アイスキャンディは駄菓子屋を潰す

地震は来ないけどカンパンは美味しい

 防災の日。先生は学校や家が火事にあったり、大地震がおきたときにどうしたらいいかを勉強する日だと言うけれど、火事や大地震なんて見たことがない。

 校舎も家もコンクリートというもので出来ているから燃えない。この前、トシが夜に校舎に忍び込んで壁にロケット花火をぶつけた時も校舎は燃えなかったし、町内会のバーベキュー会で炭が家の近くに転がっていった時も家は燃えなかった。

 お父さんやお母さんは地震が来たら大変と言うけれど、僕が生まれてからこの街に地震がきた記録はない。夏休みの自由研究で調べたのだ。この街はとても硬い地盤の上に出来ていて、おじいさんの代までさかのぼっても、地震は起きていない。

 昔々は地面の下にナマズの化け物がいて、気まぐれで地震を起こしていたらしいけれど、図鑑にも載っていない生物がいるわけがない。昔の人が書いたウソだと思う。


 だから、避難訓練で校庭に集められて、校長先生の長い話をきくのはめんどうくさい。でも、今年は猫谷(ネコタニ)の授業がなくなったので、それは嬉しい。3年生までは担任じゃなければ関わらなかったのに、4年生からは毎週3回はネコタニの授業がある。授業の度にお母さんみたいな小言を聞かされるのでうんざりだ。

 タッ君のおじさんは研究所で働いているらしいけれど、古典は読めないって言うし、授業で読んでいる竹取物語は、アニメで見たから知っている。なんだかよくわからない文字で子供に読ませるのは大人の自己満足ってやつだと思う。ウチでもお母さんがよく言ってる。


 避難訓練は面倒だけど、災害の日は給食が面白い。いつもは給食室で作っているのに、この日だけは何処からか缶入りのカンパンとか金平糖、お湯で作るゴハンとか缶詰のおかずがやってくる。

 チイコは非常食の入替時期だから、その余りが出てくるのだと主張する。私たちは残飯を与えられているのよというが、それは言い過ぎなんじゃないかと思う。ただ、担任のコエズミは給食の前に「ローリングストック」という話をしたし、チイコの話は本当かもしれない。けれども、余りだとしても普段食べないおやつみたいな給食はワクワクするし、「非常食」という響きがカッコイイ。


 だから、放課後にユータが、となりのクラスに非常食をたくさん持ってる女子がいると話しはじめた時、ちょっと面白いなと思った。ユータが言っている女子は、3年生の時、ユータと同じクラスだった女子で、皆からはゆうゆって呼ばれている。ゆうゆは、ユータのクラスで一番背が高かった女子で、バスケットが上手だった。

 合同授業のときに何度も見かけたけれど、5、6年生が交じってるかと思ってびっくりした。背が高いから男子との試合でもボールを取れなくて悔しい思いをする。でも、シュートはとてもきれいでかっこいいなと思ったのを覚えている。ユータは整列のときに1番前か2番目を争うチビなので、二人で並ぶとまるで姉弟みたいだ。これで同じ学年だから事実は小説より不思議ってやつだと思う。

 ユータとゆうゆは幼馴染で、同じマンションに住んでいる。ユータの話だと、ゆうゆは昔から宝物集めが好きで、ユータの言う非常食というのも、幼稚園のころから集め続けているらしい。

 そんな昔からの非常食は食べられないじゃん。クサってるよ絶対。チイコはユータの話を聞いて、一番初めに嫌がった。ユータは自分のことじゃないのにニヤリと笑って、チイコみたいにただ食べ物を集めるようなバカじゃないんだよという。

 チイコはそういうが食べ物を集めるわけじゃないのに非常食を集めているという話は不思議だ。僕とトシ、まだ教室に残っていた牛田(ギュウタ)がゆうゆの非常食の話に興味を持った。

「ゆうゆは子供だけの非常食を集めているんだ。コエズミが言っているみたいに年に二回くらいビチクのミナオシもしてる。防災の日だから今年もやるって言ってたぜ」

 ユータは何度かゆうゆの非常食の整理に付き合ったらしい。珍しいものもいっぱい出てきて面白いと、家族を自慢するみたいに話すユータは確かにちょっといやだ。ケッペキショウのチイコじゃなくても少しくらいイジワルを言いたくなる。

「ボクもついていったらだめかなぁ。ゆうゆちゃんのこと知らないんだけれど」

 どうしたものかと迷っているうちに、牛田が名乗りを上げた。牛田はゆうゆのことが気になるというより非常食がほしいんだ。ユータは牛田の顔を見て腕組みをする。

「どうなんだよ。牛田つれていくのか」

 あまりに答えをじらすので、僕は我慢出来なくなってユータの背中を小突いた。小突いてから、僕もゆうゆの家に行きたいみたいに見えると思って、耳の後ろが熱くなった。そういうわけじゃ、ない。

「ゆうゆに聞いてみないと。トシとレオはゆうゆを知ってるだろ。でも牛田は」

「あー俺パスパス。面白いけど、今日はサッカークラブの日なんだ。レオ見てきてくれよ。ユータはちょっと話をモることあるからな。チイコはどうすんの? 別のクラスの女子なんて、友達作りの機会じゃね」

 トシは手提げ袋を振り回しながらチイコの周りを一周した。チイコはユータをみて何か言おうとしたが、あきらめたのか鞄と手提げ袋をもった。

「私も行かないよ。クサってる非常食なんて興味ないし」

「だから腐ってないんだって。チイコ、みんながチイコと同じ考え方をするなん」

 またゆうゆのことを話そうとするユータにチイコの手提げ袋が飛んでいく。ジャージだから痛くないが、袋はユータの顔に直撃し、ユータはその場にうずくまった。

「知らない。私は帰るの。トシも帰るんでしょ。非常食がどんなのだったかはレオと牛田に聞くからそれでいいよ。ちゃんと見てきてよ、レオ。絶対クサってるから」

 チイコとトシは牛田と僕がゆうゆの家に行くと決めつけている。手提げ袋をぶつけられたショックが抜けないユータをおいて、二人は教室を出てしまう。牛田はともかく僕はどうしたものか迷っている。ただ、ユータがうずくまっているのもかわいそうだし、なんとなくユータが立つまで教室で待ってしまう。

 ゆうゆの家についていくほうがいいのだろうか。トシたちが言うようにユータの話はたまに大げさで、見に行くとそんなにすごくないことはある。

 牛田はどうだろう。給食当番の時にはきれいに盛り付けしてくれるし、盛り付けのコツも教えてくれる。食べ方についてなら牛田に聞くのが一番で頼りになる。ただ、牛田自身は食べ物のことを美味しいか美味しくないかしか話さない。

 牛田とユータの話だけじゃ、ゆうゆの非常食のことはわからない。かといって、友だちでもないのに、明日になって、ゆうゆに非常食のことを聞きに行くほど僕には勇気がない。

 ゆうゆの家に行ってみたいわけじゃない。ただ、明日トシとチイコに聞かれたときに非常食の正体を説明できるのは僕だけだと思うから、僕もついていくしかない。

 心を決めて、ショックから立ち直ったユータに僕もついていくと話す。

「レオがいるなら、チイコたちもこないし、牛田もくるか。ほんと、びっくりするほどザイコがあったりするんだよ」

 牛田はのんびりと両手を上げて、やったぁ子供の非常食ってどんな味なんだろうねと嬉しそうな声を上げた。

「ユータ? まだ帰らないの?」

 そんな僕らの様子を見計らっていたのか、教室の扉を軽くたたいて、ゆうゆが顔を見せる。やっぱり背が高い。僕だって男子のなかでは真ん中くらいだけど、ゆうゆは僕よりも頭ひとつぶんは大きい。近くに立ったらもっと背が高いかもしれない。

 体育のときには後ろに束ねているほんの少し赤い髪の毛をおろしていて、前に見かけたときと雰囲気が違った。

 ユータの横に立っている僕をみて、ゆうゆはニコリと笑って首を傾けた。

「あ、君は……レオくんだっけ。ユータの親友でしょ。いっつもレオくんとチイコちゃんの話ばかりするんだよ、ユータ。あれ、今日はチイコちゃん来ないの?」

 ゆうゆが僕の名前を知っていることにびっくりして、僕はユータをみた。でも、ユータは僕をみることなく、首をたれて自分のくつを見ている。

「あーうん。チイコ用事あるって」

 さっきまでの元気な声はどこにいったのか。小さな声でしょぼくれている。

「そうなんだ。それは残念。チイコちゃんも鉄火ペンギン好きって聞いてたから鉄火ペンギングッズの話したいって思ってたのに」

「それは……ごめん」

 ユータも自分がチイコの機嫌を損ねたとはわかっているんだ。

 ゆうゆはチイコのことを知っているわけではなさそうだ。それなのに、チイコが鉄火ペンギンを好きなことを知っている。きっと、ユータがゆうゆに話した。

 ふだんはチイコのことを気にしていない風なのに、けっこう気にかけているんだ。それならもう少しチイコに優しくしてやればいいのに。

「仕方ないよ。用事だったら仕方ない。今度また紹介してね。他のクラスの女の子にいきなり話しかけるのちょっと恥ずかしいし、ユータのトモダチとは仲良くなりたいし、ね?」

 ユータを介さない方が二人はなかよくなれるような気がする。


 なにはともあれ僕たちはゆうゆを交えてネコタニの悪口とかを言いながら、ユータとゆうゆの住むマンションに向かって下校することにした。

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