回遊会に会ったら先生に教えなくてはいけない
土曜日。やっぱりトシと牛田は学校に来なかった。
コエズミに聞いても、二人とも体調が悪いのだとしか話してくれない。クラスの皆は来週の授業参観の準備でざわついていて二人の休みを気にするどころじゃなかった。当たった授業がクラスルームで、二カ月かけて各グループが研究した、「自分たちの好きなこと」を発表するのだ。
僕はユータと同じ班で、街のコンビニエンスストアのことを調べている。同じ班にいるムツのおばさんがコンビニエンスストアを経営していると聞いたのがきっかけで、身近だけどよく知らないからと、一日の仕事の内容とか、店に寄る商品の違いとかを調べてまとめている。
ムツの家に尋ねてくるコンビニエンストアの会社の人も興味を持ったらしくて、ムツが作った資料を熱心に見てアドバイスをくれたらしい。僕とトシは中でも店に並べられたお菓子とカップ麺の量の違いが面白いと思っていて、ムツは飲物の充実さが店ごとの人気の差につながっていると主張している。どっちも面白そうな話だから発表のときは両方を使う予定だ。
トシの班は、校庭の隅にあるビニールハウスでいくつもの植物を育てて記録をまとめていた。前にトシに聞いた感じだと、育て方をいくつも帰ることで、より育つ種と全然育たない種を見分けるのだと言っていて、クラスの中で一番難しいことをやっていた。トシが休みだと発表が難しいんじゃないかと思っていたのだけれど、経過を整理している様子はあまりシンコクそうじゃない。聞いてみたら、発表の中身は一週間も前にトシが作り終えているのだそうだ。
だから、トシが休んでいてもなんとかなるんだって。
他のクラスも似たり寄ったりなので、放課後、屋上には誰も来なかった。非常食の箱の一番上には昨日と同じようにワタカンの当たり缶が転がっている。箱の中身は半分くらいまで減っているけれど、昨日から誰も箱に手を付けていない。
――レオ君も欲しいのあったら持っていっていいんだからね。
ゆうゆの言葉を思い出したけれど、やっぱり非常食を持って帰る気にはならなかった。参観日は火曜日だ。そこまでにはトシも牛田も登校してくると思うし、二人が元気になったら一緒にヤオヨロズに行こう。ワタカンの交換はその時でいいや。
僕はそう思って、屋上を出た。
*****
月曜日、二人が元気になっていることを期待して学校に行くと、クラス中がとても騒がしかった。参観日は明日だし、そわそわするようなイベントは何もない。鞄をおいて隣の席のチイコに声をかけると、チイコは目を丸くして僕を見た。
「レオは会わなかったの?」
「会わなかったって、誰に?」
転校生でもいるの? 教室内を見回したけれど、それらしい人はいない。みんないつものクラスメイトだ。
「ジケーダンよジケーダン」
ジケーダン。何のことかよくわからなくて困っていると、チイコがグリーンジャケットと言いなおした。
「ああ! カイユウカイの人」
グリーンジャケット。チイコの親や僕のお母さんは回遊会の人たちをそうやって呼ぶ。僕たちが生まれたころには、もういたらしいのだけれど、子供の教育に良くないからキラいなのだ。
僕たちくらいの子供をもつオトナはみんなそうだ。だから、僕たちは回遊会の人たちが何をしている人なのか知らない。たまにテレビに映ることがあるけれど、そのときはケイサツや消防の人と映っていることが多い。
平和を守る仕事なんじゃないの、とユータは言っていたけれど、お母さんはグリーンジャケットがそんなことするわけないじゃないと言っていた。お父さんは、そんな呼び方をするんじゃないとお母さんを怒ったけれど、回遊会が何をしているのかを聞いても、もう少し大きくなったらわかるとしか教えてくれなかった。
学校でも誰も回遊会のことを教えてくれない。それどころか、廊下には回遊会の人に会ったときには直ぐに職員室に報告にくるようにとまで書かれている。
「カイユウカイよ。今日、隣のクラスのミチコちゃんが声かけられたんだって」
「この辺にはいないって話じゃなかったっけ。まえに猫谷が話してたじゃん」
回遊会の人たちも人間なんだし、キケンな動物みたいな扱いするのはひどいなって思ったことを思い出した。でも、猫谷は何だかシンコクな顔をして、回遊会に会ったら必ず先生に教えるんだと言っていた。
「それが、出たのよ。ミチコちゃんだけじゃなくて、他にも何人か声をかけられた人がいるんだって。私は見なかったけど、ミチコちゃん、レオと同じ方向に住んでるんだよ。レオは見かけなかったのグリーンジャケット」
それで、会ってないの? なんだ。チイコの質問がやっとわかった。今度はきちんと答えられる。
「会ってないよ。あのコート目立つじゃん。緑の人なんてどこにもいなかった」
「なあんだ。せっかくトモダチにグリーンジャケットがどういう人なのかインタビューしようと思ってたのに」
「それは残念、■■か◆◆に聞きなよ」
チイコが僕の顔をみて目を細めた。
「レオ、風邪気味なの?」
「いきなりなんで? 元気だよ」
「ならいいけど……」
それじゃあ、他の人の話聞いてくるから。チイコは席を立って、廊下で騒いでいる女子のグループに混ざっていく。どうやら学校中が回遊会の話題で持ちきりらしい。この調子だと一日中、みんな回遊会のことで盛り上がり続けるだろう。
■■と◆◆が学校に来ているかチイコに聞きそびれてしまった。まだ1時間目には時間があるし、確認するのはそのときでいいか。僕は、チイコの質問に疲れてしまって、机に突っ伏して眠ってしまった。
*****
名前を呼ばれながら肩をゆらされて、目を開けたらコエズミが立っていた。僕はびっくりして飛び起きたけど、教室のみんなは、さっきまでと同じように立ち歩いてさわいでいる。授業の時間じゃなさそうだ。
「矢内君」
コエズミが僕の苗字を呼ぶ。僕は、なんでコエズミに起こされたのかわからなくて、はい。と小さな声で答えた。急に起こされたからちゃんと声が出ない。
「君の家は※○×※方面でしたよね」
よく聞き取れなかったけれど、たぶんそうだと思う。
「では、隣のクラスの▶▼◀▲さんのこと知っていますね」
しらない。というか名前が聞き取れない。
「知らないはずはないでしょう。家がお隣なんですよ」
そうなのか。じゃあ、顔は見たことがあるのかもしれない。チイコが言っていた回遊会と会った女の子のことだろうか。でも、名前が思い出せないのでコエズミに質問を返せない。
「今朝、▶▼◀▲さんと一緒の時間に登校しましたか?」
わからない。首を振った。でも、学校についたらチイコがその話をしていたなら、きっと▶▼◀▲さんは僕よりも早く学校に来ているはずだ。だって、今日は少し寝坊して走って学校に来たのだから。
「なるほど。念のため、話を聞きたいから職員室に来てもらっていいかな」
コエズミの言葉がなんとなく怖くて、僕は椅子の背もたれの方にのけぞった。
「大丈夫。話を聞くだけです。何も怖いことはない」
いつもに比べてコエズミの表情が怖いけれど、僕は仕方なく職員室についていった。廊下の途中でチイコをみかけたけれど、チイコは僕を見て、ゴメンと小さくつぶやいた。チイコに何かされた覚えはないから、やっぱりコエズミは回遊会の話を聞きたいんだ。
職員室には、猫谷や、他の先生もいて、みんなで地図とにらめっこしていた。地図には何だか赤いマークがたくさんついていて、僕の家の近くにもマークがある。
「矢内くんを連れてきました」
コエズミがそういうと、地図の前に立っていた教頭先生がにっこりと笑った。
「矢内玲央君ですね。おはようございます」
「おはようございます。教頭先生」
「矢内君は、▶▼◀▲さんのことを知っていますか?」
やっぱり、うまく聴き取れない。でも、その子のことは多分知らない。顔だけなら知っているかもしれないと、答えたら教頭先生が去年のクラス文集を持ってきて僕に見せてくれた。
「この子です。矢内君とは一緒のクラスになったことはありませんが、家はご近所だそうですよ。どこかで一緒になったことがありませんか」
写真に写っているのはちょっと背の高い女子だ。自信はないけど、たまに学校に行く時に前を歩いているのを見かける。そう話すと、先生たちは全員が頷いた。
なんだか気味が悪くて、僕は早く職員室から出たくなった。
「それではあと二つだけ教えてください。まずは、この写真の人のように緑のコートを着た人に会ったことがありませんか?」
教頭先生がポケットから出した写真は、テレビで見た自警団、回遊会の人だ。でも、僕は会ったことがない
「わかりました。では最後に、◆◆◆◆さんのことを知っていますか?」
「同じクラスの友達です」
僕の答えに、教頭先生が頷き、他の先生たちの顔を見渡した。何か変なことを言っただろうか。◆◆は先週から休んでいるけれど、やっぱり何かあったのかな。
「ありがとう、矢内君。溝島先生、彼は少し熱っぽいようだから、保健室で休ませてください。ご両親にも連絡して」
え? 話を聞かれただけなのに保健室にいくの? これから授業なんじゃ
「大丈夫ですよ。あとは溝島先生とご両親の話をよく聞いて、今日はゆっくり休んでください。明日の参観日、矢内君のクラスは発表会でしたよね」
教頭先生に質問をする前に、溝島先生に席を立たされて職員室を連れ出される。他の先生たちは、地図の前で教頭先生と何か難しそうな顔をして話し合っている。
何もわからなくて、不安だ。こんなとき、■■ならなんて言うだろう。大人が何を考えているのか、パッと言い当てて、僕たちだけの面白い方法を見つけてくれる。
でも、まだ学校に来てから■■に会ってない。元気になったんだろうか。
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