第4話 洞窟
朝日の眩しさに眉を顰めて瞼を開けたセシリヤは体を起こして伸びをする。
「んー! よく寝た!」
熟睡していたようで、体は軽かった。パンディオンが目の前でピィー、と鳴きながら跳ねている。どうやら見張りを頑張ったぞ、というアピールらしい。セシリヤは微笑むとパンディオンの頭を一撫でした。
「お疲れ様。ありがとう、おかげでよく眠れたわ」
そう言うと嬉しそうにパンディオンは何度もピィー、と鳴き羽を広げた。
「私も一応は見張りやってたんですけど……」
不満そうな声音に視線を落とすとティルラが魔石の中で頬を膨らませていた。
(えっと……これは拗ねているんだよ、ね?)
内心、面倒くさいと思ったが、口に出すと更に面倒くさそうなのでセシリヤは魔石を両手で包むと自分の目線と同じ高さまで持ち上げた。ティルラと視線が交差する。心なしか、彼女から期待の眼差しを向けられている気がする……。
「見張り、ありがとう。ティルラ」
礼を述べると、ティルラの表情が輝いた。
(なんて単純……扱いやすっ)
危うく口から素直な言葉が漏れそうになり、セシリヤは唇と引き結んだ。魔石に封じられている女神を怒らせたところで今のところ被害はなさそうだが、触らぬ神に祟りなしという言葉が残されるくらいだ。過去の神々の伝承からも怒らせない方がいいだろうとセシリヤは判断した。
「ふふん! 見張りくらいなら私に任せなさい」
セシリヤの内心を知らないティルラは胸を張りながら得意げに言う。それに張り合うかのようにパンディオンが羽をばたつかせながら鳴いている。
朝から騒がしい、と思いながらもセシリヤは不快ではなかった。むしろ、新鮮だ。師匠から旅に出ろ、と放り出されてからずっと一人で旅をしてきた。こんなに賑やかなのは初めてだ。セシリヤはふっ、と吹き出すと肩を揺らしながら笑った。
♦♦♦
軽く朝食を済ませて身支度を整えたセシリヤはコランマールへ向けて出発する前に寄り道をしようと決めていた。クエスト管理協会からの依頼は達成しているし、パンディオンを討伐した際にカードには完了と刻んでいた。詳細はコランマールに着いた後で支部に寄り報告すればいい。
「ねえ、セシリヤ。このまま街に帰るの?」
ティルラからの問いにセシリヤは「んー。ちょっと寄り道でもしようかなって考えてる」と返す。
どうして? と追加で問われた。
「あそこに森が見えるでしょ。奥に洞窟があるらしくて、そこに興味があるのよね」
コランマールの人たちの言葉を思い出して、実際に枯れた植物を目にしてしまったらこのまま素通りすることは出来ない。それに、洞窟の奥にいるとされる精霊のことも気になる。
「あと、洞窟と言えば珍しい鉱物とかありそうじゃない?」
「ふーん。なんか嫌な予感がするのだけど」
ティルラが眉を寄せる。微かに漂う気配は決して良い物ではない。だからと言って魔石の中から出ることが出来ないティルラは何もすることが出来ない。
「あの奥から禍々しい気配を感じるんでしょ」
言い当てられてティルラは目を丸くした。分かってて行くのか、と言いたげな顔をセシリヤへ向ける。
「身の危険を感じたらすぐに撤退するよ。それに、女神様が禍々しい気配を見過ごしていいの?」
そう言われてしまえば二の句は告げない。ティルラはグッと言葉を詰まらせた。確かに禍々しい気配を浄化するのは女神の責務でもあるが、今の自分には何もできない。セシリヤの魔力が無ければただの石にすぎない。そんな自分が情けなくて、悔しい。ティルラは俯いて唇を噛んだ。
「もしかしたらさ、出来ることがあるかもしれないでしょ?」
女神サマ? 見上げれば、セシリヤは悪戯っ子のように笑う。それにつられるようにティルラが苦笑した。
「ねー、ピー助」
同意をパンディオンに向けた。パンディオンは一瞬、自分のだとは気付かずキョトンとする。
「ピー助ってもしかしてパンディオンの名前なの?」
ティルラの問いにセシリヤは頷いた。
「名前ないと不便でしょ?」
「えー……」
真顔で言うセシリヤにティルラの頬が引きつる。
(いや、ネーミングセンスどうなってんの? ピー助はないわ……)
同情のこもった目でパンディオンを見れば、名付けられた相手は名前を与えられたことが嬉しいのかピィー、と鳴きながらぴょんぴょんと跳ねていた。
(えー……。いいんだ、ピー助でいいんだ……)
「さて! それじゃあ、出発しますか」
そう言とセシリヤは歩き出す。その後ろをピー助が付いてきた。向かうのは視線の先に広がる森。
昨日の川まで戻ったセシリヤは上流へ向かい歩いていた。途中から森に入り更に奥へと進んで行く。道が作られていることからもコランマールの人が薬草と採りに来ていたことは分かるが、今のところ誰の気配を感じない。セシリヤは気を引き締めると奥へと進んで行った。
「そう言えば、セシリヤは鉱物とか珍しい物でも集めているの?」
「ん? あー、そうね。集めてるといえば集めてるのかも」
途中から舗装された道が無くなり、草を掻き分けながらセシリヤが答えた。見た目からは鉱物などに興味はなさそうだが、人は見かけによらないのか、とティルラは興味深そうにする。
「別に鉱物マニアとかじゃないから」
ティルラの思考を読んだようにセシリヤが釘を刺す。問われる前にセシリヤは口を開いた。
「師匠からのお使いよ。弟子を旅立たせるついでに、旅先で師匠が探している物を見つけたら採取してこいってね」
ため息混じりに言う。
『おいセシリヤ。旅に出るついでにこのリストに書かれている物を見つけたら俺のところまで持ってこい』
ブレーズが羊皮紙をセシリヤの目の前に突き出した。受け取ったセシリヤは我が目を疑う。何度も書き連ねられた文字を追う彼女の眉間に皺が寄り始めた。
『えー。リストに書かれてる物って超レアなやつばかりじゃないですか! 絶対に面倒……』
『あー? 何か文句でもあんのか?』
言い終わる前に相手から頭部を掴まれて力を入れられれば痛みでセシリヤは涙目になる。
『痛っ、いたた……! 師匠、痛いです!』
頭を掴む彼の手を叩いても力を緩めるつもりのない相手にセシリヤは『わかりました! 喜んでお使いさせていただきます!』と声を上げた。すると、すぐに手を離されて解放される。未だに頭に残る痛みに相手を睨み付ければ、意地の悪い笑みで返される。
『おー。分かればいいんだよ、分かれば。素直な弟子を持てて俺は嬉しいよ』
ほぼ棒読みで告げられてセシリヤは内心で悪態を吐いた。
「……」
師匠とのやりとりを思い出したセシリヤは無言になり森の中を進んで行く。掴まれていないはずの頭部に痛みが走った気がして無意識に頭部を抑えた。
「急に無言になったけど、どうかしたの?」
「いや……。なんでも、な……い」
心配そうに声を掛けるティルラにセシリヤは歯切れの悪い返事をする。思い出すだけでも背筋が凍る。
「あ。着いた」
思い出しているうちに森の奥に辿り着いた。ピー助と対峙した時とは異なる洞窟が口を開けていた。中から漂うのはどす黒いオーラの様なもの。人の気配どころか動物も見当たらない。セシリヤは喉を鳴らすと洞窟の中へ入って行った。
岩で出来た中は陽の光がなく暗い。セシリヤは人差し指を立ててライトの魔法を使った。セシリヤを中心に辺りが明るくなる。岩壁に触れてジッと目を凝らす。突き出た岩からは水晶がいくつか出来ておりライトの灯りに照らされて光った。
「クリスタルが多いのか……」
数本水晶を取り麻袋へ入れると、周囲を見渡して奥へと続く道を凝視したセシリヤは歩みを進めた。途中は分かれ道になっており、真っ直ぐに進み道と右に曲がる道が出来ている。黒いオーラは奥から感じる。それと同時に水音も微かに聞こえるが、ここまで水は届いていない。
「ティルラ、奥に行こうと思ってるんだけど、どう思う?」
「私に聞くの?」
ポケットに入っている相手へ問うてみれば、少し思案した後「嫌な予感は変わらないけど、セシリヤが行きたいなら止めない」と苦笑を交えながら言った。
「よし! じゃあ行こう! ピー助、行くよ」
片腕を上げたセシリヤにピー助もピィー、ピィーと鳴きながら跳ねる。
奥へと足を踏み入れて最初に目に入ったのは枯れた植物と、汚染されて黒く染まった水だった。壁面から突き出ているクリスタルも黒い。さらにその奥へと続く道からは黒い霧の様なものが出ており、視界を遮っていた。
「……結構やばい感じ?」
「最初から言ってるじゃない。“嫌な感じがする”って」
呆れた口調のティルラにセシリヤが無言になる。セシリヤが使える魔法の種類にも限度がある。この奥には確実に穢れた何かが巣食っている。穢れを浄化できる魔法はセシリヤには使えない。汗が頬を伝い、顎から地面へと落ちた。喉を鳴らし、奥を見据える。
「ねえ、女神さまは浄化魔法を使えたりする?」
問えば、ティルラは少しの間を置いて分からない、と答えた。魔石の封じられる前であれば浄化魔法は簡単に出来たが、今の状態では正直やってみなければ分からない。試すにもセシリヤから魔力を吸収する必要がある。それもどの程度の量が必要なのか未知数であり、吸収する量によってはセシリヤの体にどんな影響が出るのかもわからない。
「試してみないことには分からないってことね」
「そうだけど、浄化魔法が使えるとは限らない。それにあなたの魔力をどれくらい消費するのかだって未知数なのよ?」
「そうだね。でも、何もしないでここを去るのは嫌なの」
どうして、と言葉が出てきそうになりティルラは一度呑み込んだ。最初は興味だの、珍しい鉱物が目当てだのと言っていたはずなのに、鉱物目当てであればこのまま見なかったことにして引き下がればいい。何故、奥に巣食う者を浄化しようと考えるのだろうか。
「もしかしたら……に繋がる情報があるかもしれないじゃない」
小さく呟かれた言葉の肝心な部分を聞き逃してしまったティルラは首を傾けた。師匠から頼まれている物以外にもセシリヤには探している何かがある証拠だ。聞いたところではぐらかされるだろう。だから今は何も聞かない。ティルラは一度瞳を閉じてからゆっくりと開いた。
「分かった。でも、危険だと判断したらすぐに撤退して」
「もちろん!」
セシリヤは頷くと奥へと向かった。
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