第60話 ぶき ぼうぐ は そうびしないと いみないぞ

 ◆◇◆◇◆  エヴノス side  ◆◇◆◇◆



 なんなんだ、あいつらは!


 まずダイチは何を考えている?

 あの女は我を殺そうとしたんだぞ。

 極刑だってありえたはずだ。

 どんな目的があって、育成をしているのだ?

 危なく死にかけたんだぞ。


 ローデシアもローデシアだ。

 主君が死にかけたのだぞ。

 なのに、無罪にするなど。

 我とダイチ、どちらが重要だと思っているのだ!


「もう我慢ならん!!」


 我は激昂した。


 今周りに部下の姿はない。

 暗黒大陸の絶壁と広い海原だけである。


 闘技会は一時休憩となった。

 この後、2VS2のタッグ戦が行われる予定になっている。

 次も精鋭だが、一抹の不安がないといえば嘘になる。


 我は1人になったのを見計らい、使い魔を用いて次の出場者を呼びだした。


「「お呼びでしょうか、魔王様」」


 見事に声を合わせたのは、ゴーレム騎士族のアケイとエケイだった。

 単体の力は団長ゴーズに劣るものの、【双子】というジョブを持つ彼らは二位一体となった時に発揮される。

 何より彼らは長い間、魔王城の入口を守ってきた。

 敵を退けた実績は、おそらく魔族の中でも突出しているだろう。


「次の戦いだが……。我が言うまでもないな」

「「はっ……。必ず魔王様に勝利を捧げます」」

「よろしい。では、これは我の餞別だ」



 【悪名エヴィル・ネイムド



 アケイ、エケイの声なき悲鳴が上がる。

 エヴノスから放たれた禍々しい闇は、2体の巨躯を蔓のように蝕んでいった。

 流れ込んでくる力に抗えず、ついにアケイとエケイは地面に伏す。

 意識を失ったのかと思ったが、違う。

 指先から小さく黒い炎が湧き出てきたかと思うと、全身へと行き渡った。


 やがてアケイ、エケイの巨体はゆっくりと起き上がる。


「気分はどうだ?」

「「最高です、魔王様!」


 ゴーレム騎士の瞳は、赤黒く光るのだった。



 ◆◇◆◇◆  ダイチ side  ◆◇◆◇◆



 エヴノスのヤツ、なんかやったな。


 戻ってきたアケイとエケイの様子はすっかり変わり果てていた。

 普段は気の良い兄弟なのだが、今は目尻を釣り上げ、常に不敵な笑みを浮かべている。

 おそらくブラムゴンに与えた力だろう。


 どうやら本気で勝ちたいらしい。


 エヴノスは負けず嫌いだ。

 さっきもステノに後れを取っていたし。

 魔王としての矜恃が、このまま終わるのを許せなかったのだろう。


 こっちはルナとチッタのコンビだ。

 アケイとエケイ並みに息の合った聖女と守護獣コンビである。

 俺としては安心して見てられる。

 けれど、エヴノスの力はいまだ未知数だ。

 ルナとチッタが余計な怪我を負わないためにも、保険はかけておいた方がいいだろう。


「ま――。もう保険はかけているんだけどね」

「何か言ったか、ダイチ?」


 エヴノスが席に戻ってくると、俺に声をかけた。


「いや……。単なる独り言だよ」

「ふん。……それにしても、お前の代表者は遅いのではないか?」


 実は、まだルナとチッタは武闘台に姿を現していなかった。

 おそらく用意に少し時間がかかっているのだろう。


「まだ開始時間でもないだろう。それに……エヴノス、前に話した俺の世界の剣豪のことを覚えているか?」

「ミヤモトムサシというヤツか……」

「そうだ。その剣豪は、ライバル佐々木小次郎の集中を欠くために、わざと遅れて勝負の場に現れたんだぜ」

「心理戦か。かまわんよ、我らの勝利は揺るがぬからな」

「お前が与えた力があるからか」

「ほう。ブラムゴンから聞いたのか」

「まあな。教えろよ。めっちゃ気になるから」


 目を輝かせた。


 俺が知らないエヴノスの能力だ。

 元育成者としては、大変気になる。


「相変わらずだな。我を咎めぬのか?」

「別にドーピングしてはいけないなんて、規約はないからな。そもそも規約がないし。ローデシアも許してくれるだろう」

「ふ、ふん。余裕だな、ダイチ」

「そっくりお前に返すよ。お、出てきたぞ」


 ルナ&チッタが遅れて、武闘台の上にやってきた。

 だが、その手に武器はない。

 実はルナの武器の開発は、ちょっと遅れていた。

 何本か試したのだが、ルナの攻撃に耐えられる良い武器がなかなか見つからなかったからだ。


 まずいな……。


 俺が爪を噛む横で、エヴノスは笑う。


「くはははははは! 飛んだミヤモトムサシがいるものだな。まさか素手で、ゴーレム騎士とやり合うつもりか?」


 悔しいがエヴノスの言う通りだ。

 いくらルナの身体能力が高いといっても、素手で硬いゴーレム騎士に勝つのは、指南の業だ。

 勝ったとしても、ルナの身体がボロボロになる。

 もしかしたら、2度と戦えない可能性だってあるだろう。


「ダイチ様、よろしければ魔族の方から武器を貸し出しましょうか?」

「やめろ、ローデシア。敵に塩を送るのか?」

「エヴノス様、彼女は敵ではありませんよ。大魔王様の領民です」

「我が認めたわけではないぞ」

「エヴノス様……」

「さしでがましいぞ、ローデシア」


 ぴしゃりとエヴノスは釘を刺す。

 さすがのローデシアも、そこまで言われても二の句を告げることは難しかった。


「すみません、ダイチ様」

「いいよ。大丈夫だ、ローデシア。どうやら間に合ったようだ」

「え?」



 えっさ……。ほいさ……。えっさ……。ほいさ……。えっさ……。ほいさ……。



 闘技場の通用口の方から声が聞こえる。

 現れたのは、数名のドワーフたちだった。

 その中には、鍛冶師チンさんも含まれている。

 そして、そのドワーフたちが数人がかりで運んでいたのは、1本の武器だった。


「げっ!」


 思わず俺は声を上げる。

 ルナが選んだ武器を、俺はまだ聞いていない。

 チンさんも、ルナも教えてくれなかったのだが……。


 まさかそれを選ぶなんて。


 チンさんたちは、ルナの前にやってくる。

 その武器を一旦地面に下ろすと、ドンと空気が震えた。

 魔法鉱石ミスリル製の武闘台が、凹んだのではと思うぐらい音がこだまする。


 俺同様、周りはしんと静まり返り、武闘台の上に置かれた武器に視線を向けていた。  対戦者であるアケイ&エケイも、固唾を呑んでいる。

 それほど、インパクトがあったのだ。


 静寂に包まれた闘技場で、チンの声だけが響く。


「お待たせアル。ルナちゃんのご要望通りの武器をこしらえたアルよ」

「ありがとうございます、チンさん」

「強度は試作品のものから1.5倍増しにしたアルよ。これで、ルナちゃんが全力で叩いても、壊れることもないアル」

「それは楽しみです」


 ルナはそれをヽヽヽ握る。

 ドワーフ数人がかりで、やっという程の超重量武器を軽々と持ち上げた。


 それはバットだった。

 魔法鉱石ミスリルで作られた、黒光りしたバットだ。

 それもただのバットじゃない。


「あと、イガイガをヽヽヽヽヽ付けると、強度が落ちることわかったから、付けなかったアルよ。でも見た目が弱そうだったから、ミスリル釘の先端だけ溶かして、くっつけておいたネ。これで攻撃力高くなったアル」


 なんで、そんなことしたのチンさん!


 突っ込まざる得なかった。

 だって、ルナが握っているのは、ただのバットじゃない。

 魔法鉱石ミスリル製の釘がくっついた――そうつまり…………。



 釘バットだったのだ……。


 およそ聖女のジョブを持つ少女が持つものじゃない。

 けれど、心配だな。

 あんな超重武器を、ルナは振り回すことができるのだろうか。



 ぶぅううぅうぅんんんん!!



 その時だった。

 巨大な風が巻き起こる。

 突風が俺の髪を逆立てた。

 発生源は武闘台の真ん中だ。

 凄まじい突風に、観衆も驚き、悲鳴を上げている。


 俺は目を保護しながら、武闘台の真ん中をよく見た。


 ルナが釘バットを振り回している。

 野球のネクストサークルで出番を待つ、助っ人外国人みたいにフルスイングしていた。


 めっちゃ軽々と振っている。

 まるで爪楊枝でも振り回しているのかと思うぐらい、軽々とだ。


 俺は席から身を乗り出しながら、その光景に見入る。

 すると、ルナがこちらに気付いた。

 素振りをやめ、ゴンと音を立てて、1度釘バットを下ろした。


「ダイチ様、どうされました?」

「る、ルナ……。重くないのか?」

「え? 特には……。良い感じです。チンさん、ドワーフの皆さんありがとうございます」


 ルナはペコリと頭を下げる。


 チンさんはドヤ顔を決め、俺はすとんと再び席に着いた。


 まずいなあ……。


 アケイ&エケイ、死ぬかも……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


敵の方の命を心配しなければならないとは……。


面白い、殴り聖女完成、と思った方は、

作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る