第59話 まおうは いかっている。しかし、なにも おこらなかった

お待たせしました。


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 ◆◇◆◇◆  エヴノス side  ◆◇◆◇◆



 どういうことだ、これは。

 ゴーレム騎士が、1発。

 一撃(正確には3打だが)とはどういうことだ!?


 魔族が戦ったのならわかる。

 魔竜種などの上位種が戦ったのなら、このような結果もあるだろう。

 だが、相手は獣人だぞ。

 魔族よりもさらに劣る劣等種に何を後れを取っているのだ。


 我は椅子を蹴った。


「ゴーズ! 貴様、何をやってる。たるんでいるのではないか!!」


 我は再生しつつあるゴーズを叱責した。

 核を傷つけられていなかったため、その再生は早い。

 すでに顔が元通りになっていたゴーズは、すまなさそうに頭を垂れた。


 熱狂的な歓声が上がっていた場が、しんと静まり返る。

 妙な空気が流れた。

 その静寂は、まるで我に対する無言の抗議のようであった。


「エヴノス、落ち着けよ」


 声をかけたのは、ダイチだ。

 椅子に座り、腕を組んだまま即席の闘技場の方を見つめている。

 その余裕っぷりが、さらに我を激昂させた。


「落ち着けだと!? これが落ち着いてられるか? ゴーレム騎士は我の近衛だ。その団長がやられたんだぞ!! あのこむ――――えっと…………」

「彼女の名前はミャアだ。あと、今日のお前なんか変だぞ? いつもクールな魔王様はどこへ行ったんだよ」

「わ、我だって怒る時はある」

「なら、冷静になれ。ミャアもゴーズも全力で戦った。今、目の前にある結果だ。それにゴーズは弱いわけじゃない。お前の近衛として十分能力があると俺は思う。ただ今回の戦いに関しては、選択を誤っただけだ」

「選択だと……」


 我は眉を顰めた。

 ダイチは淡々と今回の勝負について語り始める。


「実は勝負は1手目からついていた」

「1手目からだと……」

「ゴーズは最初使用するスキルに【瞑想】を選択した。これが間違いなんだよ」

「どういうことですか、ダイチ様」


 ダイチの横に座るローデシアも気になったらしい。

 ひょっこりと顔を出して、ダイチに質問した。


「俺はゴーズが1手目で【鉄壁】を使うと思っていた。【鉄壁】は防御力を4倍にするスキルだ。これを使われれば、いくらミャアの攻撃でもゴーズを貫通するのは難しい」

「確かに……」


 ローデシアはうんうんと頷く。


「だが、ゴーズが使ったのは【瞑想】だ。これは防御力を上げることができるが、2倍しか上げることはできない。加えて、その場合において【鉄壁】を使うには【瞑想】を一旦キャンセルしなければならない」

「では、ゴーズが【鉄壁】を使い、【瞑想】を使っていたら……」


 我が尋ねると、ダイチは肩を竦めた。


「結果はわからないな。ミャアにも【亀甲羅割り】があるからな。上がった防御力を下げることができれば、それでもミャアには勝機はあった。ただ一撃で済むことはなかっただろう」

「すごい! さすがの慧眼です、ダイチ様」


 ローデシアは目を輝かせる。

 称賛されるダイチを見て、我は奥歯を噛んだ。


「結局、ゴーズが油断していたというだけではないか!」

「違うぞ、エヴノス」

「何?」

「ゴーズは慣れていないだけだ」

「慣れていない?」


 我はまた眉を顰めた。


「ゴーズはお前の近衛で団長だ。いつもお前に従い、お前を守ってきた。だが、今回の戦いは違う。お前を背にして戦うわけじゃない。だから戸惑った。本来ならゴーズは真っ先に【鉄壁】を使うだろう。エヴノス、お前を守るたヽヽヽヽヽヽめにだヽヽヽ。でも、今回は違った。そこでゴーズは迷ってしまったんだ」

「な、何が言いたい!?」

「ゴーズは生粋のお前の守護者ってことさ。お前を背にして戦えば、負けていたのはミャアの方だろうな」



「ふざけるな!!」



 我は激昂した。

 再び会場はしんと静まり返る。


「何をカリカリしてるんだよ、エヴノス。そもそもお前が、俺を暗黒大陸に残しておくのを心配して、力比べを提案したんだろ。ゴーレム騎士を倒せる人材が、俺の側にいるってわかって、安心できたんじゃないか?」

「うるさい、ダイチ。そのよく回る口を縫い付けてやろ――――」



 そんなことはさせない……。



 しーんとした会場が、緊張感に包まれる。

 その明確な殺気を浴びて、我は固まった。

 側にいるダイチとローデシアも驚き、目を見開き固まっている。

 息をするのが困難な張り詰めた空気の中で、我はかろうじて眼球だけを動かした。


 少女だ。

 我の背後に、真っ黒な黒髪の人族が立っていた。

 手にナイフを持ち、我の首筋に宛がっている。


 ひやりと冷たい刃筋が、我の首を舐めた。


 その瞬間、我は悟る。




 こ、殺される……。




 我は異界の勇者を討ち払い、神界からこの世界を守った。

 何百という種の魔族を率い、その頂点に立つ王だ。

 説明するまでもない。


 だが、そんな我ですらたじろぐほど、濃厚な殺意に息をすることすら忘れた。


 そもそもこの少女、一体どこから沸いて出た?

 スキル【気配遮断】だと思うが、我ぐらい“耐久力”が上がれば、スキルによる気配消去など看破することができる。


 つまり、この少女には【気配遮断】のスキル以上に、気配を消す能力が備わっているということだ。


 類い稀な能力を使って、我に近づき、生殺与奪の権利を獲得した。

 恐ろしいことに、この少女は本当に魔王を殺せると思っているらしい。

 それがまた魔王にとって、恐ろしくさせた。


「ステノ……。さすがに、それはやり過ぎだ」

「でも、ダイチ様」

「エヴノスは俺の友人だ。親しいからこそ、口汚くなることもある。――だろ、エヴノス」

「え? あ……。そ、そそそうだな」

「さすがにエヴノスに手をかければ、ローデシアがすっごく怒る。俺の知人同士が戦うところは見たくないんだ。悪いけど、抑えてくれないか」


 ダイチが諫めると、ステノと呼ばれた少女から殺気が消えた。


 改めて見ると、普通の人族の女だ。

 夜の闇のような髪と目以外、どこにでもいるような矮小でひ弱な人族にしか見えぬ。

 だが、それが逆に我には異質に見えた。


「すまないな、エヴノス。村人の非礼を詫びる。ローデシアもすまない。騒がせてしまったな」

「いえ。今のはエヴノス様が悪いです」


 ローデシアはきっぱり言い放つ。


「ろ、ローデシア! お前、どっちの味方だ」

「私は法の番人です。エヴノス様に刃を向けたこともまた罪ですが、大魔王様に暴言を吐いたエヴノス様も悪い。喧嘩両成敗というところですね」


 どう考えても、我に刃を向ける方が悪いだろ!


 突っ込みたかったが、どう考えてもローデシアはダイチよりヽヽだ。

 下手に反論すれば、10倍になって帰ってくる。


 くそ! なんだ、こいつら……。


 我は魔王なんだぞ!!



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ステノ、惜しかったね(もう少しで英雄になれたかも)。


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