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ピチチチと小鳥が囀る。窓から差す柔らかでいてまぶしく感じる光から逃れるように寝返りを打った後、目をこすりながらゆっくりと目を開いた。
見慣れたシンプルに必要な物だけをおいた自分の部屋。軽く伸びをした後、ゆっくりと体を起こす。
「今日もよく寝た。それにいい天気!」
今日も生きて目が覚めたことに心の中で感謝しながら少女は簡素なベッドから降りた。
*
少女の朝は水汲みから始まる。
村に唯一ある井戸から水を汲むため古ぼけてはいるが丈夫な木製のバケツを持ち、足取り軽く家を出る。たとえ短い間であっても鍵をかけるのを忘れない。戸締まりはひとり暮らしの基本である。
朝のまぶしいような心地良いような日差し、さらりと髪をさらう優しい風、その風に乗って鼻を擽る近くの家の朝食の匂い。穏やかな日常に自然と口角があがり、いい気分で井戸を目指した。
「あら、リリアおはよう。」
「おはようございます。今日もいい天気ですね!」
井戸の近くで集まり話していた女性達の一人に話しかけられる。彼女たちも、朝早くから水を汲みに来てそのついでにいつもいろんな話をしていた。そういろいろ、本当にいろいろな話。噂話から実際に起こった出来事、彼女たちは毎日ここに集まり話に花を咲かせていた。リリアはここに留まりすぎるとよろしくないのを経験からよくわかっていた。だから、簡単に挨拶をした後水を汲むと怪しまれない程度にその場から早めに立ち去る。残れば残るほど別に興味もない話を聞かされ、根掘り葉掘りと近況を話さねばならなくなってしまう。いい人達ではあるのだが、捕まってしまうと些か面倒くさい。あと年頃というのもあり、よくいわゆるお見合い話も持ち掛けられるのだ。一つのところにあまり留まる質でもなく、気ままに旅をするのが好きなリリアにとって、結婚というのは自由を奪われてしまうという認識がとても強かった。だからリリアにとっては必要のないものだった。予定ではあるがこの村もあと2~3年の内には出るつもりだ。
早めに退散したのが幸いしたのか、必要以上に絡まれなかったことにほっとし家へ帰る。
家に着くと、バケツに汲んだ水を瓶に移しさらにそこから少しだけ違う容器に移しかえた水で顔を洗う。タオルで濡れた顔を拭いた後、朝食作りに取りかかった。今日は買い出し前というのもあり、あまり家に食材がないためお肉と野菜を挟んだサンドイッチに牛乳というあまりにも簡素な物となってしまった。食べ終わると使った食器類を洗い片付ける。家の窓という窓を開けた後掃除を始め、それが一段落したところで、食料品や日用品の足りない物を確認し、買い物に行くために戸締まりをする。
買い物はこの小さな村では必要最低限の食料しか買えない。それ以上を望むなら隣町に行かなければならなかった。時間にして徒歩で往復2時間ほど。馬車が使えれば早く着くが、小さな村であるため、まずそのような物もなく、貴族でもお金持ちでもないため個人としての所有も難しいリリアはもちろん徒歩である。
でも、道はそれなりに整備されているため徒歩であってもそこまで苦痛にはならなかった。むしろ歩くことは好きであり、慣れっこである彼女にとっては片道1時間程度朝飯前だ。
この小さな村の近くには『魔の森』という人々から恐れられている森がある。その森は一度入ったら最期、さまよい続け出てくることはできないという森である。この村のひと曰く、実際に出て来られないかは謎であるが、昼間であっても薄暗く、『呪われた地』に隣接しているためか魔物の目撃情報もあると言われている。そのため、村の周りには頑丈といえるのかはわからないが柵があり、また森の様子を見るための高台がある。そして夜は魔物が光を嫌うと言われているため常に火を絶やさない様にされていた。魔の森と反対側にある唯一の入り口からでた彼女は軽い足取りで隣町へ続く道を歩き始めた。
*
小1時間ほど歩いてついた自身が住んでいる村よりも大きい町は、市場があり王都ほどではないものの物が揃っている。そのためここに居を構えている人も多いのだが・・・。
(なんだか活気がいつもよりないな・・・。)
見渡すが以前来たときに比べ人数少なく、歩いている人達の表情は暗い。常であれば活気に満ちあふれた市場もどことなく静かだ。露店の数が減っている気がする。
(一体どうしたのだろう。)
そう思いながら歩いているとこの状況の原因ともとれる話しをしている人達がいた。
あまり悟られないように自然に近づき、はしたないとは思うが聞き耳を立てる。
「今年もまた税があがるってよ・・・、勘弁してほしいよなぁ。」
「そうか・・・来る年来る年税は上がり、作物もここのところうまく育ちゃしない・・・。」
「それに最近、魔物の目撃情報が増えているんだとよ。」
「げぇ。それは本当か?その魔物はちゃんと冒険者が討伐してんだろうな?」
「そんなの俺に聞くなよ。だがよぉ、こういう状況だろ?依頼しても報酬が見合わないつってんで、冒険者もこの国をあまり訪れないってどっかで聞いたぜ。」
「はぁ・・・。税は上がり、安全は保障されず、食い物も年々減っていく・・・。」
「国を出ようにも関所で多額の金をはらわにゃなんねぇし。」
話している人達はひどく暗い顔をしたままため息をついていた。
(なるほどねぇ。)
もとより他の国に比べこの国は豊かな方ではない。
この王国の3分の1は何も育たない、魔物が闊歩するだけの『呪われた地』。この地に隣接している国はほかにもあるのだが、ここまでひどい状況の国もなかなかない。それはひとえにきちんと対処しているか、していないかの違いだろう。
この国に実際に住んで、その土地に住まう人達の暮らし等を見ているに現在の王は賢王とは言いがたく、むしろその逆であった。貧困に対し何か政策をするでもなく、税を上げるだけ上げ、王族貴族は贅の限りを尽くしていると聞く。魔物に対する対処も冒険者任せであり、国を挙げての政策はしていないようである。王都は頑丈な城壁に囲まれてはいるが、実際に多く被害が出ている王都から離れたこのような町、村は無防備な状態で放置されていると言っても過言ではなかった。今は魔物もおとなしい時期なのか被害はあまり聞かず目撃情報のみで終わってはいるが、聞くところによると魔物が多くなり、人を襲撃することが多くなる時期があるという。それは数十年単位でやってくるらしい。そのたびに町や村は壊滅的な被害を受け、そこからの復興を繰り返す故になかなか発展するわけもなく、魔物の血肉がそうさせているかはわからないが、魔物被害を受けた場所は時を経るごとに土地が痩せているようだ。
(魔の森に興味があったから住んでみたけれど・・・そろそろ潮時なのかもしれないわ。)
*
活気があった時期よりも少ないながらも、いろいろあるお店を覗きながら過ごし必要な物を買った時にはすでに日は傾きかけていた。
(思ったより長居しちゃったなぁ。早く帰らないと!)
そんなことを思いながら、帰路を急ぐ。
日のあるうちならばある程度の安全は確保されている。しかし、夜になれば別である。夜は魔物の活動時間だからだ。念のための自衛手段は持ってはいるが、用心に超したことはないし、強い魔物と遭遇してしまえば、自分では歯が立たない。そう分かっているからなるべく早く家に着くようにと少し買いすぎてしまった荷物を背負い、村への道を歩いた。
急いだおかげで、夕方ではあるものの日のあるうちに村に着くことができた。
後は家に帰るだけであった。今日買った食材で何を作ろうかと考えながら、家に続く道を歩く。自宅が見えてきたあたりで、家を出たときと何かが違うと感じた。
近づくことでその違和感の正体が目の当たりになる。
「え・・・。」
思わず声がでた。
家の前になにか大きな物体が置いてある。所々赤色に彩られたそれは、近づけば近づくほど、人に見えて・・・・。
「っ・・・!」
急いで駆け寄り、声をかける。
だがその人が返事をすることはなかった。うつ伏せであったため、ゆっくりと上を向けると倒れていた人は苦痛に表情を歪めうめいた。うっすらと開いた焦点の合っていない目でこちらを見ると掠れた声でつぶやく。
「・・・ろせ・・・・ころせばいい。」
「・・・え?」
そうつぶやくと皮肉げに笑い、そのままその人は気を失った。
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