佳仁、八月三十一日

―――

 遺書を書いた。

 今日までのこと、昨日起こったこと。

 それで僕がすべきことは終わりだ。


 まだ朝が来ない、暗い夜の時間に、ベランダに滑り出る。


――天己四年八月三十一日未明、自宅マンション五階のベランダから投身自殺を図る。全身十八か所骨折の重症で都内病院に緊急搬送、入院。


 『遺書(一)』にはそう書いてあったが、僕は入院なんかする気はない。徐々に正気を失いながら死を待つなんて真っ平だ。

 だから、頭から落ちる。確実に死ぬ。

 そのくらい、僕にはできる。このまま生きることに比べたら、遥かに容易たやすい。



 そうして今、僕は頭を下にして、v=gtのルール通りに速度を得ながら、巨大な地球の夜に墜ちていく。


 逆さまになった夜景が見えた。

 遠くの空が明け始めて明るい水色と薄紅色に燃え始めていた。



 世界がこんなにも美しかったことを知って、僕は、途切れの瞬間を待つ。


 ハッピーエンドなんて、解釈の問題だ。





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