第9話 ミラ

 ピィー、ピィー! とピー助が威嚇するように鳴く。クルバの前では鳴かなかったことからピー助はミラを敵として認識しているようだ。


 「むっ、君はセシリヤさんのなんですか? 内容によっては……」


 暗い表情を見せたミラにピー助が再びピィー、ピィー! と鳴いた。もちろん、セシリヤにはピー助が何と言っているのかは理解できない。


 「……」


 「ちょっとミラ?」


 無言になり俯いたミラを心配したセシリヤが覗き込む。


 「……の……が」


 「ミラ?」


 もう一度名前を呼ぶと、ミラは勢いよく顔を上げた。少し涙目になっている。


 「僕の方がセシリヤさんと先に出逢ってたんですー! あとから出会ったくせにでかい顔しないでくださいー!」


 「……はい?」


 (ええ……⁉)


 予想外の言葉に間の抜けた声がセシリヤから零れた。その間にもピー助とミラの言い争いは続く。ミラに動物言語が理解できたことに驚きだが、会話の内容が内容だけにセシリヤは居たたまれない。ここがクエスト管理協会の支部だということをミラは忘れているのだろう。セシリヤが助けを求めるように受付の女性を見た。丁度こちらを見ていた一人と目が合う。

 女性は周囲を見渡して目が合ったのは自分なのか、と確認をすると諦めたように肩を落として立ち上がった。正直に言えば巻き込まれたくないだろうな、とセシリヤはこちらへ歩いてくる女性に頭を下げた。


 「あの……ミラ様」


 「え? ああ、うん。何?」


 セシリヤの時とは異なる態度にピー助が思わずピッ⁉ と声を零した。ミラは柔らかな表情のまま女性を見つめる彼に一瞬、見惚れていた女性は反応が遅れた。


 「はっ、いえ。立ち話もなんですから、報告は別室を用意しますのでそこで窺ってはいかがでしょうか」


 提案にミラは人差し指を顎に添えて「そうだね。受付の前で失礼したよ、ありがとう」と言えば一気に女性の頬が赤く染まる。上ずった声で「とんでもないです」と言いながら走り去っていった。それを見送っていたセシリヤは目をしばたたかせてミラを見た。


 (ミラって普通にしていれば顔だけはいいんだよね……顔だけは)


 セシリヤと話していた時とはまるで別人のようだ。セシリヤが訪れる前までは支部の人たちには無口なクエスト管理協会本部の青年に映っただろう。黄色い悲鳴が上がったに違いない。


 (本当はどちらが彼の本性なんだろうか……)


 ニコニコと笑みを浮かべている人懐っこい方とクールな側面を持つ方。クールな方は見方を変えれば全く興味を持っていない相手に対しての顔だとも考えられる。

 考えながらジッとミラの方を凝視していたらしい。視線に気付いた彼がセシリヤを見た。先ほどまでの冷静な面持ちではなく、満々の笑みを向けてくる。


 (調子狂うのよね……この笑顔)


 「セシリヤさんが僕の方を見つめて……そんな見惚れるくらいカッコいいですか?」


 「ううん。全然」


 「そ、そんなぁ……」


 満面の笑みでそう返すとミラはダメージを受けたようで、肩を落としてしまう。セシリヤから見れば情けない姿にしか映らないのだが、受付の女性陣からすれば愁いを帯びた表情はツボに入るらしい。黄色い悲鳴が上がった。


 「ミラ様、別室の準備が整いましたのでこちらへ」


 「ありがとう。セシリヤさん、行こうか」


 「……あ、うん」


 セシリヤたちは受付の女性が用意した別室へと移動した。



♦♦♦




 十二平方メートル程の部屋の中央に木製のテーブルが一つとそれを挟むように二人掛けのソファーが一つ、反対側に一人掛けのソファーが二つ置いてある。ガラス窓からは陽の光が差し込み部屋は明るい。奥に設置されている植木植物も手入れされているようで艶のある緑色だ。

 ミラは二人掛けのソファーへと腰かけた。自分の隣をポンポン、と叩いてセシリヤへ座るように促すが、セシリヤは向かい側に座った。


 「……どうして隣に座ってくれないんですか⁉」


 テーブルに両手をついて身を乗り出すミラにセシリヤは「隣に座る意味ってある⁉」と声を荒げる。ピー助は室内を駆けまわっており二人のやり取りには無関心のようだ。


 「ありますよ。セシリヤさんと密着出来る数少ないチャンスじゃないです……イチャイチャしたいです」


 「……イチャイチャする仲ではないでしょ」


 セシリヤとミラは恋仲ではない。ミラの片想い。一歩通行なのだ。溜息交じりに言うセシリヤにミラが初めて聞いたと言わんばかりに目を丸くした。


 「え……違うんですか?」


 「どこをどう解釈したら私たちがイチャイチャする仲になるのよ」


 「うーん。あれとかこれとか」


 セシリヤとの思い出を思い起こしているのだろう。ミラは頬を緩めてにへら、と笑う。黙っていれば美形な青年なのに、緩く笑うと可愛く見えてしまうから怒るに怒れない。


 「はああ……。報告をさっさと終わらせるわよ。私、この後用事があるから」


 ミラのペースに飲まれては枯れた水の調査に行けない。詳細な報告を済ませて支部から出よう。ついでにミラから逃げようとかは少しだけ考えている。


 「用事はいいですけど、報告を聞いたら確認に向かいますのでしばらくは僕と一緒ですよ?」


 「はあ⁉ なんでよ! 確認には一人で行って」


 笑みを向けて告げたミラにセシリヤがテーブルに両手をついて腰を浮かせた。確認を行うのは本部の仕事。基本的には単独で行うはずなので、同行は必要ないはずだ。


 「ええ……。せっかくセシリヤさんとの貴重な時間なのでなるべくご一緒したいという僕のわがま……じゃなかった。毎日仕事を頑張っているご褒美くらいあってもいいじゃないですか」


 「……聞こえてるわよ、本音。だいたい、ご褒美って私にはメリットがないじゃない」


 本音を隠す気がないミラに額を抑えながらセシリヤは再びソファーへと腰かける。ミラと行動を共にしてパンディオンと戦った洞窟まで行くことにメリットは何一つない。彼が得をするばかりだ。


 「メリットですか? んー」


 ミラは人差し指を顎に添えて天井を仰ぐ。少し逡巡した彼は「それでは」と口を開いた。

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