アタリとハズレ

「お菓子の当たりって、ただで引き換えてくれるよな」

 トシは突然、僕に質問した。いつもの屋上、僕たちだけの遊び場。

 牛田もユータもチイコもいない。さっきまでゆうゆが顔を出していたが、他の皆がいないと知ると、僕とトシにアイスの当たり棒を一本ずつ配って帰っていった。今日は家族そろって何処かへ出かける予定だという。

 トシは、ゆうゆからもらった当たり棒を眺めながら椅子に座り、僕は机に広げたバクモンのデッキを基に、ヨシミチお兄さんに勝つ方法を考えていた。

「当たりなんだから、当然ただでしょ」

「そうだよなぁ」

 トシはいろんなことを知っているが、考えごとをすることがない。決断が早くて、僕らを新しい遊びに引っ張り込む。

 そんなトシが当たり棒を透かして中身を探るように、空に向ける。

「レオは店の人がどうやって当たりを確かめているんだと思う?」

「当たりって書いてあるじゃん」

 棒の先に書かれた“当たり”の文字。それを確認したら店の人はアイスをひとつ交換してくれる。

「じゃあ、この文字を他の棒に写したら、それも当たり棒になるのか?」

「それはズルじゃない?」

 当たり棒はあくまで初めからアイスに入っているものだ。トシのいうようなことができてしまうと、全部のアイスが当たりになってしまう。

「そうだよな。それはズルだ。でもさ、それがズルした棒か本物か店の人に見分けがつくのかな」

「つくでしょ。大人なら」

 僕はそのとき、トシが何を気にしているのかよくわからなかった。だから、子供の僕らがわからなくても、大人には見分けがつく。単純にそう答えたんだ。でも、僕の答えを聞いたトシはアイスの棒を見つめて黙りこんだ。

 そのまま鞄を掴んで帰ろうとするトシは、階段を下りる前に、「誰も来ないんだ。レオも早く帰れよ」と言った。トシの声は震えていて、僕は、あたり棒が見分けられる大人ってそんなに怖いのかなって思った。

 その後も屋上にいたけれど、トシの言う通り誰も来なかった。僕は何だか取り残されたような気がした。

 ゆうゆからもらったあたり棒を持って、ヤオヨロズにでも行ってみようか。外靴を履くまではそんなことを思っていたけれど、トシの様子を思い出してしまって、ヤオヨロズに行く気持ちは消えてしまった。

 仕方がないから家の近くのコンビニで当たり棒をゴリゴリ君と交換した。店員さんは、レジに持って行ったゴリゴリ君と、あたり棒を見比べてレジを操作したら。

「あの。その当たり棒って本物なんですか」

「ん? 何。もしかしてこれは君が作ったの?」

 店員さんの目がさっき渡した当たり棒を見る。

「ううん。それは、アイス食べたら出てきたから……」

「それなら本物じゃないかな。食べたアイスはこのゴリゴリ君なのかい?」

 店員さんは、ゴリゴリ君の裏に貼られた「当たりが出ればもう一本」という写真と棒を見比べる。

「この写真とも一緒だ。でも、面白いこと考えるね。君。あたりって書いてあってもあたり棒じゃないかもしれないか」

 そういうことを考えたわけじゃないんだけど。

「はずれ棒って感じか。そんなのがあるなら、確かに」

 はずれ棒。その言葉がなんとなく怖くて、僕は店員さんの前から駆けだした。

 家についてからアイスを食べたけれども、棒には何も書いていなかった。


 はずれだ。


*****

 当たりを持っていくと、お店はタダでお菓子をくれる。

 子供にとっては当たり前で、当たりに興味のない大人にはどうでもいいルール。だから、大人は当たりを捨てるし、僕らは当たりを集めて使っている。ゆうゆの話は面白いと思ったし、そこに目を付けたゆうゆはすごいと思った。

 けれども、昨日の牛田と話してから、何かがひっかかる。


「トシ君。最近、おかしいんだ。お菓子を引き換えても当たりが出ないんだよ」

 掃除当番のとき、モップを片付けながら、牛田は困ったように言った。僕は牛田が何を言っているのかがわからなかった。

「当たりがでないのは普通だろ」

 比較的あたりが多いゴリゴリ君でさえ、30個に1個だ。そう簡単に当たるわけがない。でも、牛田はモップをロッカーに戻すと、膨らんだおなかをさすりながら身体を横に振った。なんだか、最近、牛田が一回り大きくなったような気がする。

「そんなことはないよ。もっと当たるはずなんだ」

「牛田は運がいいのか?」

 それとも、食べすぎ? と言うのは牛田をバカにしている気がしてやめた。

「ウン? 知らないよ」

「おみくじとかで大吉が出るのかって聞いてるんだよ」

 牛田は食べ物以外のことについては本当に疎い。流石に初詣とかには行くと思うのだけれど、それでもこの例えで牛田に伝わるか自信がない。

「大吉……おみくじ引かないからわからないや。でもね、お菓子の当たりは見るよ」

「ゆうゆが非常食分けてくれたからだろ。牛田が景気よく使うから、だいぶ減っているんじゃないか」

 初め、僕たちはゆうゆの非常食を面白がってヤオヨロズで交換していた。でも、そもそも段ボールいっぱいの当たりは、子供6人が消費しきれる量じゃなかった。なにより、僕らは皆、ヤオヨロズでお菓子を買うくらいの小遣いはもらっているから、非常食に頼る必要はあまりなかった。

 僕らが非常食に興味を持っていたのは一週間もなかったと思う。今では、すっかりヤオヨロズのおばあさんやヨシミチさんの顔を見に行くことが目的になっている。後は、屋上と同じように僕たちの新しい遊び場。

 ユータが言うには、ゆうゆは前からレオやチイコを気にしていたらしい。非常食をきっかけに遊べるようになったのはいいことだ。ヤオヨロズには見たことがない菓子も多い。気に入ったものを見つけて買う。それだけでも充分に楽しい。

 結局、今では非常食にこだわるのは牛田だけだ。牛田の食欲をもってしても、まだ非常食のストックは多い。それでも、底が尽きてもいいころだ。そんな調子だから、牛田が訳の分からないことを言い始めたのかもしれない。

「そうじゃなくって。トシ君とレオ君は、アイスの当たり棒を確認したことがあるでしょう。30個くらいに1個だって」

 どうして牛田が覚えているのだろう。そもそも僕は牛田にその話をしたか?

「でもね、実際には20個に1個くらいで当たりは入っているんだ。嘘じゃないよ。僕は確かめたことがあるんだ」

 それはつまり、牛田が一人で20個のゴリゴリ君を食べたことを意味する。

「たまたまじゃないの。僕らだって30個食べた時には1個だったけれど」

「違うよ」

 急に大声をあげられて、僕は飛び上がった。普段は温厚なのに怖い。

「僕は何回も、何回も、何回も、何回も確かめたんだよ。20個に1個。これは間違いない。でも、最近はいくら食べても当たらないんだ」

 いくら食べても。牛田はそう言いながら両手の指を何回も折ったり開いたりする。ちょっと気味が悪くなって、僕は率直に牛田に聞くことにした。

「牛田。わかりにくいよ。何個食べたんだ」

「昨日と一昨日で100個」

 100個? 一個100円のアイスを100個だから……

「1万円もアイス食べたのか?」

 それより、2日でアイスを100個も食べられるのか。誰だっておなかを壊すだろ。でも、牛田は元気そうだ。それどころか大きな腹を撫でながらちょっと幸せそうに目を細めている。

「美味しかったよ。いろんな味があるでしょう。一つ一つ食べて、味が一周したら元に戻すんだ。でもね。それだけたべても、あたりは出ないんだ。前はもっとたくさんあたりがあったはずなのに」

「それは運が悪いっていうんだよ」

「そんなことない!」

 今度は大きく一回床を踏み鳴らしたものだから、廊下や教室にいた他の子たちも驚いた。僕は、皆から注目されるのが嫌で、牛田に謝った。お母さんがよくやってる。でも、謝らなければいけない理由はよくわからなくて、胸の奥が締め付けられる。

「そんなことないんだよ。トシ君。君たちは30個を同じお店で買った?」

「そんなに売ってる店ないだろ。コンビニとスーパーを回って買ったよ」

「そうでしょう。だから、あたりが出るかどうかはウンだって思っちゃったんだ。でも、それは勘違いだよ。僕は一つのお店のアイスしか交換していないんだ」

「一つの店って、ヤオヨロズのこと?」

 そういえば、牛田はヤオヨロズに行くたびに何本もアイスをあたり棒と交換していた。その場で牛田が食べたアイスにだって、当たりが入っていることはあるだろう。当たりが入っていないことだってもちろんある。

 お菓子の当たりっていうのはそういうものだ。

「そう。初めは食べたらあたりが出たのに、だんだんでなくなって。おかしいなと思って、この前はあたり棒じゃなくて買ったんだ」

 1万円がどこから出てきたのかは聴かない。お年玉とかを貯めていたんだろう。

「でもね、食べても食べても当たりは出ないんだよ。ねぇ。おかしいと思わない。僕たちの交換した当たりは何処に行っちゃったのさ」

「当たりは何処に行ったって、それは、ヤオヨロズに渡しちゃったろ」

「そんなあ。ゆうゆちゃんはあんなに当たりを持っているのにこんなに食べた僕にはあたりが一本もないのは不公平じゃない」

「それは……そうかもしれない」

「ね。変でしょ。もう、悔しいよぅ」

 牛田は当たりがでないことを話したかっただけで片づけに戻っていく。でも、僕は牛田の話を聞いて、確かに不思議だと思ってしまった。


 帰りに屋上に寄ったら、チイコとユータがいたから、チイコに話を聞いてみた。チイコは約束通り、ゆうゆと二人で“町のボランティア”を始めた。戦果を聞いてみたら、お菓子の当たりよりも小銭がたくさん出てきて困っていると笑っていた。

「大人ってテキトーだよね。1円、5円、10円くらいならやまほど見つかるんだよ。昨日もゆうゆちゃんと、ボランティア部の先生と一緒に警察に行ってきたんだから」

 集めた小銭がすごかったので、警察で引き取ってもらったという。あっちこっちから集めたお金なんて困ると思ったら、チイコはお金を拾った場所、お金が混ざっていたゴミを拾った場所を全部メモしていた。几帳面だ。でも、肝心の非常食はあまり見つかっていない。

「また初めたばっかりだし、気長にやるしかないよってゆうゆちゃんも言ってたよ」

 だから、また来週もボランティアに行くのだそうだ。

 やっぱり。変だ。

 

 ゴリゴリ君のあたりは30個に1個くらいに入っている。けれど、これは一つ一つ買った時で、10個入りの箱で買うと10箱に1回くらいしかあたりがない。箱買いだと100個食べないと当たりが出てこない。

 牛田の検証だと、同じ店で大量に買えば20個に1個の割合で出てくる。それでも、100個食べて出てくるあたり棒は5つ。

 当たりを見つけるかどうかは運だと思う。それでも、商品の中に当たりを混ぜるんだとしたら、だいたい何個に一つの当たりがあるという目安は作っていると思う。

 そうしないと、お菓子を作っている大人にとって割に合わないからだ。

 僕ら子供は、当たりが出たら喜ぶけど、大人はアイスを売っている。もし、お金を支払って買うものを、当たりで引き換えるのが普通になったら、アイスを売っているお店はどうやってお金を得ればいい。

 父さんも、母さんも、伯父さんもいとこのチイ兄も、大人はお金のことを考えている。どうやったら使うお金を減らせるか、どうやったらもらうお金を増やせるか。口を開けばお金のことしか話さない。

 それだけお金が大事なのに、食べる度に当たりがでるアイスを作るわけがない。


 ワタカンはどうだろう。ワタカンの当たりはゆうゆが持っていた奴しか見たことがない。一年生のころ、レオとチイコはワタカンをよく開けていた。たぶん二人で50個くらい開けていたが、当たりが出たことはない。ゆうゆが持っていた2つのワタカンのあたり。それを見つけるまでには一体いくつのハズレを引けばよいだろう。


 ゆうゆはどうやって段ボールいっぱいにお菓子の当たりを集めたのだろう。家のゴミ、街のゴミ、いろんなところに捨てられる当たりを集めたというけれど、それにしたって多すぎやしないか。

 牛田が言うまで考えもしなかったけれど、絶対におかしい。

 けれども、ゆうゆやユータに聞いても、本当のことは教えてもらえないだろう。そもそもユータはゆうゆがどうやって当たりを集めているかなんて気にしたことがないはずだ。

 チイコもレオと同じでゆうゆと友達になれたことの方が大切だと思う。だから、僕の考えていることを話しても、怒ることはあっても一緒に考えてくれない。そもそも、ユータもチイコも社会の仕組みについては興味がない。

 こういう話が好きなのは、レオだ。けれど、チイコたちに会った次の日、レオに聞いてみたら、レオも当たりは当たりだと考えていて、変だと思っていなかった。

 レオが悪いわけじゃない。だけど、なんとなく、レオが気が付かないのに、僕から当たりが多すぎるという話をするのは嫌だった。ほら、好きな子……と言ったらレオが怒るかな。気になっている子の悪口を言われるのは、誰だって嫌だと思うから。


 だから、僕はレオを屋上に置き去りにして、別の手がかりに頼ることにした。でも、いざ手がかりの前に立つと何だか怖くて身がすくむ。

 両隣のマンションには誰かが住んでいる。チサト先輩も、この先に住んでいる。先週だって、チサト先輩と裏門で別れたばかりだ。

 なのに、何度辺りを見回しても、いくら待ってみても人も車も通らない。静かなマンションの間に建つ古い家。それだけでヤオヨロズはやっぱり怖い。

 でも、店の人はすっかり顔見知りだ。おばあさんは神出鬼没だけれどやさしいし、ヨシミチさんはカードゲームに限らず僕たちにいろんなことを教えてくれる。

 大丈夫。質問したら教えてくれる。それに、僕らはお金を払って菓子を買っている。ゆうゆの非常食を使っているのは少しだけだ。

「おや。トシ君じゃないか。珍しいね、君が1人で来るの」

 店の奥の襖があいて、ヨシミチさんが顔をだした。おばあさんが出てこなくてよかった。思わず大きく深呼吸をしてしまう。

「どうしたの。なんだか改まって。君らしくないじゃない」

 ヨシミチさんはいつものようにワイシャツにエプロンをつけて、ジーンズと蒼い運動靴を履いている。上はサラリーマンみたいなのに、下は学校の先生みたいでおかしい。チイコがそんなふうに話していたのを思い出した。

「あの、そこのアイス」

「あぁ。ゴリゴリ君かい。この前、君たちの友達の……ええっとギュウタ君がたくさん買ってくれたからねぇ。在庫あったかな」

 牛田の話は本当だった。牛田はヤオヨロズでゴリゴリ君をたくさんかって、当たりが出るかどうかを確かめたんだ。でも、その時、本当に牛田はお金を払ったのか? だって、一万円だぞ。

 でも、ゆうゆの非常食の段ボールを見た時、100本も当たり棒が入っていたのかはわからない。僕たちだって一人あたま4,5本は使ったはずだ。5人で5本。5×5は25。牛田はその二倍は使っていてもおかしくない。

 そうだ。既に70本を超えるあたり棒がヤオヨロズで使われている。それでも更に当たり棒が100本あるだって?

「ああ、まだあるね。トシ君は幸運だ。それで、その当たり棒と交換するかい?」

ヨシミチさんは僕が握っていた当たり棒を見て尋ねた。僕たちがよく当たりを持ってくるから聞いただけで何の意図もなかったと思う。それでも、手に握っていた当たり棒のことが怖い。

「ううん。まだお小遣いあるから。支払います」

「そう? 別にどっちでも店は問題ないんだけどな」

 ヨシミチさんは僕の顔を見て何か考えたみたいだけど、アイスケースからゴリゴリ君を出して、そして僕から100円を受け取った。

 僕は、握っていた当たり棒を鞄にしまって、店の前のベンチに座った。目の前にあるゴリゴリ君は、いたって普通。オレンジソーダ味はゴリゴリ君が初めて発売された時からある味の一つらしい。ソーダ味はよくわからないけれど、食べやすくて僕は好きだ。

 牛田はミルクコーヒー味を食べていたような気がする。

「ギュウタ君は本当にすごいよね。僕もアイスは好きな方なんだけれど、ゴリゴリ君を二つも食べたら、今の季節でもおなかが冷えてしまうよ。それにくるくると味を変えるんだよ。口のなかで何味なのかわからなくなったりしないのかね」

 ヨシミチさんも僕の隣に座って、牛田がアイスを大量に買っていったときの話をしてくれる。そうだ。牛田も言っていたじゃないか。味を一周するんだと。

 だったら、特定の味には当たりがないとか、そういう話でもない。

「当たりって出たんですか?」

「ん? そういえば、どうだろうなあ。ギュウタ君、食べた時にでた当たりはその場で引き換えないんだよね。次の楽しみに取っておくんだって。だから、どのくらい当たりが出たのかはよくわからないねぇ。でも、急にどうしたんだい」

「こういうアイスの当たりって何個に一つくらいの割合って決めて作ってるのかなと思ったんです」

 大人にそのことを聞くのは初めてだ。口に出してしまってから後悔する。もしそうだとしたら、ゆうゆの持っている非常食は。

「どうだろうね。僕はアイスの工場には行ったことがないからよくわからないよ。でも、棒に書くんだから、アイスを作る前に当たりの数は決めているだろうね。

 ん? そんな不思議な顔をすることじゃないよ。アイスだってどこかから掘り出してくるわけじゃない。アイスの素は水だよ。工場でアイスの形に水を貯めて、味をつけて、そこに木の棒を刺して凍らせる。そうしないと、棒にこういう氷がくっつくことはない。

 だから、当たりの数は決まっていると思う。ただ、それを例えば5つに1つ入れるか、10つに1ついれるか、たまたま5連続であたり棒を入れるかみたいなところをどう決めているかは想像がつかないよね。

 だから、何本も連続で当たりがでることだって、普通にあるんじゃないかな」

 ヨシミチさんの話は、子供でも想像できるし、わかりやすかった。偶然、運よく当たりが続くということもあるかもしれない。

 アイス溶けちゃうよ。とヨシミチさんに促されて、僕はゴリゴリ君の袋を開く。

 いつもと同じようにミカンソーダ味のアイスを袋から取り出すと、持ち手の棒の端っこに真っ黒な線が2本入っていた。

 こういう棒は見たことがない。なんだか気味が悪くて隣を向いても、ヨシミチさんの姿はなかった。ついさっきまで隣にいた大人がいなくなる。前を向いても誰もいない。通りに面しているはずなのに、ヤオヨロズの前を車が通ることはないし、人が歩くこともない。

「ああ。そうだ。でも、工場の友人から聞いたことがあるんだよ」

 急に両肩を掴まれて、アイスを落としそうになる。上から聞こえた声でヨシミチさんが後ろに立っていることに気が付いた。

「アイスの中にはね、ものすごく珍しいけど、ハズレ棒っていうのがあるらしい」

 ハズレ棒。なんか変な名前の棒だけれど、ヨシミチさんの声が怖い。

「当たり以外は全部ハズレじゃないですか」

「ふふっ。トシ君は賢いね。でも、そういうことじゃない。ハズレ棒はとても重要な意味を持っているんだよ」

 ヨシミチさんの声が徐々に下に降りてきて、右耳の後ろでささやくように聞こえる。顔がみたくて振り返ろうとすると、肩に置いてあった手が素早く動いて僕の顔を押さえた。

「んぐゅ」

「いいかい。ここからが大切なんだ。ハズレ棒っていうのは、どうやら、当たりを引いた人たちのしわ寄せを受けるためにある。ほら、当たりの人はお金を払わずにアイスを食べられるだろう? その人たちだけずるいじゃないか。だから、バランスをとるために、あるんだよ。ハズレ棒が。そして、そのハズレっていうのはね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る