第10話 ミラの能力

 セシリヤはピー助と出会った洞窟にミラと共に訪れていた。


 「わーい。つい先日訪れたばかりなのに戻ってくるとは夢にも思わなかったわ」


 洞窟の入り口でセシリヤはぼやいた。ミラの転移魔法で瞬く間に移動したため日も高い。天窓から見える青空は初めて訪れた時と変わらない。天窓を一周するように木が生えており、風に揺らされた葉が音を奏でながらセシリヤの白銀の髪を揺らした。テンションが上がったピー助は洞窟内を駆け回ったり、飛行して楽しそうにしている。地面に腰かけたセシリヤはピー助を見つめて頬を緩めた。


 「セシリヤさんのその表情、僕好きですよ」


 「はあ⁉ 突然何言い出すのよ、さっさとここの記憶読んで仕事終わらせてくれない?」


 何気なく伝えられた言葉にセシリヤの頬に熱が集中する。直球すぎる言葉に慣れていないセシリヤには効果的で、照れ隠しするように素っ気ない言葉を返しながらも声は上ずっている。ミラは苦笑すると洞窟の中央に立った。瞳を閉じて意識を集中させると、彼の足元に魔法陣が浮かび上がる。天窓から吹く風とは異なる風が魔法陣から吹き、ミラの純白のローブを揺らした。


 「……ミラの力を見るのは久しぶりね。いつ見てもすごいわ……」


 集中しているのか本人には届いていないようだ。セシリヤは安堵の息を零した。聞かれていたら間違いなく中断して「今、褒めてくれました⁉」とこちらを振り向くだろう。容易に想像できてセシリヤは苦笑した。

 彼の提案を飲んでこちらへ赴いたのはセシリヤにとってメリットがあるからだ。



 支部の応接室で『それでは』とミラは続けた。


 『条件を付けましょう。記憶を読んだ際にセシリヤさんにとって有益な情報があれば提供する、と言うのはいかがでしょうか?』


 『有益な情報……ねえ』


 『例えば、怪鳥が現れた原因とか』


 言われてセシリヤの脳裏にピー助の額に埋め込まれたアメジスト色の魔石。パンディオンの額には本来あるはずのない物だ。あれを埋め込んだ者がいる。それの情報は知っていて損はないだろう。


 『分かったわよ。一緒に行けばいいんでしょ』


 そう言うとミラは表情を輝かせて立ち上がった。ピー助とセシリヤの肩が揺れる。


 『やった! そうと決まれば早速行きましょう!』


 移動してきたミラはセシリヤの手を取り引き寄せた。抱きしめる形になり困惑している間にピー助がピィー、ビィーと怒りながらミラのズボンを嘴で引いた。


 『ミラ?』


 『転移魔法使うのでこうやって密着しないと』


 ね? と言われてセシリヤは目をしばたたかせた。そういうものだったっけ? と考えている間にミラがセシリヤの肩を掴む手に力を込める。


 『……』


 一瞬、ミラの手を抓ろうと考えてセシリヤは思い留まった。足元でピー助が鳴いているのに気付いてセシリヤはその手をピー助へと伸ばした。飛び込んできたピー助を抱きしめた刹那、ミラの足元に魔法陣が展開される。淡い光に包まれると二人と一匹は応接室から消えた。




♦♦♦



 ミラが記憶を読み取っている間セシリヤはポケットに入っている魔石に触れた。ティルラは発言を控えている。ミラにはティルラの事を話してはいない。話せる時間がなかったのもあるが、彼女の事を安易に誰かに話していいものか迷っていた。


 (まあ、ここの記憶を読み取られる時点でティルラのことも知られちゃうんだけどさ)


 膝を抱えたセシリヤの真横にピー助が降り立った。ピィー、と羽を広げて一鳴きする相手にセシリヤは小さく微笑んで小さな頭を指先で撫でた。気持ちよさそうに双眸を閉じているピー助にふふっ、と声が零れる。


 「ああー! セシリヤさんに撫でられるなんてズルいぞ! 僕だって撫でられたことないのに!」


 記憶の読み取りを終えていたミラが勢いよく近づいてくる。ピー助に対して丁寧語を使う気が無くなったのだろう、タメ口だ。ピー助も煽るようにミラを見上げる。


 「っ……、この鳥」


 「はいはい。喧嘩しない、喧嘩しない! ミラは記憶の読み取り終わったんでしょ、お疲れ様」


 「セシリヤさん……! 僕まだ撫でられたことないんですけど」


 涙目でこちらを見るミラにセシリヤは苦笑を浮かべる。撫でるも何も理由もなく青年の頭を撫でるなんてするわけがない。ないが、このままだと拗ねて面倒くさいことになりかねないと判断したセシリヤが手招きをした。疑問符を浮かべながらもセシリヤの目の前で正座する相手に笑みが零れる。


 セシリヤは「特別だからね」と念押しして手を伸ばした。触れた先はミラの頭。ふわふわとした髪の感触に頬が緩みそうになる。


 「仕事頑張って偉いわね、ミラ」


そう言いながら軽く何度か撫でているセシリヤにミラは大人しく正座したままだ。


 (意外……。もっとうるさ、じゃなかった。テンションが上がるのかと思った)


 予想に反してミラは黙ったまま撫でられている。少しだけ心配になったセシリヤが手を止めてミラの顔を覗き込もうと屈むと


 「……っ、わー⁉ ちょ、ちょっと覗き込まないでくださいよ……!」


 赤面したミラが慌てて顔を隠しながら距離を取る。


 (……乙女か!)


 相手の反応に思わずツッコミを入れそうになった。


 「褒めて欲しいって言ったのはミラの方でしょ?」


 呆れながら言うとミラは赤い頬のまま「いや、だって……本当に撫でてくれるとは思わないじゃないですか……」


 心の準備が出来ていなかったんですよ……と消え入りそうな声で呟いている。珍しい相手の反応に悪戯心が顔を覗かせた。セシリヤはミラに逃げられて行き場を無くした手を地面へと付いて彼の方へ近づいた。

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