ゆうゆの非常食
ユータの家はマンションの3階、ゆうゆの家は5階にある。ユータたちが暮らすマンションはオートロックで、二人ともパスケースに入れた鍵を使って一階の自動ドアを開ける。
誰か家にいるのかなと思っていたのだけれど、どちらの家も共働きで夜にならないと誰も帰ってこないらしい。僕の家は家の隣のプレハブがお父さんの仕事場だから、いつもお父さんもお母さんも家にいる。たまにお父さんが仕事の用事ででかけるくらいだから、帰ったら誰もいないのは想像ができないし、ちょっと寂しいなと思った。
でも、二人は揃ってそんなことはないと言う。ユータはクラブ活動とか児童館に行くことが多いから寂しくないらしい。ゆうゆはというと、低学年のころから一人だったから家で独りなのに慣れたんだって。
家に友達呼んで遊んだりしないの? と牛田が聞くと、あんまりしないかなぁ。ほらマンションは狭いでしょ。それなら誰かの家に行った方が楽しいかもよ。と言う。それってゆうゆの部屋に遊びに行くのは特別なことということなのかな。
ゆうゆの家は5階の真ん中にあって、重たい扉を開けると反対側の窓から入ってきた光で部屋がとても明るかった。靴を脱いでスリッパをはいて、ゆうゆとユータについて奥まで歩いていく。テレビとテーブルが置かれたリビングは、うちと違ってほとんど物がない。壁には学級新聞を貼るのと同じ板が貼ってあって、カレンダーとかメモが画鋲で貼られている。ゆうゆは僕たちにテーブルに座っててと言って、板に貼られたメモを見ている。部屋に入るときにちょっとだけ見ちゃったのだけど、きれいな字で今日の晩ごはんというメモが書いてあった。
ごはんの時間までお母さんも帰ってこないのはやっぱり寂しいと思う。それでも、普通に振る舞っているゆうゆは同い年なのに強い。
「今日はユータが友達を連れてくるって話してたんだ。おやつ用意してもらってるんだ。おやつ準備するあいだも整理の準備しちゃおう。ユータちょっと手伝って」
ゆうゆが台所でおやつの準備をする間に、僕たちはゆうゆの非常食の整理の準備を始めることになった。ゆうゆの部屋から運ばれてきたのは大きな段ボールが二つ。一つは2年前の防災の日の日付が書いてあって、もう一つは去年の日付が書いてある。
「2年前のは食べられないんじゃない?」
チイコのクサってるという言葉を思い出して、僕はちょっとドキッとした。でも、ユータは僕の様子をみて吹きだして、ゆうゆは笑うユータの頭をぽかりと叩いた。本当に姉弟みたいだ。
「ユータ。ちゃんと話してないでしょう。段ボールには缶詰くらいしか入ってないから大丈夫」
「え? おやつないの?」
牛田が残念そうな声を上げる。本当に、食べ物のことしか考えていない。
「今日食べる分は用意するから。その段ボールに入っているのだとすぐには食べられないけど、たぶんまだ」
ゆうゆは段ボールの上にのせていた紙を手に取ってカレンダーと見比べた。
「大丈夫。古い奴でもあと一ヶ月は食べられると思うよ」
食べ物は入っていないけれど非常食で、すぐには食べられないけれど一ヶ月先までは食べられる。箱の中に入っているものは一体何なのだろう。
*****
ゆうゆのお母さんが用意してくれたのはプリンとケーキだった。テーブルに並んだとき一番喜んだのは牛田だったけど、目を輝かせてたのはユータだ。ユータの好物がプリンだなんて、2年生のときから遊んでいたけれど知らなかった。
4人でゆっくりおやつを楽しんで、僕たちはいよいよ部屋に置かれた段ボールの周りに集まった。
「レオ君、ギュウちゃん。今日は私の手伝いに来てくれてありがとう。これから非常食の見直しをします。はこの中には子供だけの非常食を詰めているんだけれど、時間がたつと食べられなくなるものがあるから、定期的に中を整理しているの。特に二年前の箱は中身を分別して半分くらいに中身が減るんじゃないかなって思っています」
「ろーらーすとーくとかいう奴だな」
「ローリングストックじゃない?」
牛田は、給食の時間に覚えた言葉を使いたくて口にしてみたけれど間違っている。ゆうゆに突っ込まれて頭をかいているけど、目は段ボールに釘付けだ。ユータもゆうゆもそんな牛田の様子が面白くて笑うのを必死にこらえている。
「すぐ食べられるものは缶詰くらいしか入ってないよ、ギュウちゃん。これは、大人が見逃している子どもだけの非常食なんだから。食べられるなら大人の非常食になるでしょ」
ゆうゆが二年前の段ボールを開く。僕と牛田は我先にと段ボールの覗きこんで、ゆうゆとユータの説明の意味を知った。
「なるほどなぁ」
お父さんがテレビでクイズ番組の答えを聞いているときと同じ言葉が出た。馬鹿にしているわけじゃなく、ゆうゆの考えに素直に驚いて口に出たのに、お父さんが出演者を馬鹿にしてるときと同じ感じがして、僕は思わず口を塞いだ。
でも、ユータもゆうゆも僕がお父さんみたいに馬鹿にしているとは思っていないみたいで、僕と牛田にむけて胸を張った。確かにすぐに食べることはできないけれども、これは子どもだけの非常食だ。
段ボールに入っていたのはたくさんのアイスの棒とか、お菓子箱の切れ端だ。大人はゴミだと捨てるけど、僕たちにはこれが何なのか一目でわかる。ゆうゆは、お菓子の当たりを集めていたんだ。
「こんなに種類あるんだ」
ザイコのタナオロシ。ユータが話していた作業は、引換時期が過ぎてしまう当たりの選定作業のことだった。
箱の中を全てリビングに並べて、僕たちはユータが配ったリストを基にもうすぐ販売が終わってしまうお菓子や、当たりの引換期間が近いお菓子を選ぶ。選定したお菓子は非常食として取っておく意味がないから近所のスーパーとかでお菓子に換えてもらう寸法だ。
食べたいときにほんの少しずつ交換してもらう。お小遣いがたりなかったり、ほんの少しだけ良い気分になりたいときに使う。大人と一緒だったりお小遣いをもらったときしかできないはずのちょっとした贅沢を楽しむための魔法のアイテム。
ゆうゆの話は面白かったし、何より集められた当たりの種類が豊富で驚いた。アイスの当たり棒だけでも5種類もあるし、ポテトチップス、せんべい、飴、ガム、グミ、ペットボトルのジュースにがあると思ったらその下からは牛乳の引換券や、缶詰の引換券まで出てきた。
「あたりがついているものがないかって探すと案外たくさん見つかるんだよ。初めはアイス、ゴリゴリくんの当たり棒くらいしかないと思ってたんだ」
僕もゴリゴリくんの当たり棒のことは知っている。トシと僕が調査したところだと三十個に一つくらいの割合で入ってる。調査のことを思い出すとおなかが冷える。なんたって、何個に一つあたりご入っているかを調べるならゴリゴリくんを一度にいくつも買わなきゃいけないし、買ったからには食べないともったいない。なにより、アイスを食べきらないと当たりかどうかはわからない。
結局あのときは、当たり棒を見つけたけれど二人ともしばらくアイスは食べたくなくて棒は捨ててしまったような気がする。ゆうゆのように棒を取っておくという発想は僕らにはなかった。
「今回は結構あるね。二人に来てもらって良かった」
選定を終えて僕らは山のような当たりを四人で分け合った。それでもかなりの量になったので使い切れるかわからない。
「使い切れなければそれは捨てるのでいいと思うの。あくまで非常食だからね」
ゆうゆはそう言うが、牛田は手にした当たりをみて目を輝かせているし、僕もせっかくだから使い切りたいと思う。でも、普段そこまでお菓子を買わないし一人で使うのは確かに辛い。
「チイコやトシとも分け合おう。あいつらだって忙しかったから来れなかっただけで、こういうの好きだからさ」
それは名案だよ!ね、ユータ!
ゆうゆが顔をほころばせて喜んだので、僕たちは明日の放課後にチイコとトシにも当たりを分けることにした。牛田は少し残念そうな顔をしていたけれど、牛田の分は多めにすると持ちかけると頷いた。
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