秘密のおやつ会

 この学校の屋上には、昔々、フェンスに囲まれた場所があって、ベンチとか遊具が置いてある。前に屋上から生徒が落ちたことがあって出入り禁止にしているけれど、下から見えないだけで今でもフェンスの公園はあるんだって。


 3年生になったときに、チイコが図書委員の先輩から聞いたウワサだ。先輩は6年生で、先輩が1年生のときから屋上は使えなかったらしい。お母さんやお父さんに聞いても、屋上から誰かが落ちたなんて話は聞いたことがないという。僕の家は僕が生まれる前から今の場所にあったというから、お父さんたちがウソをついているわけではないと思う。

 小学生が学校の屋上から落ちるなんて怖い話、ニュースにならないわけがないし、近所に住んでいて知らないということもないと思う。

 だから、ウワサはウソに決まっている。


 僕とトシがそういうと、フツーは男の子のほうが気にするものじゃない? 二人ともこわいんでしょう。とチイコがバカにした。

 トシはチイコの言い分に腹を立てて、何とかウワサを確かめようとした。トシが屋上のことを調べ始めて二週間。あいつは、チイコと僕に、土曜日の午後、先生が少なくなるまで図工室に隠れていて、その後に屋上に出てみようぜと持ち掛けてきた。

 なんで図工室なのか聞いてみたら、トシは屋上のすぐ下、4階にあることと、図工室と図工準備室の間にある工具置き場は子供が数人隠れるのにちょうどよい隙間があるのだと自慢気に教えてくれた。

 ちょうどよい隙間というのが、工具や木が置かれた場所の上で、立てかけられた木や壁に掴まりながら天井近くに貼りついて二時間近く待たされたことについては、いつまでもトシに文句を言いたい。


 それに、その時の僕は、トシの計画に乗るのが少し怖かった。先生に見つかるからではなくて、屋上に本当にフェンスの公園があったらどうしようと不安だったんだ。だって、誰も落ちたことがないのに、屋上は出入り禁止で、そこに公園があったとしたら、先生たちが屋上の出入りを禁止した理由はどこにもない。少なくても、僕たちはその理由がわからないままだ。

 

 お父さんもよく言っている。人生で本当に怖いのは想像ができないこと、知らないことに遭遇することだって。


 だから、そのときの僕はトシとチイコが図工室に隠れることにほんの少し反対した。もちろん、僕の反対なんてほとんど聞き入れられなかったけれど。

 それでも、二人が僕を引っ張って屋上に連れてきてくれたことはよかったと思う。チイコのいうとおり、屋上には公園があった。下からフェンスが見えないのは、屋上のヘリからはなれたところにフェンスがあるからで、公園は屋上のまんなかにこっそりとできている。ベンチとすべり台、ブランコがあって、4,5人が座れるいすとテーブルがある。長い間つかわれていなかったみたいで、ホコリを被っていたけれど、一ヶ月毎日掃除に来ていたら公園はすっかりきれいになった。

 屋上のカギはどこから見つけてきたの? トシに聞いても教えてくれない。ただ、職員室じゃないところにカギがあって、先生たちは屋上に出入りできることを知らないんだ。なんてトシはいう。

 マンションの屋上は住んでいる大人がみんな知っている。学校の屋上について先生が知らないなんてこと、本当にあるんだろうか。

 トシの秘密は秘密のままだけれど、公園をみつけたその日から、僕たちはずっと屋上を秘密の遊び場として使っている。知っているのは、僕、トシ、チイコ、そしてユータの四人。開けるのは土曜日の午後の二時間だけ。大人にもクラスの他の奴らにも邪魔されず、もち寄ったゲームやお菓子なんかを広げていろんな話をする。

 今日からは、そこに牛田とゆうゆが仲間入りする。


「当たり棒か……考えたことがなかったけど、別にその場で引きかえなくてもいいんだよな、これ」

 ゆうゆの家を訪ねた次の日、僕はチイコとトシにゆうゆの非常食の話をした。珍しくモッていないユータの話、たくさん余ったおかしの引きかえ券。大人は興味がない子どもだけの非常食。なるべく二人の興味をひくように話したおかげで、チイコもトシもゆうゆと牛田を屋上に招くことに同意した。


 ユータは初めから賛成だから聞いていない。牛田とゆうゆが顔をみせたとき、目を丸くしていたのはちょっと面白かった。

 ゆうゆは鞄に持てるだけ非常食を持って来ていて、僕たちはいつもの通りお菓子を広げつつ、ゆうゆの鞄の中身をみた。チイコはユータの話が本当であったことにおどろいていて、トシはゆうゆが鞄いっぱいに色んなお菓子の当たりを持っていたことに興味をもった。

 普通に生活していたら、鞄いっぱいの当たりなんて見つからないし、取っておくという考えも出てこない。なんでこんなことを始めたんだ?

 それがトシの一番の興味だった。アイスのあたり棒を手に取りながら、トシは、ゆうゆの話を聞いて、何度も何度もうなずいていた。

「当たりって、家で見つけたり、おなかいっぱいのときに見つけちゃうと少し悔しいでしょ。交換しても食べられないし……でも、お母さんは次にしようねって言ったままゴミに捨てちゃうの」

 大人は誰だってそうだと思う。僕のお母さんも捨てるし、トシも家では捨ててると思うと話した。だって、大人は欲しければまた買えばいいのだから。

「でも、捨てられたら終わりじゃないかなって思ったの。ごみ収集車が持っていっちゃうとどうしようもないけれど、家のゴミ箱なら探せば取り戻せるでしょ。だから、ゴミ箱から当たり棒を取って、スーパーに持って行ったの。そしたら普通にアイスが交換できた。あたりまえだよね。ゴミ箱に捨てたら効果がなくなるなんてどこにも書いてないんだもの」

 ゆうゆがお菓子や食べ物の当たりを集めるようになったのはそれからだ。でも、家の中では流石に限界があった。だいたい、当たりがあるお菓子というのは買っても常に当たりがついてくるわけじゃない。家で出来るのは大人が当たりを捨てないように気を配ることくらいだった。

「もっとたくさん当たりを探す方法を思いついたのは、文化祭で駄菓子屋を見たとき。ほら、毎年生徒会の部屋で駄菓子を売ってるでしょ」

 クラスメイトと駄菓子をもらいにいったとき、みんなが当たりをゴミ箱に捨てるのをみた。当たりを気にしない子どももいるし、ゴミ箱は家の中だけではない。ただ、流石に家の外のゴミ箱をあさるのは臭いし汚いのでやめたい。

 もっとたくさんの当たりを見つけるのはやっぱり難しいなと思っていたとき、ゆうゆたちは、ボランティア部の壁新聞が貼ってある教室に立ち寄った。そこで見た記事が、ゆうゆをボランティア部に入部させることになった。

 ゴミ箱をあさるのは汚い。でも、全部のゴミがゴミ箱にあるわけではない。目からうろこ、というのはこういうことを言うんだと思った。

 思い立ってからの活動は早かった。ゆうゆは文化祭明けにはボランティア部に参加して、積極的に街のゴミ拾いに出かけた。ポイ捨てされたゴミの中には、予想通り、お菓子の当たりが混ざっている。そうして街中の美化活動をがんばるうちに、ゆうゆの家に大量に当たりが集まってくるようになった。

「それじゃあ、私たちもゴミ拾いをしたら見つかるんじゃない?」

 チイコはゆうゆの活動に興味を持ったらしく、二人はあっと言う間に仲良くなった。ゆうゆの家に行く時には、ゆうゆのことをとても嫌っていたのに、女の子は不思議だと思う。今度の水曜日にはゆうゆとチイコ二人だけで当たり探しの散歩にでる約束まで取り付けている。

「でも、交換しきれないからって、いいの? 俺たちは何にもしていないのに」

 トシは申し訳なさそうにゆうゆの顔をみた。僕やユータ、牛田はゆうゆのことを手伝っているけれど、トシとチイコは何もしていない。気が引けるのはわかる。

「気にしなくていいよ。初めは非常食って思って集めていたけれど、だんだん、どんな当たりがあるのかを調べる方が楽しくなってきちゃって。私の分はちゃんとこの前分けているから、今日持ってきたのはみんなで食べよう」

 みんなで。その言葉に一番喜んだのはもちろん牛田だ。あの日も牛田はたくさんアイスのあたり棒をもらって、そのまま近くのコンビニでアイスを交換したらしい。


「あ、このお菓子知ってる。缶詰に入ってるのに開けたら煙みたいにあめが出てくるんだよね。結構おいしいし、前はよく食べたなー。この前、最後のひとつをパパが開けちゃってさ」

 チイコが取り出したのは『わたあめの缶詰』、ワタカンの当たり缶だ。僕もゆうゆの家で見た時から気になっていた。どういう仕組かわからないけれど、ワタカンは蓋を開くと中からモクモクとわたあめが出てくる。美味しいし、見た目も面白いので1年生の頃は見つけたらよくチイコと開けて遊んだ。

 ワタカンに当たりがあるなんて知らなかったけれど、そういえば最近はワタカンを見かけない。

「当たりをもっていけばどこでも交換できるわけじゃないよね。ワタカン、この辺に売ってたかなあ」

 チイコも僕と同じことに気付いて、手の上で当たり缶を転がしながら何度も左右に首を傾げた。僕とチイコは顔を見合わせて、お互いに首を傾げ続けた。二人とも思い当るお店がない。

 久しぶりに食べてみたかったけれど、これは交換できないかな。

「あるよ」

 チイコがあきらめて別の当たりに手を伸ばしたとき、牛田が僕たちの間に割ってはいって、チイコの当たり缶を覗き込んだ。

「牛田、見たことあるの?」

「うん。この前お店でみた」

 どうして早く言わないの。お母さんが僕を叱るときの言葉がでそうになった。でも、牛田の手に握られていた何枚ものトンカツをみて声をだすのをやめた。食べていたなら声は出せない。

「店ってどこでだよ牛田。俺もワタカンは見たことがないぞ」

 話に乗ってきたのがトシとユータだ。ゆうゆも興味があるのか牛田の後ろから僕たちを覗きこんでいる。思わぬタイミングで注目されたからか、牛田は大きな体をゆすり、皆の顔を見てはもごもごと呟いた。

「お店の名前、思い出せない」

「なんだよ。それじゃ意味ないじゃん」

「そう急ぐなよユータ。名前はわからなくても、どこにある店かはわかるだろ。牛田、どの辺の店だ?」

「学校の裏……どうやって行くのかよく知らない」

「牛田の家と反対側じゃん。たしか、牛田、駅の方でしょ。レオの家の近く」

 え。そうなの? チイコが牛田の家を知っていることにも、牛田が僕の家の近くに住んでいることにもびっくりした。

「それじゃ、裏門のあたりはよくわかんないだろ。あの辺、誰か住んでたっけ」

「そういうトシだって裏門の辺り詳しいの?」

「うるさい。ユータ。まあ、ほらなんだ……」

「あー、チサト先輩っ」

 ユータが出した名前は知らなかったが、トシが慌ててユータの口を塞いだのを見て、僕たちは思わず笑ってしまった。トシが耳を真っ赤にしているところで、ゆうゆが応援するよ! と素直に言うものだから、トシは首まで赤くしてユータの口から手を放した。

「俺のことはいいから、牛田、裏門のどの辺りだよ」

「ええっと、裏門を出て、近くの公園の奥の方。マンションの隙間に小さな駄菓子屋があるんだ」

 マンションの隙間の小さな駄菓子屋? 言われてみればあったような気がする。裏門前の公園は、低学年の時に引っ越してしまった友達とよく遊びに行った。その時に、友達が教えてくれた店のことだろうか。確か名前が……

「ダガシハッピャクマン?」

「そう!それ」

 牛田が手を叩いて喜んだ。他の皆は僕が口にした名前を聞いてもピンとこないらしい。しばらくして、ユータが「あ」と小さく声を上げた。

「なんだよユータ」

「レオ、それハッピャクマンじゃないよ。八百万って書いて、ヤオヨロズって読むんだ。だから、その店は『駄菓子屋ヤオヨロズ』。去年の文化祭のとき、生徒会がその店から駄菓子をもらってきてた。なんでもあるからヤオロヨズって名前らしい」

 これでワタカンのある店はわかったも同然だ。

「それじゃあ、今日はそのヤオヨロズに行ってみますか。駄菓子屋なら、他にも交換してくれるものがあるかもしれない。ゆうゆの持ってきてくれた奴から今日交換するものを選ぼうぜ」

 トシの声につられて、僕たちはワタカン以外にお店で交換したい当たりを選ぶ作業を始めた。結構さわがしくしていたと思うけれど、屋上には誰も来なかった。

 秘密のおやつ会、ゆうゆとチイコは、駄菓子屋ヤオヨロズに向かうとき、屋上での会合をそう呼ぼうと話していた。

 かわいらしいし、変わったことをしている感じがして僕は好きだなと感想を言ったら、なんだかよくわからないけれど、ユータとチイコにどつかれた。

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