10
気味の悪い部屋を後にした私たちは、出口を目指して歩くがなかなかたどり着けない。
先ほどまでいなかったはずの兵達が、行く先をことごとく塞いでいたからだ。
二人とも満身創痍の状態で包囲網を突破する訳にもいかず居ない方へ居ない方へ進んでいった為正直ここがどこかもわからない。
ルドウェルは、先ほどよりも顔色が悪くなり、足取りも重くなっている。
少し休憩した方が良いか。そう考えながら、遠くから兵が歩いてくるのが見え、咄嗟に近くの部屋の中に滑り込んだ。
急いで部屋の中に入った際に足がもつれてしまい、床に膝をついてしまう。ルドウェルを見ようと視線をあげた先には無数の刃がこちらに切っ先を向けていた。
「ひっ」
と短い悲鳴を上げ咄嗟に後ずさる。
――――――気がつかなかった。
たらりと冷や汗が背中を伝う。急いで逃げ込んだ部屋には兵士がたくさんいた。
あっけなく、私たちは捕らえられてしまった。
捕らえられたあと、兵士達は私たちをどこかへ運んだ。その間にルドウェルの様子を見るが、ぐったりとしており、呼吸も荒い。そして先ほど私があの女にしたように私たちもまた布を噛まされている。おそらく彼は顔が割れている。魔法を使うことも知られているのだろう。私の場合は・・・念のためってところかなぁ。そんなことを考えていると、ひどく大きな扉の前に到着する。私たちを連れてきた兵士達は扉の前に立っていた兵士に敬礼をするとゆっくりと扉を開いた。
大きな部屋。目の前に伸びる赤いカーペットの先に階段がありその上段に豪華な椅子が置かれている。そしてそこには一人の女性が座っていた。
階段の前まで来ると兵士達はどさりと、私たちを放り投げる。痛みに呻き、体を丸める。
出来ればもう少し丁寧に扱って欲しい。期待は出来ないだろうけど。
兵士達は跪き、私たちを・・・主にルドウェルを捕らえたことを報告していた。
報告を受けた女性は微笑み「よくやった。あとで褒美を与えよう。」と兵士を労い、下がらせる。
女は赤い髪を綺麗に頭の後ろでまとめ、遠くからでも分かるほどギラギラした王冠、ドレスを身に纏っていた。
女性は立ち上がるとゆっくりと、階段を降りてきた。
そして、ルドウェルの顔をコツリと足で蹴る。扇で顔を半分隠しているが、隠れていない目元は冷ややかで、まるで忌々しいモノを見るかのように歪んでいた。
「フン・・・。化物が逃げよって。生意気にも抵抗するとは・・・。愚息も何を考えておるのか分からんが、さらに理解できぬのは、我が愛娘だ。なぜこやつに執着する?わざわざ生かす理由が分からん。厄災を我が国に招く前にかような化け物など早々に殺さねばならぬのに。」
そう女は冷たく言い放つ。その言葉に賛同するように、近くに控えていた貴族と思われる男達は口々に言葉を発する。
「おっしゃる通りでございます。女王陛下。かような化物、早々に殺すが良いかと。」
「そうです、そうです。金髪に、緑の目。そして非常に強い魔力。伝承通りでございませんか。災いを呼ぶ前に殺すのがいい。」
「しかし、忌み子が生まれ落ちた時に殺されず、なぜここまで育ったのか分からぬ。」
「愚かにもこやつを生かそうとした者が居たからだ。」
「ほう、哀れんだのかこの化物を。まぁ、見目だけは良い。化物故、赤子の頃からその者を魔力で操っていたのやもしれませんな。」
「この男の両親はこれが生まれ落ちたと同時に家は没落し、母親は狂死したと聞いているぞ。」
「あぁ、恐ろしい。周りに不幸しかもたらさぬ。」
男達の言う言葉が理解できず、ぽかんとしてしまう。なぜ、彼はここまで言われねばならないのか。ただ生まれただけで疎まれているかのような・・・。
「そちらの娘は?」
男のひとりが矛先をこちらに向ける。周りの視線が自身に集まり、居心地の悪さを感じる。
「あぁ、報告によればどうやら、この化け物と行動をともにしていたらしい。酔狂な者よなぁ。わざわざ、これとともにあろうとするなど。」
女が哀れむようにこちらを見てくる。男達も嘲笑しながら、口々に「化け物に誑かされたのかもしれません。」「あの顔で迫られたら事情を知っていても知らなくとも女は股を開くでしょうなぁ。」など下卑たことを言ってくる。
気持ちが悪すぎて反吐がでる。男達を睨みつけると、大げさに肩を竦め鼻で笑う。
「おぉ、怖い怖い。魔性に魅入られた者など、我らに仇なすだけでは?女王陛下。」
「ほう。なかなかに良い提案をするなぁ。では殺すか。」
なぜ、このように人の命を軽んじる事が出来るのか。
嫌悪感にさらに表情が険しくなる。国を治める者がこの状態では、この国は一向に良くはならないだろう。
(ほんっとにくそみたいだわ・・・!)
話せないため、心の中でありったけ罵る。それは伝わるはずもなく、女は淡々と私を殺すため兵士に指示を出す。
兵士は私を四つん這いに近い姿勢にさせた。横に剣を持った兵士が立ったためおそらく首を落とそうとしているのだろう。
処刑する準備が整ったのを見て女王はすこしつまらなさそうな顔をした。
「ふむ・・・。ただ殺すのは興がない。・・・ソレを起こせ。どうせなら、ソレにこの女が死ぬ所を見せて反応を楽しもうではないか。」
残酷に女王は笑い、兵士は命令に従いルドウェルの腹を蹴りながら「おい、化け物起きろ!」と兵士が乱暴に起こす。ルドウェルからうめき声が聞こえ、ゆっくりとその頭が上がる。まだ状況が理解できていないのだろう。しかし、女王と、私の状態を見て諸々を理解したのか青い顔をさらに青くさせ、動こうとする。それを兵達に押さえられるがそれでもなお、それを振り払おうと暴れる。4人がかりで押さえられたルドウェルは、息を荒くしながらも女王を睨みつけている。
「ホホホ。哀れよなぁ。お前とともに居ただけでこの娘は命を落とすのだ。」
「・・・・。」
「お前の得意の魔法もこの城では意味をなさぬ。ホホホ。お前はこの娘が殺されるのをただ見ていることしかできないのだ。」
楽しそうに笑う姿が、先ほどまで対峙していた女と重なる。
嫌悪しかない。人の命を玩具のようにもてあそぶその精神が気にくわない。
こんなところで、こんな奴らに殺されるのは嫌だ。そう強く思い状況を打開するため、考えを巡らせる。
この城には魔法が使えないようになる仕掛けが施されているらしい。さっき使えたから精霊術はその適応外のようだ。ただ問題はこの状況を打破するほどの大技を頼むにも私の魔力が足りない。
魔法さえ使えるようになれば、彼は口を塞がれていても魔法を使えるはず。
それなら、イチかバチかだけど・・・!
目を閉じ集中する。言霊がない分、必死に呼びかける。
『精霊よ。聞こえているなら応えて。お願い。』
すると、クスクスといつもの様な笑い声が聞こえる。近くに来てくれたことにほっとし頼み事をする。
『この城にある魔法を阻害する原因を見つけて、破壊して!』
『残ってる魔力は最低限のみ残してあとは使ってもらって構わない!とにかく急いで!』
必死にそう頼むと耳元で《いいよ》と聞こえ、ごっそりと残っていた魔力が持って行かれる感覚がした。途端に体に力が入らなくなり、視界が霞み始める。心臓は早鐘を打ち、息も上手くできなくなる。
リリアの変化にリリアを拘束していた兵士は狼狽える。その様子を見て女王も気付いたようであった。リリアに近づき、足でリリアの顔を上げる。
「アレよりも顔色が悪くなっているではないか。・・・処刑前に勝手に死なれるのも興ざめだろう。お前、その娘の布を外しておやり。」
女王はそう兵士に命じ私の口に当てられていた布を外させる。布を外したところで息苦しさは変わらない。冷や汗が大量に流れる。
なんとか意識を保とうと唇を食いしばっていると耳元で《みつけたよ、壊すね》とそう声が聞こえた。そしてどこか遠くで爆発音が聞こえる。
なんだ!?と状況を理解できない貴族の男達があたりを見渡しながら狼狽えるのをみて、いい気味だと笑う。力を振り絞り女王を見上げる。視線に気がついた女王がこちらを見た。にやりと笑い、私は「地獄に堕ちろ!」そう吐き捨て、息を吸い彼の名前を呼ぶ。
「ルドウェル!」
その瞬間爆風がこの部屋を襲った。明らかに自然発生ではないその風は彼の魔法によるものだろう。私を押さえていた兵士や女王、貴族達をその風は壁へと叩きつける。
その様を、彼の魔法の威力を目の当たりにし、苦しいのも忘れてぽかんと見てしまう。
すごいの一言に尽きる。同様の風の魔法もこのような威力にはならないだろう。それにあの爆風で、死者を出さず、建物を破壊しない制御された力。こう言ってはなんだけれど、化け物という表現は言い得て妙なのかもしれない。
この非凡な力が、化け物と蔑まれる理由なのだろうか?ここまですごいのなら、彼はよくある物語のような英雄的存在として見られても良いのではないのだろうか。
そのようなことを考えていると、ぐっと、誰かに抱き起こされる。視界が反転し、抱き起こした人物の顔が見えるようになる。顔色は相変わらず青白い。目の前の男も相当無理をしたのではないだろうか?重たい腕を必死に上げ、労るようにその顔に手を添えた。
「はは・・・ひどい顔・・・。」
「大丈夫なのか?」
「眠たいだけ。」
「そうか。」
死の危険が去り、人のぬくもりに安心した為かまぶたがどんどん重たくなっていく。
「すまなかった。」
謝る必要なんてない。そう言いたかったのに、口は上手く動かない。腕からも力が抜け、意識も遠ざかっていく。
意識が途切れるほんの数秒前、「女王、並びにそれに従う貴族どもを捕らえろ!」という別の声を聞いた気がした。
緑の怪物 黒瀬真白 @momomood115
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。緑の怪物の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます