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地下牢に続く扉をでると、白を基調とした廊下にでた。床には赤いカーペットが惹かれ、天井には贅を尽くしたとしか思えないほどの豪華な意匠が施してあった。


(ここはどこだろう?)


広く長く続く廊下。廊下だけでもこの広さなのだから、おそらくとても大きい建物なのだろう。


(貴族の屋敷・・・にしては規模が大きすぎるような・・・まさかお城とか言わないよね?)


残留した光の筋を辿りながら、怪しまれない程度に周りを観察する。


(お城だと仮定したとして・・・。人気がなさ過ぎない?)


それなりに歩いてはいるが、誰ともすれ違わず、人の気配もしない。ここが貴族の屋敷、もしくはお城と考えても護衛や使用人すらいないのは不自然だ。何か先に起こっているか、偶然か。人払いされている可能性もあるし、罠の可能性もあり得る。

考え始めるといろいろな可能性が浮かびキリが無い。


(まぁ分からないことを考えても仕方ないか。気を抜かずに先を急ごう。)





結局誰ともすれ違うことなく、とある扉の前に来た。

その扉の前で精霊の残した光は潰えている。おそらく、この扉の向こうにルドウェルは居るのだろう。

改めて目の前の扉を見る。扉だけじゃなくこの建物全体に言える事だと思うが、装飾過多で悪趣味としか言えないものになっている。


(素人目の私から見てもこれはやり過ぎだと思うのよねぇ。)


まさにたくさんお金を掛けましたと言わんばかりの内装に心底リリアは呆れていた。ここが貴族の私邸だかどこかの城だか知らないが、この様子を見るにこの建物の主は良い人ではないのだろう。この悪趣味な装飾に回すお金を少しでも国や領地を豊かにする方に回せば良いのに。なんてことを考えながらため息が出た。


(これも今考えても仕方がないことだよね・・・。)


気持ちを切り替えそっと中の様子を伺う。しかし分厚いためか、音も聞こえずわからなかった。不安しかないが、行くしかない。

扉をゆっくり引き、その隙間から体を静かに滑り込ませる。

入った瞬間、うっと息を詰まらせる。

部屋はなんだかよく分からない臭いに満たされていた。甘ったるいようなそれでいてとても不快な。それに混じり、鉄の臭いや生臭い様な感じもある。


(ここにルドウェルが?)


きつい臭いに吐き気を催しながら、部屋を見ると薄暗い部屋の中央付近に一脚の椅子が置かれており、そこに誰かが座っているのが見えた。

罠などに警戒しつつその椅子にゆっくり歩み寄る。近づくにつれその座っている人の全貌が明らかになる。


「ルドウェル!」


認識すると同時に、その人物に駆け寄った。見事なまでに綺麗だった金髪は、今やその輝きは失われ古い血がこびりついている。頬も最後に見たときよりも幾分かこけた印象で、緑の目は開かれてはいるものの虚ろで何も映していない。口は半開きでそこからポタポタと涎がでていた。

何があったのかは分からない。ただ、地下牢で見た仕打ちを考えるにここでも拷問まがいの事をされていたのだろう。

服は破られたのかぼろぼろでそれから覗く肌にはまだ治りかけの傷があった。些か治りが遅い気がする。彼の四肢は椅子に縛られていた。

ルドウェルと彼の名前を呼びながら肩に触れると人肌とは思えない冷たさに、ひっと息をのんだ。

顔色は酷く悪い。体を揺らしながら名前を呼ぶが力の入っていない彼の首がガクンガクンと大きく揺れるのみで反応はない。

最悪の想像をしてしまい、ザァっと血の気が引いた。思わず彼の胸に耳を押しつけ、弱いながらも聞こえた鼓動にほっと息を吐いた。


「ルドウェル。」


再度名前を呼ぶが反応はない。

なぜ、彼はこのような仕打ちを受けなければならないのだろう。あの女は彼に原因があると、化物だから仕方ないのだと言うけれど、こんなことをされて良いわけがない。

少なくとも、一緒に居た間の彼は化物に見えなかったし、なんだかんだ優しかった。


一向に目覚める気配のないルドウェルに焦りを覚える。

今はまだ、敵も居ない。逃げるなら今だが流石に意識のない男を長時間抱えて、隠れながら、もしくは敵の攻撃を避けるのは無理がある。


(気を失っているにしても、何の反応もないのは可笑しくない?薬・・・の可能性も否めないけど。)


彼の体を再度みる。やはり傷の治りが大分遅い。一つ一つは深くもなく浅い小さな傷であるにも関わらず。


(地下牢で見たとき、すぐに治ってたのになんで?・・・もしかして。)


リリアは以前師匠が言っていたことを思い出す。

魔力が多い種族は総じて長命であり、どんな傷を負ってもあっという間に治ってしまうのだと。


(仮にルドウェルが人の枠に収まりきらないほどの魔力量の持ち主だとしたら、あの傷の治りも納得できる。)


魔力が多いから傷の治りが早いということは、魔力が少なくなっているから傷の治りが悪いと言えるのかもしれない。魔力は人の体を構成する大切なものである。魔力が底をつきれば命を落としてしまうほどに。


(体液にも魔力は含まれてるって聞くから、血が流れるのと一緒に魔力も・・・?いや、どうなんだろう。・・・彼の状態が、血が足りない事によるものなら、手の施しようがない。でも、魔力なら。)


彼の顔を両手で支える。

整った顔立ちと顔色が相まって、人形のようである。


「うぅ・・・恨まないでよ。」


そう呟き、ルドウェルに口づけた。半開きの口から魔力を含ませた唾液を流し込む。

魔力を回復する方法はいろいろある。もちろん薬もあるにはあるがこの国では流通して居らず、手持ちにない。薬を使わない方法が、体液を使用したものだ。魔力のコントロールが上手い人はただ手を重ねるだけで出来るらしいが、残念ながら私にそんな技術は無い。

魔力を渡すイメージをしながら、キスをし続ける。

こくりとルドウェルの喉が動き、しばらくすると「んっ」とくぐもった声が聞こえた。

ゆっくりと顔を離す。何度か瞬きをした後彼はこちらを見た。その緑色の瞳には困惑の色が見える。

意識が戻り先ほどまでとかわり顔色も少し良くなっている。「よかった・・・。」と上手くいったことに安堵し、思わず彼の頭を抱きしめた。


「もう、だめかと思った。」

「・・・どうして、逃げなかった。」

「見て見ぬふりは出来ない性分なの。」


体を離し視線を合わせる。


「生きててよかった。」


そう言って笑うと、彼は一瞬目を見開き、そして何かに堪えるように下唇を噛み、下を向いた。


「縄を外すね。」


兵から奪った剣で彼を縛り付けている縄を切っていく。

彼はその様子をぼぅっと見ている様だった。魔力を渡したと言っても、私の魔力も多い方ではないから、あまり渡せていない。それにこれまでの疲労も重なっているのだろう。

早く休める場所に移動しなくては。

そう考えながら、リリアは縄を切る手を早めた。

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