トシの休み
宿題さえ先に片づけていれば、夕ご飯のあとはゲームをしていい。友達とネットゲームをやりたくてお母さんとした約束だ。
きっかけはユータだ。バクバクモンスターのネットゲームが無料でプレイできる。ユータの家で画面を見せてもらった僕とトシは、その週のうちにそれぞれバクモンネットをやる交渉を始めた。
バクバクモンスターは僕たちが一番好きなカードゲームだ。陣地を占領したり、守るために使うクラフトカードと、相手の陣地を壊すモンスター、バクモンカードを使って自分の陣地を守りながら9つの陣地を取り合う。
始めると面白いのだけれど、ゲームに必要なカードが多いこと、最強のカードがないことが原因で、学校ではあんまり流行らない。僕とトシ、ユータの他に、4、5人くらいしかバクモンをやってる生徒はいない。
ルールも難しいので対象年齢は高校生以上なんだとカード屋さんに聞いた時にはちょっとびっくりした。小学生の僕らにはちょっと難しいから、流行らせるのは難しいと思う。伝えてくれた店員さんも少し困った顔をしていて、仲間を増やしたいと話した僕たちも困ってしまった。
そんななか、ユータがネットならプレイヤー探しに困らないと言い出したのだ。
バクバクモンスターオンラインは、カードゲームを販売しているピルグリムという会社のサービスだ。カードゲームではひとりでやる陣地の守りとバクモンの召喚を、3人で手分けする。プレイヤーは陣地内を走り回れるし、やってみるとカードゲームというよりちょっとしたアクションゲームだった。
それでも、基本はカードゲームと同じだから、僕たちはあっという間に熱中した。毎週木曜日はユータとトシとバクモンオンラインをする時間になった。
――零王がログインしました。
ご飯を食べてから、ゲームにログインする。トモダチのプレイヤーはログイン状態がわかって、対戦相手を探すエントランスルームで待ち合わせもできる。
――TAIYUからパーティーに誘われています。
自分のキャラクターを動かしていたら、ユータのアカウントから誘われた。参加すると、画面にユータの作ったペンギン帽の女の子が現れる。アニメのキャラに似せたらしいのだけれど、僕はユータの言うアニメを見たことがない。
「やっほ。勝率ゼロの零王」
「その呼び名止めようよ。縁起が悪いって」
初めて3か月、僕はユータとトシと組んだとき以外、ゲームで勝てたことがない。即興のチームでも対戦前にデッキ情報は交換するし、勝てないことはない。それなのに負けてばかりなので、ユータとトシからは変な呼び名を付けられている。
「先週も負けてたじゃん。ヤオヨロズでヨシミチさんには勝てそうだったのに、すごい負け方してたんだもの。びっくりしちゃった」
TAIYUはおなかを抱えるポーズを取っている。悔しい。
「TAIYUだってこの前の即興チームでは負けてたじゃない。それに、僕らのチームで一番勝ち点稼いでるのは僕だよ」
「それはそうね。でも、零王はやっぱり少しバクモン召喚にコストを振りすぎなんだと思うよ。針ネズミがクラフトに全振りだからチームだと強いけど、普通、他のプレイやーはバランスは取るんじゃない。」
ユータのいうことは分かる。でも、針ネズミ、トシが防御を担当。僕は攻撃を担当するのは、僕とトシが始める時に決めたルールだし、そこを変える気はない。
「その針ネズミはまだ?」
「観戦ルームにいる時間なんだけど、チャットも反応ないし、どうしたのかな。今日は屋上いってないから学校で会ってないんだ」
「そういえば、みんな屋上にこなくてさ。針ネズミと僕だけだったんだ」
「へぇ。チイは屋上で遊ぶとか言ってた気がしたけど……ゆうが帰っちゃったから今日は帰ったのかな」
「二人と一緒じゃなかったんだ」
「え? うん。ゆうは途中まで一緒だったよ、なんか家の用事があって急いでるって話をしてた。でも、零王と針ネズミふたりだったら、バクモンの話やらなんやら、難しい話してたんじゃないの」
ユータに言わせれば、僕とトシの話はむずかしい。僕たちの話のどこにそんなに難しい話がまざっているのだろう。トシの話がむずかしいのはわかるけど。
「そんなにむずかしい話なんてしてないよ。あ、でも」
「でも?」
トシが気にしていたアイスの棒のこと。
「アイスのあたり棒ってどうやって作られるんだろうって」
文字にしてみるとよくわからない疑問だ。あたり棒は棒にあたりと印刷されて作られているに決まっている。
「ふうん。針ネズミはほんとよくわかんないこと考えるね。ああ、でも零王。アイスの棒にあたりとハズレがあるって知ってる?」
「ハズレ? そんなの見たことないよ」
ハズレ棒。帰りに寄ったコンビニのお兄さんのことを思い出す。お兄さんはハズレ棒の話をしていたんじゃない。お兄さんが話していたのはあたりがニセモノかもしれないという話だ。
「見たことないよね。僕もみたことがない。でも、あるらしいんだ。アタリがあるならハズレもあるって。ゆうが言ってた」
ゆうゆが言っていた。そう言われると、本当にあるかもしれないと思ってしまう。僕たちの中で一番アイスの棒を集めたのはゆうゆだから。
「ハズレってどんな形なの。はずれって書いてるの?」
「さあ。そこまでは知らない。ただ、当たりよりもずっと数が少ないって話。ゆうも見たことがあるわけじゃないんだって。ウシは見たことあるんじゃない? なんか、昨日変なの見つけたとか言ってたし」
牛田。そういえば、今日は牛田の顔も見ていない。風邪で休んだとか言っていたような気がしたけれど……
「あとで針ネズミにも聞いてみようよ」
ユータはそう言ったけど、そのままトシはログインしなかった。
金曜日、コエズミはトシが風邪で休むと言った。昨日までは元気だったのに、熱が下がらないらしい。トシは普段から健康で、去年は皆勤賞を取っていたと思う。
「トシも風邪ひくことあるんだね」
休み時間にチイコが心配そうな顔で僕の席にきた。家の方向も一緒だし、登校は一緒じゃないのと聞いてみたら、トシはチイコよりもっと早く学校に来ている。
トシは誰より早く学校にいて、校庭で一人でリフティングをしているのだそうだ。「サッカー部に入ればいいのにって言ったら怒っちゃって。トシ、パスとかシュートは嫌いだし、楽しくないっていうんだよ」
チイコが頬を膨らませて怒ってみせる。トシならそういうことを言いそうだ。でも、僕とユータはトシがサッカーが好きなことを知っている。バクモンネットで知り合ったトモダチと一緒に、サッカーゲームをやっているんだから。
「そういえば、レオは仲がいいけどトシの家に行ったことないの?」
「行ったことないね。トシも僕の家に来たことはないかな」
チイコは目を丸くする。
「男子って仲良くなっても家にいかないんだ」
「男子って」かはわからないけれど、僕とトシはお互いの家に行ったことがない。ネットゲームとかで会うことはあるけれど、どちらかの家に集まらないとできない遊びを考えたことがない。トシがチイコの家の近所に住んでいることだって、1カ月前にチイコが話していて初めて知ったんだ。
「あんまり風邪が長引くようなら、見舞に行こうよ」
僕も、トシのことは心配だし、チイコに賛成だった。僕たちは、週が明けてもトシが学校を休んでいたら、トシの家にお見舞いに行く約束をした。
放課後、僕は誰か来ていないか気になって屋上にあがった。金曜日は、ゆうゆとチイコはボランティア部の活動日だし、ユータはおつかいがあるとか言っていた。トシは休みだから、屋上にいるとしたら牛田くらいだ。
牛田と二人で屋上にいても、話すことはなさそうだなとは思ったけれど、なんとなくみんなと顔を合わせないのがさみしかった。
そういえば、牛田は教室にいなかったような気がする。ゆうゆの非常食のことがあるまで、同じクラスだけど、牛田とは特別仲良くなかった。今でも、ヤオヨロズでは会うし、屋上で、トシとユータと一緒に遊ぶこともある。
けれども、牛田が普段どんな風に授業を受けているのかとか、休み時間に何をして過ごしているのかよく知らない。そもそも、今日、朝から教室にいたかどうかもきちんと思い出せなかった。
今まではあまり気にしていなかったけれど、なんだか自分がハクジョウになったみたいで胸が苦しかった。お母さんとお父さんが喧嘩しているときみたいだ。
屋上に行ったら牛田がいるかもしれないし、その時は色々と話してみよう。お菓子以外のことで、牛田と盛り上がれるかもしれないし。
そう思って、屋上の扉を開けたら、遊び場の端に隠していた段ボールの前に誰かが座り込んでいた。非常食をもらいにきた牛田だろうか。全く、結局食べ物のことしか考えていないんだ。そう思うと、さっきまでの胸の苦しさが解けたような気がした。
「あれ? レオくん。珍しいね。金曜は、誰も来ないと思ってた」
座り込んでいたのはゆうゆだった。近づいた僕にむかっていつもの笑顔を見せた。牛田だと思っていて、ごめんなさい。とっさに謝ってしまって、ゆうゆに笑われた。口に右手を当てて笑うゆうゆは初めて見た。
「ゆうゆって今日はボランティア部じゃなかったっけ」
「え? そう。そういうことになってる」
ゆうゆが首を傾げて少し考え込む。ゆうゆの右手と口が湿っているように見えて、僕はとっさに目を逸らした。なんだろう。今日はいつものゆうゆと違う。
「チイコとどこかいくんでしょ」
「そう……うん、そう。でもその前にちょっと箱の中身が見たくって」
非常食の箱はもう随分と長く屋上に置かれている。ゆうゆの身体で隠れているそれを覗き込むと、箱の半分くらいがなくなっていた。
「だいぶ、減ってきたね。私ひとりじゃこんなに減らせなかったし、ユータと協力しても難しかったかもしれない」
そういえわれても、僕やチイコはお菓子の当たりをそれほど交換しなかった。面白いとは思ったけれど、皆で遊ぶのが重要で、非常食目当てではなかったから。
「減らしたのはほとんど牛田じゃない? あいつ、しょっちゅう箱漁ってたから」
「そうなの。私が来るときはあんまり牛田君ここ見てなかったからなぁ。レオ君は欲しくないの?」
顔の近くでゆうゆの髪が揺れる。
「んー。そういうわけじゃあないけれど」
当たりが欲しくてゆうゆと仲良くし続ける。そういうのはちょっと違うと思う。ゆうゆも僕にそんなつもりがあると思わないと思うけれど、それでも、この箱をたくさん開けるのはそういうことのような気がした。
でも、どう伝えればいいのか。僕にはよくわからない。
「そう。みんなで使ってほしくて持ってきたんだから、レオ君も欲しいのあったら持っていっていいんだからね。それじゃあ、チイコちゃんのところにいかないと」
ゆうゆは立ち上がって、僕に手を振り、屋上を出て行った。半分まで減った非常食の箱。大好きなお菓子があるわけじゃないけれども、ゆうゆの声が持っていってほしいと言っていた気がした。
「あれ? まだ、ワタカンあったんだ」
箱の奥を漁ると、ワタカンの当たり缶が出てきた。ゆうゆの家で非常食を整理したとき、ワタカンはひとつしかなかったと思っていたのに。箱の横につけている、数えた非常食の紙を見返すと、ちゃんと2個と書いてある。僕じゃなくて、ユータか牛田が確認したのかな。
当たり缶を握っていると、手が湿ってくるような感じがして、僕はさっきのゆうゆを思い出した。なんだろう。少し、気持ちが悪い。
せっかくのワタカンだし、交換するならチイコと一緒に行こう。僕はワタカンを箱の中に戻して、一人きりの屋上を出た。そうだよ、当たりを交換しに行くなら、友だちと一緒がいい。その方が楽しいじゃないか。
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