第55話 まおう すいさん

 ついに城壁が完成した。

 高さ10メートルの立派な壁が、村の周囲をぐるりと囲んでいる。

 こうして見ると、壮観な眺めだ。

 鎧を着た巨大な兵士が、村を守っているような頼もしさを感じる。


 短期間でできあがったのは、ひとえにドワーフたちの頑張りのおかげだろう。

 ただ1つ、自分の功績を誇るとするなら、みんなに名前をあげたことだ。

 それぞれの潜在能力ステータスを可視化し、レベルアップさせたことによって、作業効率は4倍にアップしたと、メーリンは喜んでいた。


 完成したら、まずはお祝いだ。

 ブラムゴンの屋敷に残っていたお酒を使って、ドワーフも含めて祝い酒を振る舞う。

 ドワーフたちの多くは、お酒が初めてだったけど、気に入ってくれたらしい。


 これでお酒は完全になくなった。

 俺が暗黒大陸の領主になって落ち着いたら、ドワーフと一緒に酒蔵を作るのも悪くない。

 洒落で『杜氏』っていうジョブを持つ人材が現れたりしないだろうか。

 お酒造りは知識としてあるけど、聞きかじった程度の俺が作れるはず。


 ただ魔族の中には、お酒を造ることができる魔族がいた。

 そういう人材を招聘しても面白い。


 飲み過ぎると毒だけど、お酒を嗜むことは決して悪くない。

 コミュニケーションツールとしても使えるし、いいお酒を作れば暗黒大陸の地酒として外貨獲得の手段にもなる。


 作ると言えば、他にも作りたいものがある。


 まず水車だ。

 本来なら風車よりも早く作るべきだったんだけど、水車を作らなかったのには訳がある。

 暗黒大陸は幸いにも水資源が豊富なのだが、逆に豊富すぎるのが問題になっている。

 どこの河川も水が溢れていて、流れが急だ。

 小さな支流でさえ、泳ぐことができない。


 この暴走は間違いなく水の精霊が封印されているためだろう。


 街の人は川の流れが大人しい時を見計らって、水を汲み、村の中央にある井戸に溜めて使っているのが現状だ。

 メタルムにかけて使ったりしているけど、水は結構貴重なのである。


 そういう状況では、水車を作ってもすぐに壊れてしまう。

 状況を改善するには、水の精霊の封印を解くしかない。

 水車を作れば、村の水事情の改善に繋がる。

 もっと楽に生活できるだろう。


 あと、作りたいのは窯だな。

 陶器を作成したいと常々思っていた。

 今、料理を盛るにしても、木製や木の葉だったりする。

 それを陶器に改善できれば、衛生面や保温能力、また食卓に彩りを付けることができる。


 窯はフレイアが解放されたことによって、作れるようにもなったし、こちらは落ち着いたらハカセやメーリンと相談しながら考えてみよう。


「パパぁぁぁ……。ママぁぁぁ……。どこアルか~~」


 お酒を片手に思索に耽っていると、子どもみたいな声が聞こえた。


 みたいなというのは、実際その人間――いや、ドワーフが子どもではなかったからだ。

 子どもなのは見た目と、泣きじゃくった顔だけだった。


「め、メーリン?」


 やや酒宴から離れて呑んでいた俺のところに、メーリンがフラフラとやってくる。

 ごしごしと目にたまった涙を払い、俺を視界に入れた。

 すぐさま、俺の方へと駆け出す。


「ダイチお兄ちゃ~~~~ん!」


 お兄ちゃんになった覚えはないんだけど!


 心の中で否定したが、メーリンは俺の意に反して腰にすがりつく。

 ぴえんぴえんとガチ泣きしていた。


「ど、どうしたんだ、メーリン?」

「パパとママがいないアルぅ」

「え? 族長はドワーフの城だろ?」


 そう言えばメーリンの母親っているのか?

 まあ、今は置いておこう。


 すると、メーリンは不安そうに辺りを見渡す。


「え? ここどこアルか? お城どこ行ったアル?」


 いつものメーリンはどこへ行ったの? って俺が言いたい!

 本当にどうしたんだろうか。

 まさか記憶喪失?

 いや、でも俺のことは覚えてるみたいだけど。


「ぴええぇぇぇぇええんんん! おうちへ帰りたいアルぅぅぅぅぅううう!」


 俺にすがりつき、叫ぶ。

 ふわりと鼻腔を衝いたのは、酒の匂いだった。


 メーリンのヤツ、完全に酔ってるな。

 酔って幼児退行してるんだ。

 背丈が小学生だから、違和感ないのが逆に怖いけど。


「よーしよし、メーリンちゃん。じゃあ、お城に帰ろうか」

「お兄ちゃんと?」

「うん! お兄ちゃんとだよ」

「知らない人に付いて行っちゃダメだって、パパとママが言ってたアルよ」


 さっきの「ダイチお兄ちゃん」はどこへいった!


「大丈夫。お兄ちゃんは、パパとママの知り合いだから」

「――っていう人はもっとも怪しいから気を付けなさいって、パパとママが」


 しっかりしてるな、お宅のお子さんは!!


「と、とりあえず俺のおうちへ行こうか?」

「あ。そういう人アルか。だったら3時間コースでお喋りは――――」


 やめろぉ!

 メーリンの両親はどういう教育してたんだよ!

 お金にがめつい以上に、人としてどうかしてるわ!

 あ、いや、ドワーフだったか。


 すったもんだの末、ルナとミセスに預けてきた。


 まさかメーリンが酔うと幼児退行するとは……。

 お酒って人を変えるのはわかるけど、この世界の住民のみんなは、ちょっと変わりすぎなんじゃなかろうか。



 ◆◇◆◇◆  エヴノス side  ◆◇◆◇◆



 ついに、この時がやってきた。

 我はドラゴンに跨がりながら、笑みを抑えられなかった。

 後ろを振り返る。

 そこにいたのは屈強なゴーレム騎士たちだ。


 魔族の中でも鉄壁の防御力を誇り、攻撃力も高い。

 脆弱な人間など、傷一つ付けられず、逆に一捻りであろう。


 無論、油断は禁物だ。

 相手はあのダイチである。

 何か策を弄してくるかもしれない。


 とはいえ、ヤツに与えた時間はたった1ヶ月だ。


 そんな短期間では何もできない。

 1ヶ月、部屋の角でブルブル震えていたに違いないだろう。


「くくく……」


 思わず声を出てしまう。


「上機嫌ですね、エヴノス様」


 声を掛けてきたのは、ローデシアだった。

 前回は褒賞式を滞りなく進めるためだったが、今回は試合の裁定役として、我に同行した。


 ローデシアがいると色々とややこしいので、出来れば魔王城で大人しくしていてほしいのだが、結局押しきられてしまった。

 魔族の王に対して、舌鋒を響かせ口論で勝つなど、部下としてあるまじき姿勢ではあるが、彼女の清廉な性格は魔族の中でも高い評価を得ている。

 それにしたって、君主を立てない部下もどうかと思うが……。


「試合楽しみですね。大魔王様の部下がどんなに強くなったか気になります」


 エヴノスはキラキラと目を輝かせる。

 そんな彼女に、我は鋭い視線をくれてやった。


「ダイチを讃えるのは悪くないが、少々ゴーレム騎士たちに失礼ではないか。普通に考えて、我らの勝利は――――」

「あ!? エヴノス様、前方を見て下さい!」


 聞け、魔王の話を!

 お前、自分は他人に人の話を聞くように促すけど、まずお前が人の話を聞けよ。


 憤然としつつ、我はローデシアの言うように前を向いた。

 すでに暗黒大陸は視野に入っている。

 ただその報告だけなのかと思ったが違う。

 前回来た時にはなかった、大きな構造物の影が見えた。


「城壁?」


 間違いない。城壁だ。

 我の背丈を軽く超えるような大きな城壁が、暗黒大陸にそびえていた。


「すごい!」

「もしや、ダイチか?」

「そうとしか考えられません! さすがダイチ様です。この短期間であんなに立派な城壁を建ててしまうなんて」


 馬鹿な!

 あれほどの城壁、魔族でも1年以上はかかるぞ。

 なのに、それを1ヶ月程度で作ったというのか……。


 ふふふ……。

 我が防衛能力の不安を訴えたため、城壁を作ったのか。

 浅はかなり!

 そんな突貫工事で作った城壁が、魔族に通じると思ってか。

 いいだろう。

 なら、試してやる。


「エヴノス様、何を?」

「試すのよ。あの壁が、我が親友を守れるに値するかどうかをな」


 我は手を掲げる。

 魔力を集めると、スキルを解き放った。



 【滅爆】!!



 ダイチ曰く、爆発系最強のスキル。

 加えて、我のスキルレベルは“5”だ。

 カンストした最強の爆発系スキルで、すべて吹っ飛んでしまえ!!


 直後、城壁に大きな爆発が上がった。


「エヴノス様!」


 ローデシアは悲鳴じみた声を上げる。

 やや咎めるような視線を送るが、我は笑みで返した。


「ふん。試したやったまでだ。暗黒大陸の防衛能力をな」


 くくく……。ざまーみろ、ダイチよ。

 お前が作った1ヶ月の努力の結晶を潰してやったぞ。

 あははははははははは!!


「え? あれ?」


 何か違和感に気付いたローデシアは、首を傾げる。

 モクモクと立ち上る煙を凝視していた。

 無駄だ、無駄だ。

 いくら目をこらしたところで、城壁は――――。


「なにぃぃぃぃいいいいい!?」


 空を優雅に舞い、爆心地を見つめていた我は声を上げる。

 【滅爆】は直撃したはずだ。

 なのに、その城壁には傷1つ付いていなかった。


 おかしい。なんで? どうして?


「さすが、エヴノス様ですね。お優しい」

「はっ? 何を言っているのだ、ローデシア」

「大魔王様のことを慮って、手加減をされたのですよね。さすがエヴノス様です」

「え? いや…………」


 手加減した?

 優しい?

 そんなことで褒められたくないわ!


 そもそも、今のは我の全力だぞ。

 一体、あの城壁は何で出来ているというのだ!?



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


次回、エヴノスがマヌケに見えるタイムです。


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