3

「大きく息を吸え、・・・止めろ。」


リリアをしっかりと抱えそれだけを言うと、男はそれ以上何も語らず、ただ扉を睨みつけていた。

刹那、大きな音が後ろで響く。あまりの爆音にびっくりして振り向きそうになるが、男にさらに強く押さえ込まれたため振り向けなかった。

説明の足りない男に不機嫌になりかけたとき、バタバタと数名家に入ってくる音が聞こえた。何が起こっているのか分からないまま、誰かも知らない人が自身の家に入ってきたことに体を強ばらせた。

(み、見つかったらどうするの・・・?)

後ろは振り向けない為、上を向き自分を抱きしめている男を見る。相変わらず、険しい顔をしているがその表情に焦りは見えなかった。

その理由を考えていると、後ろで、からんと何かが転がる音がする。

それと同時に、私でも、目の前の男でもない第三者が、舌打ちをした。


「フン・・・なぜ、俺様がこんな事をしなければならないのだ。はぁ・・・。おい!隈無く探せ!外の血痕はこの家に続いていた。いいか必ず見つけるのだ!女王陛下の命令だ!」

「は!」


そう、侵入者のひとりが言えば、応えるように数名の声が聞こえ、そのまま家の中を捜す音が聞こえてくる。

その中のひとりが途中、私たちの近くを通り、肝を冷やしたがそのまま素通りしていった為拍子抜けをした。まるで、彼らには私たちの姿が見えていないみたいだ。

(これって魔法?)

そう聞きたかったが、あいにく口も動かず、声を出すなとも言われているため、後で聞こうと心に決め、静かに侵入者が出ていくのを待った。


「隊長!」

「何だ?見つかったのか!?」

「いえ、残念ながらこの家は誰も居ません。しかし、血まみれのタオルを発見しました。」

「チッ・・・居た証拠はあるが奴はいないか。いいか!なんとしてでも探せ!多少痛めつけて聞き出しても構わん。女王陛下の命令が優先だ!」


あんまりな言い草に腹が立つ。

(多少痛めつけて?それって拷問じゃない!!)

あまりにも腹が立ちすぎて、でも、動くことも怒鳴ることも出来ずギリギリと歯ぎしりをしていると、さらにもうひとつ足音がこの家に入ってきた。


「ドルトン殿。」


そう、名前を呼ばれた男はやや焦ったように「なぜ、あなたがっ」と言う。


「ドルトン殿。」

「はっ。なんでありましょうか!?ここには奴はおりません!いえ、居た形跡はあります!おそらくまだこの近くに居ることでしょうから、私は別の場所を捜して参ります!」


そう言い切って、ドルトンと呼ばれた男はこの場所を後にしようとしたが、まだ話しは終わっていないとばかりに再度、「ドルトン殿」と凜とした低い声が男を制止させた。


「先ほどの発言、見過ごせるものではない。この村も我が国の一部。従ってこの村に住む人々も我らが守らねばならない民だ。女王陛下の命令とはいえ、民に対しそのような仕打ちはするべきではないと私は考えるのだが・・・、あなたはそうは思っていないようだね?」

「いえ、いえ、違います!その、言葉の綾と言いますか!」

「そう、言葉の綾・・・ね。誰にだって言い間違いはある。痛めつけて自白をさせようなどとは思ってないということで間違いない?」

「その通りであります!!」

「そっか、よかった。・・・さぁ早く捜そうか。我らが女王陛下はあまり待たされるのはお好きではない。私たちの明日の為に頑張ろう。ね?」

「は、はひぃ!行って参ります!」


ガシャと鎧が一瞬なり、ガシャガシャと連続した音が鳴る。おそらく、敬礼のようなものをしたのち、この家から出て行ったのだろう。どんどん音が遠ざかっていく。

少し、そのことに安堵するが、最後に入ってきた人は出て行く気配がない。むしろこちらに近づいてくる音がする。

どうするのと抗議をする前に、後ろから引っ張り上げられるようにひょいっと体が持ち上がりストンと地面に足を着かされる。

くるりと軽く回転をさせられると、また違った美男がそこにいた。

やや暗めの赤い髪。赤い長いまつげに縁取られた優しげな光をたたえた水色の瞳。

鍛えているのだろう服の上からでも分かる体躯は、白い軍服に包まれていた。

(見た目、王子様!)


「君のようなかわいらしい人にそんなに見つめられると、照れるね。」


そう、言いにこりと笑う顔がまぶしい。

見た目もそうだが、さらりと嫌みなく人を褒めるあたり、この人は絶対モテるだろうなと思った。

目の前に現れた王子様の様なひとに思わず見惚れていると、さっきまで私を抱えていた男が深いため息をつき、立ち上がった。


「やぁ、ルドウェル。やっぱりそこに居たんだね。」

「・・・。」

「そんなに嫌そうにしないでよ。君をあの城から逃がしたのは僕だよ?少しは感謝してほしいかな。」

「・・・なんで、分かった?」

「僕がこんなに可愛い女性を見逃すはずないじゃないか。」

「冗談はいい。透明になるよう魔法を掛けていたはずだ。なのにお前は迷わず近寄り、それを抱え上げた。」

「・・・少し言いにくいけど、失敗してたみたいだよ。魔法。彼女は透けていただけだ。まぁ、透けてたとしても並大抵の人じゃ見抜けないほどだったけどね。完璧ではなかった。」


その言葉を聞き、ルドウェルと呼ばれた男は不愉快そうに顔を歪めた。

大層、機嫌が悪そうである。

・・・おそらくではあるが、その魔法の失敗とやらには私の体質が関わっていると思う。

そう伝えようにも、未だに口が開かないままだから、話せない。


くいっとルドウェルの服を引っ張り、男が不機嫌そうにこちらを見やった時に自分の唇を指さし魔法を解いてくれと訴える。

その様子を見ていた、赤毛の男が何かを誤解したのか「ふーん。ルドウェルちゃっかりいい人見つけたの?」などと言っている。それに対しルドウェルは面倒くさそうに、心底嫌そうに男にしっしっと手を振り、こちらに向き直る。

くいっと顎を掬い上げられ、綺麗な親指が唇を撫でる。突然の予想外の行動に、自覚できるほど顔が赤くなった。


「話してみろ。」

「え?・・・あ!やっと話せる!」


ようやく話せ、思わず喜ぶ。話せないというのがあんなに不便で、嫌なものだったなんて!と思いながらひたすら喜ぶ。


「よっぽど話せないのが苦だったみたいだね。」

「・・・。」


綺麗な男どもがやや哀れむような目で見てくるが気にしない。うれしいものは嬉しいのだから仕方ないじゃないか。


「さて、早めにここから出た方が良さそうだね。他の場所で見当たらない以上、証拠が残っているここに、騎士達は戻ってくるだろうから。」

「無駄にここに足止めをした奴がなにを。」

「いやいや、だって、君が人を、しかも女の子を抱えていたんだよ!?僕にとっては史上最大と言って良いほどの驚きだったよ!」

「・・・。」

「二人とも同じような目で僕を見るのやめてくれるかな?」

「いえ、あの最初と大分印象が違うなと。」

「そう?よく言われるよ。・・・まぁ、積もる話はたっくさんあるんだけど、早くした方が良いのは事実だ。女王はなにが何でもルドウェル、君を捕らえるだろう。自分の娘の願いを叶える為だけに。」

「・・・。」

「私としても、君が再び彼女たちの手に堕ちてしまうのは避けたい所だ。」

「・・・なんで、助けるんだ?」


ルドウェルは再び理解できないと言うように、苦しそうに「なんで」と問うた。その後には、俺の事なんて放っておいてくれとでもつきそうな・・・。

それを聞いて、赤毛の男は笑った。


「君が好きだからだよ!」


ぞわわっと何かが這い上がる気がした。

屈託なく、さも当然のようにそう言ってのける男。いや、変な意味が込められていないことは声音や態度から分かる。好きというのにも種類があることにも。

でも、でも、何だろうこう、もうちょっと他の言い方も出来たんじゃないだろうか・・・。

ルドウェルも同じように感じたのだろう。言われた本人としては、私よりも衝撃が大きかったようで思わず後ずさっている。


「いや、まって、すっごい誤解を与えている気がするんだけど。」

「与えまくってますね。多分。」

「気持ち悪いから、視界から消えてくれ。」

「いやいや、二人してひどいなぁ。これでも真剣に・・・って、遠くなるのやめよう?」

「ちょっと寒気してきたので服着替えてきますね。」

「え、あ、うん。どうぞ?」


そういえばと、服の前を破かれていたのを思い出し、これを機にそそくさとその場を後にする。なんだか変な空気になってしまったあの場に留まりたくなかった。うん。

王子様だと思った人はなんだか変な人だった。多分残念なイケメンの部類に入りそうだな。



さっと着替え戻る。二人は先ほどの雰囲気と打って変わり真面目に静かに何かを話していた。

ふざけていなければ絵になる二人なんだけどな。そんなことを思いながら、近寄る。


「あぁ、着替え終わったんだね、可愛い人。」


にこりと笑いさらりと呼吸をするかのように自然に褒めてくる、男の人に苦笑をする。


「お世辞をありがとうございます。」

「お世辞なんかじゃないさ!その光に透かしたらキラキラと光って見える不思議なブラウンの柔らかそうな髪も、理知的な光が宿りながらも優しい琥珀色の瞳!可愛いよ!」

「あ、ありがとうございます。」

「ルドウェルもそう思わない?」

「・・・はぁ。」

「はぁって、ひどいんじゃない?まぁ君がそういうのに興味ないのは知っているけどさ。・・・それで、君たち行く当てはあるの?」


(君たち・・・?)


「あの、君たちって、まるで私も逃げるみたいな感じになってるんですけど。」

「うん。そうだよ。君も逃げるんだよ。」

「え。いや、この家私の家だし、一体どこに逃げるって言うんですか?」

「考えてみてよ。さっき痛めつけてでもって言っていた連中がここに戻ってきてこの家の家主である君を見つけたとしよう。果たして無事で居られると思う?」

「・・・そう言われると・・・。」

「でしょ?この村に君を命がけで匿って隠してくれるって人がいるなら別だけど。」

「・・・残念ながら。」

「酷なことを言ってごめんね。」

「いえ・・・。」

「さて、ここで提案だ。」


男はパンッと両手を合わせる。


「僕は今訳あって、キーネアに身を寄せている。良かったら君たちも来ない?」

「キーネア・・・。」


ルドウェルは、そう呟く。なにか思うところがあるらしく、珍しく険しい顔ではなく、複雑そうな、なんと形容して良いか分からない表情をしていた。


「そう。キーネア。ただ残念なことに、君たちと一緒に行動することは出来ない。今僕は目立つべきではないんだ。」

「・・・お前、何を企んでいる?」

「それは話せない。」

「・・・。」


ルドウェルは重く息を吐く。

この人、ため息ばかりだなと、ルドウェルを見ながらリリアは思った。


「正直、お前を信じる気にはなれない。」

「まぁ、そうだろうね。君にとっては僕も嫌いな王室の人間だし。」

「・・・。」

「気が向いたらでいいんだ。なんていうけど、君は、いや君たちはきっとキーネアへ足を運ぶことになるよ。」


楽しそうに笑う彼は予言めいた事を言う。


「・・・そろそろ、人払いの魔法も限界だなぁ。」

「え?」

「あまり長く使いすぎても逆に不自然だからね。ちょうど良いが一番だよ。特にこういうときに使うなら。」


にこりと私に笑いかけたあと、彼は、ルドウェルをみた。


「君なら自由を手に入れられるさ。」

「・・・。」

「それじゃ、人払いの魔法を解くよ。」


彼が何かを呟くとパチンと何かがはじける音がした。

おそらく魔法が解けたのだろう。


「じゃあ、僕は行くよ。また会える日を楽しみにしてるよ。」


そういい、彼は扉から出て行った。


私たちもこの家から逃げなければならない。まさかこんな形でこの村を出ることをここに来たばかりの私は予想できただろうか?

(無理ね。・・・とりあえず、裏からでよう。)

ルドウェルはどうするのだろうか。気になって、彼の姿を探すがすでにない。


「えっ、嘘。一言声ぐらい掛けてくれても・・・なんてそんな義理もないか・・・。」


(って、いやいや、義理あるくない?私倒れたあいつを助けたよ!?なんか服も破かれたし!?)


考えると、ふつふつと腹が立ってくる。無意識のうちに手に魔力が籠もり、そのままバンっと家の壁を殴る。見事にヘコんでしまったが、構わない。もう戻ることはないと思うから。


「次あったら絶対殴る。」


そう吐き捨て寝室へ向かう。そして窓を開けると、ひらりと外へ飛び出た。






家をでてしばらく行ったところで騎士に見つかり絶賛追いかけっこ中である。

(失敗した!私の顔なんて見られてないんだから、知らぬ存ぜぬで通せば良かった!)

本当に焦ったときの適応力皆無である。

師匠にも何度も怒られたな。と涙目になりながらとにかく逃げる。

だがその逃避行も長くは続かなかった。ひゅんと鋭い音が聞こえたかと思うと右足が熱く燃え上がったかのようになり少し遅れて痛みが走り、もつれ地面に転がってしまう。

痛みに悶えるが、すぐに自分の状況を思い出し立ち上がろうとする。しかし、痛すぎて起き上がることはかなわなかった。

それでもなんとか逃げようと、地面を這いずるように行くが、行く手に白く輝く剣が突き刺さり、ひっと短い悲鳴を上げる。自分に重なるような影に嫌な予感がし、恐る恐る振り返る。

そこには下卑た笑いを浮かべた騎士が覆い被さるようにこちらを見ていた。


「つーかまえたぁ。」


ぞわぞわっと全身に鳥肌が立つのがわかった。

(・・・どうしてこうも、嫌な事って重なるの。)


無意識のうちに助けを求めようと、周りを見るが、騎士数人に囲まれており、その間から遠巻きにこちらを見つめる村人の姿。淡い期待を込めてそちらを見るが見事に逸らされる。

助けてくれそうな人など居なかった。


「ひどいことはしないよ。だからちょっとお話しようか。」

「・・・やめて。話すことなんてなにもない・・・。」

「怖がらなくて良いんだよ。ほら、足の治療をしよう。」

「やだ、触らないで!」


ドンッと足の傷にふれようとする騎士を押す。

すると、騎士は顔を歪め、食い込むほど強く肩を掴んでまくし立ててくる。


「優しくしている内に言うこと聞けよこの下民が!!俺の言うことが聞けねぇって言うのかよ!あーあ、こんなことならはじめっからこうしときゃ良かった。」


男は拳を振り上げ、ひと思いに振り下ろした。

来る衝撃を想像し、ぎゅっと目を閉じる。しかし、待てども何も起きなかった。

ゆっくりと目を開けると、殴ろうとしている男はどこかを向いている。気がつかなかったがいつの間にか周りに立っていたはずの騎士達は倒れていた。

目の前の男は呆然と周りの様子を見ている。


(なんだかよく分からないけど、チャンス!)


身体強化の魔法を発動させ、拳に魔力を集中させる。そして、上半身を思いっきりひねり、勢いよく男を殴った。

男の体は吹っ飛び、べしょっと勢いよく地面に落ちた。切れる息を無理矢理整えながら、足に刺さった矢をひと思いに抜く。あまりの痛みに意識が飛びかけるがなんとか耐え騎士が地面に突き刺したままであった、剣を支えに立ち上がろうとするが、よろける。

がしりと腕をつかまれ思わず振り払おうとして、気づく。

緑の目は静かにこちらを見ていた。


その腕を支えになんとか立つ。


「ありがとう。」


そういうと、フンと鼻をならし不機嫌そうにこちらとは違う方を見た。

その視線を辿ると、辛うじて意識のある騎士と、遠巻きに今の出来事を見ていた村人達。

誰もが青白い顔をし、怯えた表情でこちらを見ていた。

リリアは首を傾げるが、すぐに、魔法を使ったことかと思い至った。この村で魔法を使うものは居ない。人は自分が持ち得ない力、想像し得ない事が目の前で起こると恐怖心を抱く。

おそらくそうなのだろう。

(ますます、ここには帰れなくなっちゃった。)


はぁっと息を吐き、隣に立つ男を見上げる。

男はこちらの視線に気づくと離れようとするが、逆に引っ張り「行こう。」と伝える。彼は不可解な物を見るような目でこちらを見つめるが、その瞳を促すように見つめ返すと。

諦めたのか一緒に歩き始める。



すると、後ろから「り、リリア!!」と震えた声で呼ばれる。

振り返ると、村人の中の一人・・・朝よく話していた女性の内の一人が震える手で口元を覆いながらこちらを見ていた。何かを言おうとしているが、上手く言葉が見つからないのか、視線をしきりに彷徨わせている。はっきり言ってかなり挙動不審だ。

意図を掴めず、対応に困ってしまう。しかし、長居は出来ない。隣の男・・・ルドウェルは女王に追われているらしい。そして、追われている男と一緒に居る姿を騎士にも見られてしまった。ますます、私の安全は保障されなくなるだろう。

私は、にこりと笑い、いままでお世話になりましたという意味を込めてお辞儀をした。

そして、村から背を向けて男と一緒に歩き始める。『魔の森』へ向かって。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る