6 ※残酷描写あり

精霊達がきれいに直してくれていた元の服に着替え(外套もくれた)、目的の地に行くために、今度こそ精霊の抜け道を使う。

ルドウェルの頬にはまだ赤い手形が残っている。お互いに色んな意味で気まずくて無言で道を歩いていた。

その無言に耐えられなくなった私は、歩みを止め「あの・・・。」と声を掛ける。


「本当にごめんなさい!完全に私の不注意なのに、殴って・・・。」

「気にしてない。」

「嘘だ!」

「嘘をついてなんになる・・・。」

「まぁそりゃそうだけど・・・。・・・あなたほどの美形なら、女の人の体なんて見慣れてるか。」

「・・・・。」

「否定しないってことは、そうなのね。」

「良い思い出なんかないがな。」


そこでふたたび無言になってしまう。

チラリと、様子をうかがうが、無表情で何を考えているかわからない。できたら、仲良くとまでは言わないけど諍いなく無難に終わらせたい。

出会いからして最悪だけど、一緒に過ごし始めてからも良いことがない気がする。

はぁっと息を吐く。

(まぁ、キーネアについて、あの赤毛の人に会えば終わる旅だけど。)


「・・・もしだが。」

「え、な、なに?」

「あいつがキーネアにいなかったらどうするつもりだ?」

「え?どういうこと?」

「ここと、外は時間の流れが違うんだろう?」

「あ・・・。居ない可能性もあるのか。」


ルドウェルに言われてその可能性に初めて気がつく。

そういえばそうだ。精霊の国に来るのなんて初めてで、実際の時差がどれぐらいになるのか知らない。数日かもしれないし、数ヶ月かもしれない。下手したら数年って可能性も・・・。


「・・・何も考えて居なかったようだな。」

「・・・こんな事になるなんて思ってなかったしね。」

「・・・。」

「居なかったら居なかったで、キーネアで一旦身を隠すしかないと思う。」

「この道は他国へは通じてないのか?」

「通じてるけど、この大陸のどこの国もきちんと関所を通らないと捕まっちゃう。」

「・・・。」

「・・・知らなかった?」

「いや、忘れていただけだ。」

「そう。・・・あとただ通るだけじゃなくてお金も必要だからね。キーネアで何か仕事して稼がないと・・・。ただでさえ、レキサドから出るには高いお金が必要だから。」


(そう考えると、キーネアであの赤毛の人に会っても会わなくてもまずは、お金をどうにかしなくちゃいけないなぁ。)


「家・・・。」

「え?」

「キーネアに、以前使っていた家がある。もし、あいつが居なければそこを使ってもらって構わない。」

「・・・いいの?」

「あぁ。」

「そこまで気を遣わなくてもいいんだよ?」

「・・・嫌ならいい。」

「いや、ぜひありがたく使わせてもらうよ。」


せっかくの願っても居ない申し出だ。断るなんてもったいない。

これで、雨風しのげる場所を確保することが出来た。

喜びお礼を言いながら男を見たときに重要な事に思い至った。


「ねぇ、思ったけど見た目だけでも変えたほうがよくない?私はありふれた茶髪だけどさ、ルドウェルは金色の髪でしょ。それでなくても顔とか整ってるから人目を集めちゃいそう。」

「・・・そこに関しては問題ない。」

「なんで?」

「もう、変えてる。周りからは違う色に見えている。」

「!魔法か。いつの間に。」

「歩いている間に。」

「そんな素振りなかったけど・・・。」

「そんな素振りを見せるほど間抜けていない。」


さも当たり前の様に目の前の男はそう言うが、明らかに異常だ。

そもそも魔法もきちんと学ばなければ扱えない。魔力とはなんぞやから始まり、その感じ方、扱い方、そして呪文を覚え唱える。などなど魔法を扱えるようになるまでもまず時間がかかる。無詠唱なんて難しすぎて、ほとんどの人はできないと聞く。

なのに、ルドウェルは歩きながら、しかも会話をしながらしていたというのだ。

(なんだか、本当にやばい人なんじゃ・・・いろいろな意味で。)


「無詠唱なんてできる人正直居ないと思ってた。」


そう、素直な感想を述べると、彼はかなり渋い顔をして、そのまま黙ってしまった。

なんだろう、この地雷を踏み抜いちゃった感覚。

あからさまに不機嫌になってしまった男の様子を窺うがこれ以上の話しは望めそうでないため、静かにため息をつき、歩くことに集中することにした。






精霊の抜け道の出口にあたる部分につき、精霊の王国に入ったときのような光に包まれた後、目的地であるキーネアという街に着いた。おそらく。

おそらくというのは、光を抜けた先は一軒家と思しき建物の中だったからだ。


「えーっと。・・・これは想像してなかったなぁ。不法侵入じゃない私たち。」

「・・・人の気配はしない。大丈夫だ。」


そうルドウェルに指摘され、改めて周りを注意深く見ると、確かに置かれている家具もどこか古ぼけており、ほこりも積もっている。とても現在も人が住んでいるとは思えない現状に、ほっと胸をなで下ろした。

男は安心する私を置いておもむろに扉を開けようとした。私は慌てて声を掛ける。


「待って待って!ここがまずキーネアかどうか分からないわよ!不用意に出るのはあぶな・・・っ。」

「いや、ここはキーネアで合ってる。」


外の景色もきちんと確認している様子もなかったルドウェルがあまりにも確信をもって言っているものだから、思わず聞いてしまう。


「なんで、わかるの?」


その質問に、扉を開けようとしていた男は、ピタリと止まった。少しの無言のあと、こちらに背を向けたまま男は静かな声で言う。


「ここは俺の家だ。」


そう一言だけいい、家から出て行ってしまう。一言、その一言を理解するのに時間がかかってしまった。理解できたときにはすでに男の姿はなく、聞き返すこともできなかった。

急いで家から出ようとすると大きな壁にぶつかり「ぶっ」っとあまりにも間抜けな声が出た。

つぶれかけた鼻をなでながら前を向くと、壁の正体が分かる。

出てすぐのところでルドウェルが立ち止まっていたのだ。


「どうしたの?」


そう声をかけつつのぞき込むため彼の背中から顔を出すと、なぜ彼が立ち止まっていたのか分かる。

家から上がる煙、焦げ臭さに混じって臭う鉄の・・・。嫌と言うほど過去にそれに最近も嗅いだことのある臭いにリリアは顔を思いっきりしかめた。

この家の前には細めの道があり、それを左に辿っていくと大きな通りに繋がっているようだった。その大きな通りに近づくにつれて、瓦礫や何かが焦げた跡、血液等が増えていく。

見える範囲に死体はないが、その状況を見るに、大通りは悲惨な事になっているだろうことが安易に想像できた。

顔が青ざめながらもその光景から目を離せないで居ると、突然何かに視界を覆われた。

わっと慌てて居ると、ルドウェルが「落ち着け。」と声を掛けてきた。

いつもと同じ淡々とした声ではあるが、その声音に不思議と安心し落ち着くことが出来た。

落ち着いて見ればルドウェルが外套のフードを無理矢理被せたため、視界が暗くなったのだと理解することが出来た。


「ありがとう・・・。」

「落ち着いている方が異常だ。」

「ルドウェルは落ち着いてる。」

「俺は・・・大抵のことでは驚かない。」

「嘘だぁ。」

「・・・。」

「沈黙は肯定ととる。」

「・・・勝手にしろ。」

「ははっ。ありがとう。変に力が入っちゃってたみたい。別にこういう光景が初めてって訳でもないのにね。やっぱり慣れないや。」

「慣れていいものではない。」

「・・・そうだね。」


(人からの思いやりだとか、とっても温かくなるね。)

そんな事を思いながらふふっとフードのなかで微笑んでいると不機嫌そうに鼻を鳴らしているのが聞こえた。以前までならそれもただ不機嫌だとしか思わなかったが、なんとなく照れ隠しのようにも感じた。


「・・・そろそろ行くぞ。」

「うん。・・・でも、この状態であの赤毛の人居るかな?」

「居ないだろうな。」

「・・・ですよね。」

「だが、万が一という可能性もある。確認しておくに超したことはない。」

「そうだね・・・。あ!待って。」

「なんだ。」

「私重要なこと忘れてる。あの人がどこに居るのか知らない。」

「なんだ、そんな事か。」

「そんな事って。」

「知ってる。」

「え?」

「知っているから、行くぞ。」

「え、う、うん。」


ルドウェルは、そう言いあたりを警戒しつつも歩きだす。リリアもそれに倣い、何が起こっても反応できるように警戒しつつルドウェルについて歩き始めた。


「とりあえず、酒場を目指すぞ。」

「そこにいるのね?でもどう行くの?」

「裏道を使う。」

「迷わない?」

「・・・酒場にある程度の目星はついているから大丈夫だ。」

「そう。でも住んでたならある程度土地勘はあるか。ルドウェルを信じるよ。」


改めてフードを目深に被っていると、チラリとルドウェルが視線を寄越す。

「なに?」と問うが「なんでもない。いくぞ。」特に理由を教えてもくれずなんだか納得できなかったけれど状況が状況なだけに追求する気にもなれず、黙ってついて行った。





路地裏を通り、目的の酒場に着くことができた。周りの建物は見るも無惨に崩壊していたり、焼けていたりとしていたが、ここはまだ形を保っていた。

果たしてこのような現状で、あのとき話した男は居るのだろうか?もし居たら、ここのこの惨状の理由を聞かなければ。

周りに人気が無いことをお互いに確認しつつ、静かに目配せをしたのち酒場の中へ続く扉へ手を掛けた。

案の定、酒場の中はがらんとしており、人は居なかった。

ルドウェルは舌打ちをし、私もため息をついた。

(まぁ、もともと、ダメ元だったけど・・・。やっぱり残念。)


なんて考えごとをしていると店の奥からガタリと音がした。その音にルドウェルも気がついた様で、警戒し、その音の出所を見ている。

しばらく様子を見ていると、困った顔をした女の人が「あの~」といいながら出てくる。


「あなたたちは誰ですか?」


おどおどしたようにその女の人はそう聞いてきた。こちらを害する意思のないその様子に私は警戒を解き話し掛ける。


「驚かせてしまってごめんなさい。私たちは、知人に会うためにこの街に来たの。だけどこの状況だったから、会えなくて困ってたの。ねぇ、この街で何が起きたか教えて貰えない?」

「えっと・・・。」


少し疑い深くこちらを見ていた様子であったが、何もしてこないと分かったのか、現状について教えてくれる。

彼女の話をかいつまんでまとめるとこうだ。

ここにこの国の王子率いる反乱軍が隠れていたらしい。そのことを聞いた女王が王子を捕らえるために騎士達をここに向かわせたと。そのまま反乱軍と騎士団がぶつかり、戦場となってしまったキーネアはこの惨状となった。


「そうだったのね・・・。教えてくれてありがとう。あなたはずっとここに隠れてたの?」

「えぇ・・・怖くて外が静かになるまでずっとここに隠れてたの。・・・ねぇ、あなたたちはこれからどうするの?待ち合わせしていた人とは会えなかったんでしょう?」

「そうね・・・目的地は決まってないけど、ここには用が無くなってしまったから、また違う場所に向かうと思う。」

「そうなのね。・・・あの、すごく迷惑かもしれないけど、お願いがあるの。」

「お願い?」

「・・・人捜しを手伝って欲しくて。」

「人捜し?誰かとはぐれてしまったの?」


そう聞くと彼女はこくりと思い詰めた表情で頷いた。


「私にとって、とても大切な人なの。離ればなれになってしまって・・・。」


今にも泣き出しそうに空色の瞳を潤ませ彼女はそう語る。

自分達は追われている身だ。今のキーネアにはもうすでに騎士団も王子が率いていたという反乱軍も居ないのだろう。少し猶予はあるとは思うが、ここがこうなってしまった以上、当初の計画を変更し他の場所に移るしかないと思うのだが。

(でも、大切な人を、出来たらその手がかりだけでも見つかるまで一緒に探してあげたい。)

体を震わせ顔を覆い泣いている彼女をどうしても放っておく気にはなれなかった。

自分にとって大切な人が側から居なくなってしまう悲しみを私も身をもって知っているから。


ルドウェルに意見を請うため後ろを振り向くと、男は大きく目を見開きながら、泣く女の人を凝視していた。それは驚愕ではなかった。おそらく恐怖、そう、彼は恐怖を感じているようであった。それを裏付ける様に男の顔色はこれまで見たことがないほど、青白くなっていた。

男の様子に驚き、狼狽える。これまで何があっても無表情をここまで崩す事が無かった男がこんな表情をしているのだ。それも恐怖を感じている。

私よりも強いと確信できる彼が、こんな風になるほどの相手・・・。この女の人は一体何者なの?

後ろに注意を向けると、違和感があることに気がついた。その正体に気がついた瞬間、背筋にぞくりと冷たいものが走った。


女の人は泣いてなんかいない。笑っているのだ。


ぶわりと全身に冷や汗が吹き出す。体は何かに縫い付けられたように動かず、息はひどく浅くなる。

唯一動く目で女の動きを追っていると、唐突に女はばっと上を向いた。その動作で女の綺麗な赤色の髪がぱらりと散った。


「そう捜しているの。金髪に緑色の目をした私の可愛い(ル)可愛い(ド)お人形(ウェ)さん(ル)。」



そう言いこちらに顔を向けた彼女は笑っていた。顔立ちは美しいのに、その顔に浮かべている笑顔はとても歪だった。

それがさらに恐怖を煽る。動けずにいると、女はパチリと指を鳴らした。

ズンッと体にひどく重たい物が乗ったかのように圧力がかかり、立っていられなくなる。がくりと膝をついてしまう。


「ッ・・・な・・・にこれ・・・。」

(体が重い。動かしにくい・・・。魔法?こんな魔法聞いたことがない。)


ルドウェルの安否を確認するために、必死に首を動かし捜す。彼はすでに床に縫い付けられるように倒れていた。

コツコツと足音が自分の側を通り過ぎ、倒れている彼に近づいて行く。女は出会った時とはまるで別人のような自信に満ちあふれた、妖艶ともいえる笑顔を浮かべている。ルドウェルの顎を持ち上げ自分を見せるようにすると甘く、どこか恐ろしい声で言葉を紡ぐ。


「やぁっと見つけた。ショックだったのよ?あなたが居なくなってしまって私悲しかったわ。ねぇ、三ヶ月もどこに行っていたの?あなたの逃亡を手引きした馬鹿(お兄様)と一緒に居るかと思ってせっかく攻め込んでみたのに、居ないんだもの。」


退屈だったわぁとニタリと笑う。ルドウェルは何も言わず女の人をずっと睨み付けている。


「見つけたと思ったら女の子と居るじゃない。妬けちゃうわぁ。・・・ねぇ、あの子とはどこまでしたの?キスはした?それとも、それ以上をしちゃった?ねぇ、教えて?」


そう囁きながら彼女はルドウェルにキスをする。濃厚なやつを。

目の前で繰り広げられる、男女のあれこれに顔が真っ赤になるのを自覚しながら、視線を逸らした。生々しい水音に耳まで赤くなるのを感じた。

しかしそれも長くは続かず、女の人が驚いた様に離れたことで終わった。見れば口元から血が出ている。ルドウェルはペッとつばを吐き捨てると、聞いている私がちびってしまいそうなほどの地を這うような恐ろしい声で「くたばれ、この痴女が」と吐き捨てる。

それに顔を歪めた女の人が再度指を鳴らしたことでさっきとは比にならないほどの圧力が体を襲う。辛うじて膝をつくに留まっていた私も床に張り付けられる形となり、体中が悲鳴を上げ呼吸どころではなくなる。


「逃げたこと後悔なさい。あなたは私の元でしか生きられないのよ。死ぬまでずっとね。」


その言葉を最後に私の意識は途切れた。

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