第8話 クエスト管理協会

 翌朝、モンタナを出たセシリヤが向かったのはクエスト管理協会の支部だ。表通りを進んで中央にある噴水を通り過ぎたところに一際大きな建物がある。そこはコランマールの宿屋ランキング一位の“パエパランツ”だ。パエパランツから建物三つ分離れたところに支部がある。ここを訪れた目的は先日のパンディオン戦の詳細報告。クエスト管理協会から配布されているカードではクエストの受付と終了のみの報告しか出来ず、最終的な報告は本部か支部で行わなければならない。クエストの終了確認方法は様々だが、モンスター討伐など高難易度に設定されているものは報告終了後に本部の者が現地へ赴き大地の記憶を読み取ることで確認を行いクエスト完了の判を押す。本部に在籍している者はエリート揃いで能力値も高いことで有名だ。そして、変人も多い。シリヤは扉の前に立ち取手に手を掛けた。

 力を込めて扉を押せば、ゆっくりと開く。木目の床が見えたところで


 「あ……! セッシリッヤさ~ん!」


 中にいた人物が語尾にハートマークでも付けていそうな雰囲気で勢いよくこちらに向かってくる。セシリヤは反射的に扉を閉めた。


 「え⁉ なに、いきなり大きな音したけど、大丈夫⁉」


 勢いよく扉を閉めた音に驚いたティルラが心配そうに声を掛ける。


 「ティルラ、何でもないから喋らないで。怪しまれるでしょ」


 「わ、わかった……」


 納得できない、と言わんばかりにティルラは頬を膨らませながらも了承した。仮にセシリヤ以外にティルラの声が聞こえなければ、セシリヤが独り言を言っているようにしか聞こえないだろう。傍から見れば怪しい人確定だ。そう考えれば納得せざるを得ない。


 「セシリヤさ~ん、あれ? おかしいな、ドアが開かない」


 おーい、と扉の向こうでは先ほど向かって来た相手が扉を力いっぱい引いている。セシリヤも負けじと扉を引いている為拮抗しているドアは開かない。通行人から視線を浴びているセシリヤは手を離そうか否か、考えていた。扉の向こうにいる青年はクエスト管理協会本部に在籍しているミラだ。彼が何故ここにいるのだろうか、考えるだけで頭痛がする。

 セシリヤは重く息を吐きだすと手を離した。


 「っと、わわっ!」


 案の定、思いきり扉を引いたミラはバランスを崩して後方に倒れた。支部の職員たちが腰を浮かせたところでミラは体を起こした。見たところ外傷はないようだ。職員の一人が安堵の息を零す。


 「セシリヤさん~! お久しぶりです、会いたかったですよ~」


 何事もなかった両手を広げて抱き付いてこようとするミラにセシリヤは片手を突き出して阻止する。ミラは両手を広げたまま動きを止めた。


 「ミラ……」


 もう片方の手で額を抑えるセシリヤに対してミラはニコニコと笑みを浮かべている。再び重く溜息が漏れた。


 「なんであなたがここにいるのよ」


 問えば、相手はキョトンとした。それも一瞬の事。すぐに笑顔に変わる。


 「なんでって、それはもちろん……。セシリヤさんに会いに来たからです!」


 (えぇ……⁉ それってつまりセシリヤの追っかけ?)


 喋るな、と言われているティルラは心の中でツッコミを入れた。セシリヤの追っかけをしている人物がいるとは意外だ。

 キリッとした表情で告げたミラにセシリヤの頬が引きつる。


 「キリッとした顔で言うな! 仕事をしなさい、仕事を!」


 ミラの頬を引っ張りながら言うセシリヤに「ひ、ひひゃいれす……」と言いながらもミラはまんざらでもない様子だ。セシリヤはミラの頬から手を離した。


 「ちゃんと仕事で来たんですよ、僕。セシリヤさんに会いにくるついでに」


 頬を擦りながらミラが言う。


 「いや、そこは逆でしょう?」


 間髪入れずに言うと、ミラは何故、と言わんばかりに首を傾けている。彼の中で本気でセシリヤに会いに来ることが目的で、仕事として本部からこちらへ訪れたのはついでらしい。セシリヤは深く重い溜息を吐いた。


 「セシリヤさん、クエスト達成おめでとうございます!」


 「え、ああ……うん。ありがとう……って! 思い出した!」


 流されそうになったところでセシリヤは声を荒げた。首を傾けるミラにセシリヤは続ける。


 「怪鳥討伐の件だけど、そっちの情報の倍の大きさだったんですけど⁉」


 「へぇ~。倍あった大きさの怪鳥を一人で討伐しちゃうなんてさすがセシリヤさんです」


 ニコニコと笑みを浮かべているミラにセシリヤの額へ青筋が浮かぶ。違う、そうじゃないと返したいが、ミラには無効だと自己完結してセシリヤは開きかけた口を閉じた。

 ピィー、と後ろにいたピー助が鳴いてセシリヤがそちらを振り向いた。ミラもセシリヤの背後からピー助を見る。


 「どうしたの、ピー助」


 膝を折りピー助の頭を撫でながらセシリヤが問うと「ああー⁉」とミラが声を上げた。


 「な、なに? 大声出さないでよミラ」


 ピー助を抱きかかえながらミラの方を振り向いたセシリヤの眉が寄る。


 「その鳥なんなんですか⁉ 僕のセシリヤさんに馴れ馴れしくしないでください」


 (ピー助相手に何言ってんのこの人⁉)


 我慢できずにティルラが内心ツッコミを入れた。姿は分からないが、ミラというのは声からして青年だ。彼がセシリヤに好意……でいいのだろうか、そういう感情を抱いているのは分かった。けれど、嫉妬相手がピー助というのはなんというか。どうりで勢いよく扉を閉めたわけだ。彼女の行動の理由にティルラはそっと同情した。

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