いつもと違う友達を見かけたら
自警団。回遊会。グリーンジャケット。
大人たちは街中にいる緑色のジャケットの人たちをいろんな呼び名で呼ぶ。嫌いだという大人もいれば、彼らはよいことをしているという大人もいる。そして、大人は全員、回遊会が何をしている人たちなのか知らなくてよいと言う。
ママもパパもそうだし、たまにテレビ電話で話をするいとこのおじさんも同じ。おばあちゃんやおじいちゃんはそもそも回遊会のことを知らない。
「儂が若かったころはあんなもんおらんかった」
「こんちゃんがママじゃなかった頃にもいませんでしたねぇ」
いつ聞いてもそうやって答えるから、本当に知らないのだと思うし、昔は回遊会なんていなかったんだと思う。
レオがこの町ではずっと地震なんて起きていないことを調べたと言っていたのを聞いて、私は、レオに回遊会のことを聞いてみたことがある。どのくらい昔からいるのか知っていそうだったから。
でも、レオは知らなかった。もしかしたら、あの時に私が教えるまで、レオの家では回遊会の名前すらでなかったのかもしれない。
しばらくしてから、レオから回遊会ってグリーンジャケットと呼ばれているの?と聞かれた。レオのお母さんに回遊会のことを聞いたらグリーンジャケットに興味をもってはいけませんと叱られたんだって。
大人はそうやってすぐに私たちにかくしごとをする。だから、私たちは大人のことがシンヨーできないし、回遊会のことにはキョウミシンシンだ。
もし、回遊会に興味を持つのが悪いことなら、そのセキニンは大人たちにある。
隣のクラスの女の子が回遊会に会った。その話が流れてきてから私たちはずっと騒いでいる。はじめはウワサ話だったけど、すぐに回遊会に会ったのが猪名川迪子(イナガワ-ミチコ)だってわかった。
迪子が職員室で先生と話していて教室に戻ってこないという話が出てからはもう歯止めが利かない。
回遊会は何をする人なのか、何か危ないことが起きたのかと心配する子もいれば、目新しいイベントにはしゃぐ子がいる。大人たちは回遊会を怖いものと話すことが多かったけれど、誰も怖がってはいない。心配している子も実はわくわくしている。私もそのひとりだ。
1時間目の授業が始まっても、ざわめきは止まらない。そのうちに先生たちが職員室で会議をすることになって、全校が自習になった。
私たちは当然自習なんてするはずもなく、迪子のほかに自警団をみた人を探して大騒ぎだ。それでも、だんだん騒ぎにあきてきて、いつものグループができてくる。
私もケイちゃんたち、仲良し女子グループに混ざって、自習が早く終わらないかと話していた。本当は、今日は放課後にゆうゆちゃんとお菓子の当たり券を探しに行く約束をしていたんだけれど、これじゃあそれどころの話じゃないかもしれない。
ケイちゃんたちはトミーの家で遊ぼうと約束していて、なんとなく私もそこについていくことになった。ゆうゆちゃんを連れていきたかったけれど、ケイちゃんたちのグループは仲間になるのが難しい。別のクラスの女の子がいきなり遊びに行くのは無理だろう。
放課後、屋上で待ち合わせの予定だったから、そこでゆうゆちゃんに謝ろう。ごめんね。ゆうゆちゃん。
クラスの子達と話していたら、教室のドアにかくれながら、ユータが私を手招きした。別に同じクラスなんだから近くに来て声をかければいいのに。男の子の感覚はよくわからない。
「何? ユータもケイちゃんたちと話したいの?」
ユータは目を丸くして首を横に振った。レオやトシといるときには普通に声をかけるのに、ユータは私がケイちゃんたちと話しているときだけはこうやって遠いところから私のことを呼ぶ。そのせいで、ケイちゃんたちから、私とユータはそういう仲なんだって噂されていることをユータは知っているんだろうか。
「違うよ。そういう話じゃない。チイコ、教室で牛田みなかった?」
牛田? 教室を見渡してみてもあの丸い体は見当たらない。朝からのことをおもいだしてみても、教室にはいなかった。この数日、牛田は休みが続いている。
「トシと同じで今日も休みなんじゃないかな」
「トシは風邪ひかないんだけどなあ」
「誰だって具合悪くなることはあるよ。男子のそういうところ、ハイリョが足りないところだと思うよ」
「そんなこと言われても。実際、あいつは元気なんだし。それで、牛田、1時間目のときにはいなかったよね」
「そんな念押しされても」
「だってチイコ、牛田の前の席じゃん」
そういわれると、そうだけど。後ろに座っているクラスメイトのことを毎日確認しているかと聞かれると答えにくい。そもそも、牛田が教室にいるかどうかを確認する女子がクラスにいると思っているユータがおかしいんだ。
まあ、それでも、私はうなずいた。牛田は今日も学校に来ていない。
私がうなずいたのをみて、ユータが体中の力が抜いたように見えた。ユータとレオは牛田と仲が良いと思っていたので意外だ。
「牛田とケンカしたの?」
「いや、そうじゃないけど。あいつが誰かとケンカするなんて見たことないよ」
「そりゃそうよね。牛田だもん」
「チイコの思っているのとは違うと思うけど……でも、やっぱり見間違いかな」
「何かを見たの?」
私が問いかけるとユータは口をもごもごとさせて、教室に戻ろうとした。でも、ここまで聴いてしまうと私も気になってくる。
レオやトシはユータが少しモリぎみに話すと言うけれど、私はユータが慎重でまわりをよく見て話すタイプだと思う。自信がなかったりショウコがない話はこうやって口ごもるから浮きがちなだけだ。
だから、私はユータを教室から離して、廊下の端っこまで連れ出した。先生たちはまだ戻ってこないし、ここなら他のクラスの子もやってこない。
「間違いでも私は他の人に言わないから大丈夫」
何分かそのまま待ってあげる。こうすると、大抵ユータは話してくれるんだ。
*****
最近、牛田の様子が変だったんだ。ずっとお菓子のことしか考えてないというか。
前から食べもののことを考えがちなのはそうだよ。でも、牛田は別に食べ物の話しかしないわけじゃない。
知ってた? 牛田のお母さんは花屋で、牛田はお小遣いをもらうために週に3回、お母さんの仕事を手伝っているんだ。だから、あいつ花とか木にすごく詳しいんだ。美化委員をやってるのも、校舎裏の花だんとビニールハウスの手入れができるからなんだ。教室じゃ、だれも植物のことなんて気にしないから話さないけれど。
ただ、2週間くらい、ビニールハウスにも顔出していなくて、なんか心配なんだ。
なんでそんなことを知っているかって? 僕も美化委員だからだよ。
女子じゃないの? 何言ってるのさチイコ。みんな牛田が立候補したからって美化委員になりたがらなかったじゃないか。給食委員にならないんだぁって何人かで騒いだの忘れたの。
……そっか、チイコはそのときはもう図書委員だったっけ。
別に男女ひとりずつなんてルールはないしさ。あの時は、牛田が前の席だったから、なんで美化委員なのってきいたんだ。そしたら、ビニールハウスで育てている植物の話をしてくれてさ。僕も面白そうだなとおもって立候補したんだ。
ああ、うん。それで、先週屋上で会ったときに牛田にそのことを聞いたんだ。屋上に来ていたの? うん。あの日は僕と牛田しかいなくて、ビニールハウスこないの?って聞いたら、お菓子の当たりが当たらないのはおかしいんだってしつこく聞いてきてさ。ビニールハウスの話なんておかまいなしで、アイスの当たり棒がでないのがおかしい、なんでゆうゆばっかり当たりを持ってるのって怒りだした。
僕もゆうゆの非常食はゆうゆが集めたセイカだからって怒っちゃって、それからちょっと牛田と気まずくて。そのまま僕は帰っちゃったんだけど、次の日から牛田休んじゃったから。
あいつそこまでお菓子の当たりにこだわる奴じゃないと思うんだ。確かに食べるのは好きだよ。当たりでお菓子食べられたことは喜んでいたけど、変だなって。
トシにもその話をしたんだけど、気のせいじゃない?って言われてさ。その後はトシも休みっぱなしだし…。
なんで今その話をするのかって? さっき、1時間目が終わった後に牛田が花だんの方に行くのをみたんだ。だから、追いかけたんだけど。その、えっと。
変な目で見ないでよ、言うよ。牛田がその土を掘り返して何か食べてたような気がしたんだ。野菜とか花じゃなくて、なんていうの……あれは手じゃないかなって。
ぼくも、何を言ってるのかわかんないんだけど、いま先生たちが大慌てなの、牛田のことかもって怖くなって。でも、牛田が学校に来ているならそれはそれでいいことだと思うし、この前のこともあやまりたいし…
*****
話にまとまりはないけれど、ユータが牛田とそんなに仲が良いなんて知らなかった。それに、屋上で二人で話していたなんて。
「でも、見間違いじゃないの。教室には牛田いないし、職員室をのぞきに行った子も、ミチコちゃんとレオしか子どもを見ていないんだから」
そうだ。レオ。レオも先生に呼ばれてから戻ってきていない。やっぱり、自警団を見たんだろうか。
「ていうか、ユータ。その牛田、なんで手を食べているなんて思ったの」
「あの花だんには花しか植えていないから、あんなに太くて枝分かれした根っこなんてないはずなんだ。いや、やっぱり見間違いだよ」
牛田が人間の手を食べている。想像しただけで怖い。でも牛田はずっと休みなんだ。花だんにいるはずがない。
「チイコちゃん、ユータくん、先生戻ってくるよ。教室戻らなきゃ」
ケイちゃんが呼びに来てくれて、私はあわててユータをつれて教室に戻った。みんなが席に着くけれど、レオとトシの席は空いたままだ。
そのうちに猫谷がやってくる。一緒にレオが戻ってきたのは意外だった。教室を見回して、なにもいわないで席に座る。私とか、ユータに合図するかと思ったけれど、なんだかレオの様子が変。
猫谷は教室の様子を見回す。大人がみれば私たちが自習をしていなかったことはわかる。でも、猫谷は怒ることはしないで、今日は集団下校になったと話す。
「下校は、家の方向が一緒の人たちをまとめて何班かに分けて進めます。引率の先生が足りないので、下校時間に差が出てしまいますが遅くなる人もちゃんと待っていてください。それと、今回の集団下校では回遊会の人が協力してくれます。学外の人なのでちゃんとお礼を言うように。
それでは、班分けをしたプリントを配ります。前の人、取りに来てください」
回遊会に協力する。猫谷の言葉に教室中がざわめいた。
ジケーダンに協力するなんてなにがあったんだろう。
怖いね、でもワクワクするよね。
グリーンジャケットだろ? 話しちゃダメだっておとーさんが言ってた。
そうなの? うちのママはチアンイジをしているエライ人たちっていってたよ。
口々に騒ぐ私たちに猫谷は少し疲れ気味だ。私もジケーダンくらいではしゃぎすぎるのもどうかなと思う。前に座っているケイちゃんからプリントをもらって、最後尾に回す。私の後ろの席は牛田だから、誰もプリントは見ないのだけれど。
「ありがとう、チイコちゃん。何班かなぁ。早く帰れると良いな」
プリントをそいつに手渡して、私は動けなくなった。緑と黄色のボーダーのシャツ、まん丸な輪郭に見慣れた顔。プリントを掴む手は同学年と思えないくらい膨らんでいて気持ちが悪い。
「牛田……」
「ん? どうしたの? チイコちゃん」
なんで、いるの? 私はあわててユータの席を見た。ユータは隣の席の男子と話していて私と牛田のことを見ていない。周りもみんな、牛田を気にしない。いつもの光景だ。
でも、牛田はここにいるわけがない。だって、牛田は先週……
「そうだ。チイコちゃん、この前のこれ、返すね」
牛田はプリントとは逆の手に持った木の棒を差し出した。黒い線が二本入ったゴリゴリくんの棒。それが今、牛田の手ではなく、私の左手にある。
「い、いや。いらないよ」
「どうしたの? 珍しいんでしょう。それ。でも、交換できなかったんだ。だからチイコちゃんにかえすよ、そのハズレ棒」
ハズレ棒。その言葉をきいて、私は、今まで一度も出したことのない大声で叫んだ。なんて叫んだのかは自分でもわからない。
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