まんまるウッシーの歌
ウッシーウッシーまんまるウッシー。
食い意地はって食べちゃった。
給食のお皿、ランドセル。
ウッシーウッシーまんまるウッシー。
それでもおなかがペコペコで
しまいに家族も食べちゃった。
歌が流行ったのは2年生のとき。歌詞を作ったのは、クラスで一番かっこよくて人気があった能登君だ。
ウッシーの歌が始まったきっかけは知らない。風邪をひいて休んでいるうちに広まっていて、休み時間になると、誰かが必ずウッシーの歌を歌い始める。能登君とよく遊んでいた子たちが歌を聴いて手拍子を始める。そうすると、能登君が牛田の前に近づいてウッシーの歌を引き継ぐのだ。
初めに見た時には驚いたけれど、人気者の能登君が歌っているので、私はそれを真似た。三日も経たずに、休み時間にウッシーの歌を歌うことが普通になった。
牛田はあのころからクラスで人一倍太っていて、給食大好きで、のろまだった。嫌なら嫌だと言えばいいし、怒ればみんな歌うのを止めたと思う。けれども、牛田はウッシーの歌を歌う私たちに「おなか減っちゃったねぇ」と笑って頭をかく。
私はその様子が大嫌いで、それでも歌い終わると能登君が「牛田、今日もお前がサッカーボールな!」ってはしゃぐからウッシーの歌を止めなかった。
3年生の夏。能登君は転校して、私たちはウッシーの歌を止めた。止めたきっかけもはっきりしないけれど、能登君がいないなら歌う意味もなかった。
私たちは能登君がいないので、牛田とは遊ばなくなった。けれど、ウッシーの歌を止めても牛田は何も変わらなかった。毎日給食の時には楽しそうにしていて、放課後はぼーっと教室で校庭を眺めているか、いつのまにかいなくなる。
牛田が校庭で遊んでいる男子たちに混ざることはなかったし、私たちも教室にいる牛田に話しかけることはなかった。学校で牛田に積極的に話しかける人なんてだれもいないのだから、来なければいいのに、学校を休むことはしなかった。
教室の外では、理科の神田先生と一緒にいるのをよく見かけた。神田先生は菜園の管理も担当している。授業のときにビニールハウスで出来たトマトをみせられたことがあったっけ。きっと、牛田は神田先生と植物の話をしていたんだ。
神田先生と牛田が何を話しているのかなんて気にしたことがなかった。美人の神田先生とたくさん話すなんて、ウッシーの癖にずるいと思っていた。
ずっと同じクラスだったけれど、結局、私は牛田のことが嫌いで、能登君がいなくなっても牛田はまんまるウッシーのままだった。だから、あの日、牛田がユータたちと遊びに行ったときも、私たちだけの屋上に牛田がやってきたときも、ヤオヨロズでみんなで買い物をしているときも、ずっとずっと牛田が近くにいるのが嫌だった。
「それなら、牛田くんにプレゼント、しちゃおっか」
なんで、牛田の話をしたのかは覚えていないけれど、あの日、私は、ゆうゆちゃんの前で、牛田の嫌なところをたくさん話したんだと思う。ゆうゆちゃんはいつもと同じように私の話を聞いてくれて、最後にそう言った。
いつも、みんなと違うことに気がついて頭が良いし、私が思っていることをユータたちに言いにくいことも代わりに伝えてくれる。優しくてかっこいいゆうゆちゃん。
でも、このときのゆうゆちゃんがどんな顔でプレゼントの話をしていたのか、私は覚えていない。顔がよく見えなかったのかもしれない。
「牛田くんにね、ハズレ棒、あげちゃおう」
ゆうゆちゃんは、アイスキャンディには当たり棒のほかにハズレ棒があるんだと言った。私は今まで見たことがなかったけれど、当たりがあるならハズレもある。言われてみれば当たり前だと思った。
でも、アイスのハズレ棒なんて、何に使うの?
「私たちは使わないよ。でもね、当たりがたくさん出ると、お店は困っちゃうでしょう。だから、ハズレ棒を引いた人に困りごとを全部引き受けてもらうんだって」
全部引き受けてもらう。何をするのかわからなかったけれど、胸の中がざわざわした。でも、胸がざわざわしているのに、私は笑顔だったと思う。あの時、私は、能登君から話しかけてもらったときのことを少し思い出した。
「怖がらなくても大丈夫だよ。私、ハズレ棒の入ってるアイスがわかるんだ。だから、買ってきたら袋をあけないで牛田くんにあげちゃえばいいよ。アイスのプレゼントだから、牛田くんも喜ぶでしょ」
気持ち悪い牛田にハズレ棒を渡す。ハズレ棒を掴むのは牛田だから、私たちは関係ない。それに、牛田は大好きなお菓子を分けてもらって嬉しいはずで、私は何も悪いことはしていない。
ゆうゆちゃんは、能登君とは違う。頷いた私は前と同じかもしれないけれど。
3日くらい経って、ゆうゆちゃんが小さなクーラーボックスにアイスを詰めて持ってきた。ハズレ棒のアイスが入っていると話すゆうゆちゃんは、いつもの通りだった。中身をみてみたかったけれど、自分でハズレ棒を手に取るのは怖くて、私はそのままクーラーボックスを受け取った。放課後、屋上で牛田に渡してしまおう。そう思って過ごす一日は長くて不安だった。
放課後、屋上にいくと牛田だけがいて、ゆうゆちゃんの箱を漁って。そうやって、いつも食べ物のことばかり。ウッシーはお腹ぺこぺこだから。家族を食べちゃうくらいだから。だから、牛田はクーラーボックスを渡すと目を輝かせた。でも、あいつはその後に首をかしげて私に聞いたんだ。
「チイコちゃんは最近アイスの当たりをみた?」
なんでそんなことを聞いたのかわからなくて、私はみてないよと答えた。
「そっか。誰も当たりをみてないの、やっぱりおかしいよね。このアイスにも当たり入ってないのかな」
いつもならすぐにアイスを手に取って食べ始めそうなのに、このときの牛田は不安そうにクーラーボックスを覗き込むばかりでなかなか手を出さなかった。
だから、開けてみれば良いじゃないって、アイスを一つ手に取って袋をあけて渡したんだ。牛田は、ありがとうって手に取って、そのままアイスを食べて。
「ちゃんとプレゼントできた?」
帰り道で会ったゆうゆちゃんに聞かれたとき、私はどんな顔をしていたのだろう。ゆうゆちゃんはどんな顔をしていたのだろう。
牛田は、次の日から学校に来なくなった。ハズレを引いて、全部引き受けたから。
*****
教室からどうやって出てきたのかは覚えてなかった。
牛田が出してきたハズレ棒は廊下のどこかで投げ捨てた。なんで教室に牛田がいたのか全然わからなかった。牛田はハズレ棒を引いたからいないはずなのに。とにかく牛田から逃げたくて私はでたらめに学校の中を走った。
階段を下りたのか上ったのかもよくわからなくなっていたけど、息が苦しくなって寄りかかったドアがミシミシと音を立てたから、私は、自分が屋上のドアの前にいて、そして屋上には誰かがいるって気がついた。
集団下校の準備中なのに誰がいるの。もしかして、牛田が追いついた? そんなわけはない。あいつが私より足が速いわけがないし、階段を上るときに気が付いたはずだから。
もしかして。牛田はまだあそこにいるの?
気持ち悪くて吐きそうだった。何も考えたくない。屋上に出て、少し休みたい。そう思ったら、いつもよりドアが軽く開いたから、私はバランスをくずしてよろけるように屋上に飛び出してしまった。
「おや、こんなところに小さなお客さんだ」
屋上には緑のジャケットをきた髪の短いお姉さんがいた。お姉さんは右手に卒業アルバムみたいな本を持っていて、背中にはリュックを背負っていた。お姉さんはよろけて転びそうな私を見て、驚いたようにぴょんとジャンプした。ドアのすぐ前に立っていたのかもしれない。
「君は、何年生? 何組の子かな」
グリーンジャケット。服の色とお母さんたちの話が結びつくまでほんの少し時間がかかった。お姉さんは、回遊会の人だ。どうして、回遊会の人が私たちの屋上にいるの? 猫谷が回遊会の人に協力してもらうと言っていたけれど、屋上にくる理由なんてないじゃない。
お姉さんは私が何も答えないのを見て、リュックに手を入れようとして、そして自分の手が黒いことに目を丸くした。
「あちゃ。ねえ、ハンカチとかティッシュもってない?」
ティッシュならある。私はお姉さんにポケットティッシュを渡した。お姉さんは顔を輝かせて「ありがとう!」と言い、ティッシュでてのひらを拭いた。そのあとはリュックを開けて何かを探している。
「あの、お姉さんは」
「話す気になった? あ、そうか。名前言ってなかった。いきなり知らない大人に名前聞かれたら怖いよね。私は回遊会の鹿場音色。えっと、君はゲームとかする?」
ゲームはしない。
「そっかぁ。まあ、あれ、小学生がするゲームではないからな……いきなり声をかけてごめんね。まさか屋上に誰かが来るとは思わなくて」
それは、私も同じだった。あ、そうだ。名前。
「笠原智恵(カサハラ-チエ)です。みんなはチイコって呼ぶけど……」
「チエちゃんね。良い名前だ。何年生?」
お姉さんは私をチエと呼んだ。そう呼ばれるのが久しぶりで、私は、お姉さんに確かめなきゃいけないことが何だったか忘れてしまった。
「4年3組です」
「4年生か……お姉さんだねぇ。ええっと、私たちは校長先生からお願いされて少し校舎の中を見回りしているんだ。4年生も集団下校になるって先生たちから聞いていないかな?」
「聞いています。これから班分けだって」
でも、今はそれどころじゃなくて。そうだ。牛田。牛田が教室にいる。
「そっか。今日はみんなで帰ったほうがよいし、それなら教室に戻りなよ。チエちゃんがいないってみんな心配しているよ。大丈夫。明日には全部元通りだから。
ところでチエちゃんは、最近様子が変な友達とか先生を知らないかい?」
様子が変な友達。牛田のことはいえない。あいつは学校を休んでいるはずで、教室に牛田がいたこと自体がおかしい。ハズレ棒を渡されたのも夢だ。でも、そのことはお姉さんに伝えたくなかった。
「思い当たらなければいいんだ。そうだった、最後に。はい。これは私の名刺、ちょっとしたお守り。後ろに書いてあるのはセンスのない字だけど持っていて」
お姉さんから渡されたカードには難しい漢字がたくさん書いてある。シカバネイロさんと読むんだと思う。後ろを確認したら、文字なのかすらんこらないぐちゃぐちゃな線が書いてあった。
「本当だ、これじゃ全然読めないですね」
「ね。下手にもほどがあると思うんだ。配るこっちの恥ずかしさを考えてほしいよ。それじゃ、チエちゃん、まっすぐ教室に戻るんだよ」
私はお姉さんに押されるようにして屋上を出た。カードの裏を見たときに、少しお姉さんの顔が険しくなった気がしたけれど、大丈夫。見知らぬ大人と話したことで少し心が落ち着いた。教室にもどろう。きっと、あの牛田はユータから変な話を聞かされたからみた悪い夢なんだ。
お姉さんも言っていた。明日になれば元通りだって。お母さんと一緒だ。
*****
牛田は食べ終わったアイスの棒に黒い二つの線が入っているのを不思議そうにみていた。これは、あたりなのかな? そうやって聞くから、ハズレ棒だよ。と答えてやった。
「ハズレ棒って何? あたりって書いていない棒は全部はずれじゃないの?」
それは、あんただけでしょう。そうやって人のあたりを使って毎日毎日お菓子を食べている、いくら食べてもおなかがいっぱいにならない気持ち悪いウッシー。
私は、思いつく限りの言葉で牛田をノノシッた。でも、牛田はおなかをさするとまゆげを下げて、本当に困ったように言うんだ。
「そうなんだよ。なんか変なんだ。アイスの当たりが出ないだけじゃなくて、いくら食べてもおなかが減るんだ。お菓子じゃダメなのかな」
知らないよ。そんなの私にわかるわけがない。
「そっか。それじゃあ、チイコちゃんも味見して?」
牛田の顔がわからなくなって、気がついたら私は屋上のフェンスにしがみついて泣いていた。何が起きたのか、よくわからなかった。でも、屋上に牛田の姿はなくて、遊び場の隅っこの床が開いていた。
トシとレオがその下は貯水タンクだって言っていて、前に開けようとしていたのを覚えている。でも、どんなことをしても開かなくて、そのときは開けるのを諦めた。なんで、今、床が開いているのかはわからなかった。
開いた床の手前には、ハズレ棒と牛田の靴が転がっていた。近づいてみたけれど、牛田はどこにもいなかった。
――チイコちゃんも味見して?
牛田の言葉がよくわからなかった。そのあと、牛田と何を話したのか思い出そうとすると、牛田じゃなくて、屋上じゃなくて。思い出せなかった。
――怖いときにはフタをするのよ。一晩眠れば全部なかったことになるから
お母さんの言葉を思い出して、私は開いていた床を閉めた。怖くて中はみなかったし、ハズレ棒と牛田の靴もそこに放り込んだ。
それ以来、私は屋上の床を開けようと思ったことはない。
さっき、お姉さんと話しているときも、床は開いていなかった。
だから、牛田が学校に来ているコトがおかしいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます