜気がハサンにほんのりと汗をかかせ、臭いが立つ。その酷い悪臭に、ユスフは思わず顔をしかめる。
「おい、、、!…何だその不満そうな表情は!?」
「…思ってませんよ」
「いーや!確かに今!そーゆー表情をしてたね!」
「……」
「何とか言いやがれ!」
この通りハサンは酒に意地汚いだけでなく、酒癖も悪いのだった。
「普段さんざん世話してやってるってのに、てめー、ちっとばかり面倒かけたらその態度か!?前から思ってたがな、てめーにゃ義理とか人情とか、そういう━━」
何とはなしに浜辺の方を見ていたハサンは、そこに何かを捉え、言葉を切った。
「…何か流れ着いてるな」
「はい?」
「あそこだよ」
ハサンの示した方に目を凝らした。暗くてよく見えはしなかったが確かに、それなりの大きさを持つ何かが、あるような気がした。
「はあ、言われてみれば」
「見に行ってみよう」
「へえ?何でまた?」
「何でって…」
確かに、と思った。ハサン自身なぜあの漂着物に興味が湧いたのか、理解できなかった。
ただ、あれの正体がどうにも気になり、関心を抑えることが出来なかった。
「…金目のものかもしれん」
先程までが嘘であったかのように、自分の酔いが醒めていることをハサンは自覚した。
ユスフと組んでいた肩を外す。問題なく一人で歩けることを確認してから、浜辺へと向かった。
今までの酔いが演技だったのだと思ったユスフは、あまりに馬鹿馬鹿しくて、そのことについて触れる気にならなかった。そして渋々ハサンの後を追いかけた。
流れ着いていたのは、水死体であった。死後それなりに経つのか全身が青くなっており、皮膚も所々が爛れていた。
股についた性器から男の死体であることだけは辛うじて読み取れた。しかし衣服を身に着けておらず、またガリガリにやせ細り頭髪すら生えていないそれから、性別以上の判断はつかなかった。
「ただの死体じゃないですか…全裸だし、金目のものなんか持ち合わせちゃいませんよ」
死体を繁々と観察しているハサンに、ユスフが後ろから声をかけた。
彼の言う通りそれはただの死体であり、そんなものはこの町で生きていればいくらでも見かける。金にもなりそうもない。しかしハサンには、まだどこか引っかかるものがあった。
しばらくして、死体の右手が握りこまれていることに気づいた。
もしかしたら自分が違和感を覚えたのはここかもしれないと、ハサンは死体の手を開いた。
中から小石のようなものが現れた。
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