7 残酷描写あり
遠くで誰かの絶叫が聞こえる。耳を思わず塞ぎたくなるような酷い。
ゆっくりと意識が浮上する。霞む視界でゆっくりと周りを確認する。
石で出来た壁に床。それに鉄格子。どうやらここは牢屋のようだ。
再びとても近い場所で叫び声が聞こえ、びくりと体が強ばった。声の出所を探ろうと視線を彷徨わせる必要も無くそれはすぐに見つかった。
鉄格子の先、向かいにあたる場所で、男が絶叫していたようである。その男が自分の知人であると脳が理解し始めるとその状況に体が震え始める。
こちらからは背中しか見えないが、鞭かなにかで打たれたのか皮膚は裂け血が絶え間なく流れている。両手を重ねた上から杭が打ち込まれており、それに天井から垂れる鎖が繋がれ、ルドウェルは吊されていた。
見れば見るほど目を背けたくなる惨たらしさに息をのむ。あまりの惨状に気がつかなかったが、その彼の入れられている牢には彼以外に、いわゆる拷問器具をもった拷問官と思われる男と、気を失う前に出会った女がいた。女は座り心地の良さそうな椅子に座りその様子を見ているようだった。表情は見えないが、おそらく笑っているのだろう。
意識を失った彼に拷問官は水を掛ける。しかし、気絶したままであったのだろう、男は指示を仰ぐように、女を見た。
「足の爪を剥いでしまいなさい。」
女は躊躇なくそう言った。見ていられなくて、まだ鈍く重い体を動かし、鉄格子にすがりつき叫ぶ。
「やめて!それ以上は!・・・ルドウェルが死んじゃう!!!」
予想外の方向から声が聞こえたことに驚いたのだろう。女は振り向き、驚いた顔をしているがそれも一瞬でこちらを向きにやりと笑う。ルドウェルの爪を剥ごうとしていた男に制止をかけ、向こうの牢屋を出た彼女はこちらへゆっくりと近づいてくる。
「ようやく目が覚めたのね。本当はあなたの目が覚めるのを待っても良かったのだけど、つい退屈で先に始めてしまったわ。」
彼女は本当に本当に楽しそうにころころと笑う。自分がどれだけ酷い事をしているのか気付いていないかのように、無垢にも感じる笑顔で。
露呈する目の前の女の異常な様子にひゅっと息をのむ。本能が逃げろと警鐘を鳴らすが、ルドウェルを置いていけるわけがない。
(こういった人は何を言っても無駄なんだろうけど。)
圧倒的にこちらが不利といえる状況で、精霊術等を使ってこちらの手の内を早々に明かしてしまうのは愚かな行為だろう。
(やっぱりまずは話し合いから・・・。)
緊張し、早まる鼓動を落ち着かせるように一度息を吐き、目の前の女に話しかける。
「・・・もう、やめて。どうしてこんなことをするの。」
「どうして?理由なんて必要かしら?アレは私の物だもの。私がどう扱おうが私の勝手でしょう?」
「物?彼は人間よ。・・・それとも、この国は奴隷を容認しているの?」
「人間?アレが、人間?」
女は私の質問には答えず、人間という部分に反応し、おかしそうに笑い始めた。
リリアは訝しげに目の前の女をみる。
ひとしきり笑ったあと、彼女はにやりと口元を歪め話し始める。
「そう、あなた知らないのね。」
「・・・なにを?」
「ふふふふ。知らないのね。知らずにあの男と一緒に居たのね。ふふふ。」
「・・・。」
「あぁ、良い表情。いいわ、特別に教えてあげる。」
そう言い女はルドウェルを指さした。それにつられて今なお意識を失っている彼を見る。
「その悲痛な表情とても好きよ。でも別にあなたが傷つく必要なんて無いのよ。心を痛める必要もないの。」
「・・・・。」
「ここからでも十分に見えるわね?背中の傷を見なさい。あれはつい数分前につけた傷よ。・・・よぉく見て。目を逸らさずに。もう治りかけてるでしょう?」
女の言うようにルドウェルの背中の傷はすでに血が止まり治りかけていた。
・・・以前にも同じようなことがあった。そう、彼を助けたあの日。あまりにもひどい傷だろうと想像していたのに、血を拭うと傷なんて初めからなかったかのように綺麗だったこと。
そう考えている間にも、傷は瞬く間にきれいになっていった。普通の人間ではあり得ないほどの回復速度である。
こちらの反応をみて、さらに笑みを深めた女は、囁くように告げる。
「アレはね化け物なのよ。」
「化け物・・・?」
「そう。化け物。私たちとは違う生き物。生きてはいけないモノ。本来であれば、生まれ落ちた瞬間に殺されていた存在!」
彼女は楽しそうに笑いながらそう高らかに言う。
「私は優しいの。居場所のないアレに私の玩具という、生きる意味を与えてあげたのよ。」
さらに彼女は笑い続ける。言われた言葉と、笑い声が頭に響きぐわんぐわんと目眩を起こす。
気持ちが悪い。気持ちが悪い。キモチガワルイ。
自分の正当性を語り続ける、目の前の女が、人間とは思えなくなる。
「どっちがよ・・・。」
「え?」
「あなたの方が化け物よ。」
表情を歪めながらそう吐き捨てる。
女はその言葉に驚き、笑う。そして。
「そう、そういう反応なのね。まぁいいわ。いま気分がとても良いからその不敬も許してあげる。でもつまらないから寝てなさいな。」
トンと指でおでこをつつかれたと思うと、強制的に意識を落とされた。
*
次に目が覚めた時には、ルドウェルも、彼女も、拷問官も居なくなっていた。
(一体あれからどれぐらい時間が経ったの・・・?)
最後、意識が落ちる前に見たルドウェルへの仕打ちからして、ここは彼にとって危険な場所であること。また、今は生かされているが自分も危ない状況であることを改めて認識する。
ルドウェルを探し出し、ここから逃げなければ。
立ち上がり、まず自分の体を見る。特に怪我もなければ、拘束されてもいない。
(相手の目的はルドウェルだから、見逃されたか。それかここから出られるはずがないと思われてるか。)
後者な気がする。そんなことを思いながらゆっくり足音を立てずに鉄格子に近づき、様子を窺う。
(人は居なさそうだけど・・・。)
そう思っていると、扉の開く音に続いて誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。足音からしてどうやらひとりで見回りのようだ。あくびをしているのも聞こえ大分気が緩んでいる様子もある。
(それなら、少し古典的かもしれないけど・・・。)
少し後ろに下がり、床に倒れ込む。そして蹲り、お腹を押さえ苦しそうに聞こえるように呻く。その声に気がついたのであろう。慌てた様子で近づいてきた人が「どうした!?」と声を掛けてくるが敢えて何も答えず呻き続ける。「腹を押さえてるし、何か悪い物でも食べたのか?・・・毒とか悪い病気じゃないよな・・・?」とぶつぶつ自分の考えを呟きつつ兵士と思われる装いをした男がおろおろしているのをチラリと見て、一際大きな声を上げた。そしてパタリと体の力を弛緩させる。
おそらく何も知らない兵士から見たら、事切れたもしくは気絶したように見えただろう。私の様子に驚いた兵士が、慌てて牢の鍵を開け、入って近づいてくる。最も近づいたタイミングで、強化した拳を相手の鳩尾にたたき込んだ。兵士は呻き気を失った。
「ごめんなさい!」と言いつつ、牢をでる。
先ほどの兵士が階段を降りていたことからここは地下にある可能性が高い。兵士が来た方向へ歩いて行くと、階段があった。おそらく地上に繋がって居るであろう階段をあたりの気配を探りつつ上る。
もともと気配を探ったりは得意ではない。師匠について回って旅をしていた頃はそれなりに危険を伴うこともあったけど、師匠が強すぎてこのような隠密行動とは無縁だった。師匠はなんていうか真っ正面から正々堂々突っ込んで、勝利しちゃうような脳筋タイプ。
だから、正直隠れて敵に見つかることなく、ルドウェルを見つけ出してここから逃げる自信はない。でも、私の魔力は人より少ない。攻撃手段として使える魔法もほぼ身体強化だけだし、精霊術も何度も使えない。だから隠れて行くしか選択肢が残されていない。
(私ひとりだけ逃げ出すって言うなら、成功率は上がるんだろうけど・・・。)
階段を上りきり、扉の前で一旦耳を澄ませ、外の気配を探る。ひとり、またこの地下室に向かってくる足音がする。扉の陰になる場所に隠れ、入ってくるのを待つ。
キィっと扉が開き、兵が入って行く。そうっと背中から近づき、首を絞める。瞬間的に強化魔法を使い、素早く相手の意識を落とす。だらりと相手の体が弛緩したのを認めると、見つかりにくい場所へ移動させる。よくよくみると、女性のようだ。背格好もほとんど変わらない。
(ふむ。拝借しよう。)
手早く兵の服を剥ぎ取り自分の服と交換する。そしてその女性に自分の服を着せ、少し手間ではあるが、先ほど自分が入れられていた牢に入れて鍵を閉める。男の人もまだ眠ったままであった。
帽子を目深に被り、顔を見えにくい様にすると再度階段を上り扉の前まで戻ってきた。
『風の精霊よ。どうか私をルドウェルのもとへ。』
そう精霊に呼びかけると、くすくすという笑い声とともに緑色をしたきれいな光がくるりとリリアの周りを回る。そしてそれはついてこいと言わんばかりに、輝きを残しつつ、とある場所に向かっていく。
(よし。)
リリアはその光を追いかけるように歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます