第54話 どん! どん! どーなつ!

サブタイから漂う飯テロ回。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 村の城壁が終盤を迎える頃、俺は密かに数人のドワーフとともにある建築物を作り上げた。


「おお!!」

「なにあれ~!」

「なんかかっけー」

「翼が4枚もあるよ~。飛ぶのかな?」


 集まってきた子どもたちも興味津々といった感じだ。


 村から少し離れた海沿い。

 年中、海から吹き上がってくる風を浴びながら、俺は顔を上げた。


「完成だ」


 見上げた先にあったのは、4枚羽の風車だった。


「よし。動かしてみようか」


 合図をする。

 箍を外すと風車はゆっくりと回り始めた。

 4枚の羽は、海からの風に突き動かされて、一定回数で回る。

 続いて聞こえてきたのが、ゴンゴンという音だ。

 中で挽き臼が周り始めたのだろう。


「まあ……」


 目を輝かせたのは、ミセスだった。

 人では回すことが難しい大きな石臼を風車は力強く回している。


「ありがとうございます。これでおいしいパンが作れますわ」


 ミセスは手を叩いて喜んだ。

 風の精霊ウィンドを復活させ、日差しが取り戻したことによって、俺がドワーフの城へと発つ前から、麦の栽培を始めていた。

 ドリーの【成長促進】のおかげで、その成長速度は早く、最近火の精霊フレイアが復活してからは、さらにその速度は加速した。

 このまま行くと、冬が本格化する前に収穫ができそうだ。


 今挽いているのは、試験用に収穫してきたものらしい。


 しかし、麦が1ヶ月そこらで収穫って、農家の人が見たら怒り出しそうな早さだ。

 まあ、ゲームだったら一瞬だったりするけどね。


「しかし、よく作ったな。俺も詳しい構造とか知らないのに、ハカセ」


 声をかけたのは、1人のドワーフだった。

 ドワーフの中では珍しく眼鏡をかけていて、身体ももやし体型だ。

 だが、俺がハカセと名付けたドワーフは、考える筋肉はよく発達しているらしい。



 名前   : ハカセ

 レベル  : 15/90

    力 : 68

   魔力 : 98

   体力 : 80

  素早さ : 59

  耐久力 : 76


 ジョブ  : 学者


 スキル  : 記憶LV1 建築知識LV4

        鑑定LV3 化学知識LV3

        軍略LV1



 俺が風車を作りたいと言い始め、大雑把な構造を説明すると、ハカセは一瞬にして図面を描き上げてしまったのだ。

 元々ハカセはドワーフの城や大砲の設計にも関わっていたらしい。

 脳筋が多いドワーフ族の突然変異という訳だ。


 学者は割とユニークなジョブで、本などから知識を取り込むことによって、スキルを得ることができる。

 その本はハカセが元から持っていたものだ。

 以前、メーリンに買ってもらったらしい。


「これぐらい朝飯前でアール」


 ハカセはキラリと眼鏡を光らせ、ドヤ顔を浮かべる。

 「アル」から「アール」って……。

 ちょっと気にくわないけど、うちの頭脳労働担当になりそうだな。


「風車を使って挽いた小麦粉を使って、早速パンを作ってみますね」

「待った、ミセス。もう一工夫を加えてみないか」

「はい?」


 ミセスは首を傾げる。


「お昼の後だし……。頭が使ったから、おやつ感覚で食べられるものがいいと思うんだ。だから――――」


 俺はあるお菓子を、ミセスに説明する。


「それは美味しそうですね」

「ふむ。それは我が輩も興味があるのでアール」

「食べたい!」

「わたしも!」

「ボクも!」


 ミセスだけじゃない。

 ハカセや、村の子どもたちも諸手を挙げて、俺にせがんだ。


 よし。なら早速、作ってみよう。

 みんな仲良くね。





 村に戻った俺たちは、早速挽いた小麦粉を作って、調理に入った。


 ミセスがバターを持ってきてくれる。

 村にはすでに乳牛がいて、絞りたての牛乳から作ったらしい。

 さすがはミセスだ。


「バターは良いのですが、お話を聞く限り、砂糖が必要とのこと。いかがいたしましょうか?」


 その通り。

 甘くて美味しいお菓子を作るために、砂糖は欠かせない。

 だが、まだ俺たちは原料となるサトウキビを作れていない。

 サトウキビには、強い日差しと高い温度が必要だからだ。

 現状、その条件は満たしているけど、これから冬に向かって寒くなってくる。

 育てるにしても、早くても来春になるだろう。


 サトウキビが作れないと、ほとんどの種類の糖類が作れない。

 蜂蜜で代用する方法も考えたけど、今から作ろうとしているお菓子にはあまり適さないらしい。蜂蜜には強い風味もあるからね。


 もちろん、砂糖は【言霊ネイムド】では生み出せない。

 基本的に加工物はNGだからだ。


 だが、これには抜け道が存在した。



 【言霊ネイムド】――――とう



 手に握っていた砂が、白いザラザラとした結晶に変化する。

 その手品みたいな登場に、見ていたミセスは目を剥いた。


「まあ……!」


 ミセスの驚く顔を見ながら、俺はペロリと舐めて確かめてみる。

 甘い。うん――間違いなく糖だな。

 ミセスも同じように舐めたが、満足そうに頷いた。


「いけそう?」

「はい。問題ありません」


 親指を立てる。


 どうやら『砂糖』と名付けると、加工物の扱いになるが、糖とすると天然にあるものと判断するらしい。

 果糖、ブドウ糖というのは聞くけど、糖なんてそのままであるのだろうか。

 【言霊ネイムド】の線引きって、割とガバガバなのでは?


 ともかく、これで砂糖の問題は解消した。

 糖が無限に生成できるとなると、今後の交易で無双できそうだな。

 魔族の間でも、砂糖は貴重だし。

 後は胡椒とか香辛料をどうするかだけど。


 これは後々考えるか。


 ミセスは俺からもらった糖をクリーム状になったバターに加える。

 そこに数回分けて、卵を入れて、よくかき混ぜる。

 小麦粉と、【言霊ネイムド】で生み出した天然重曹をふるい入れ、粉気がなくなるまで切り混ぜると、さらに捏ねくり回す。


 村の子どもやハカセにも手伝ってもらいながら、捏ねてもらうと、1本の棒になるように伸ばし、個数分に分けてから、最後に氷室の中へ。

 30分ほど休めた後、棒を円になるように丸めると、次第に俺が作りたいものの形になってきた。


 円に、穴の空いた形を見て、急にノスタルジックな気持ちになる。

 まさかあれを異世界で食えるとは思ってもみなかった。


 いよいよ油で揚げる。

 カラカラと気持ちの良い音と、香ばしい臭いにクラクラしてきた。

 ハカセも子どもたちも待ちきれない様子だ。


 時折、菜箸を持ったミセスに「危ないわよ」と叱られながらも、鍋の中で揚がっていくものが気になるらしい。

 目を輝かせ、何度も唾を飲み込みながら、それができあがるのも待った。


 油の中で、割れ目が浮き上がり、熱を受けて大きく膨らんでいく。

 濃い狐色に揚がったそれは、まさしく俺が食べたかったものだった。


「できあがりましたよ」


 ミセスは揚がったばかりのそれをテーブルに置く。

 おわかりいただけただろうか。

 そう。作っていたのは、ドーナツ。



 サクサク食感のオールドファッションだ!



「「「「いただきます!」」」」


 子どもたちと一緒に、オールドファッションに手を伸ばす。

 出来立てだけあって、まだ温かい。というか、熱つつつ……。

 昔、ミ〇ドで働いていた友人が言っていたが、揚げたてのドーナツに勝るドーナツはないと言っていた。

 いつか食べたいと思っていたけど、まさか異界でその願いが叶うとはね。


 香ばしい香りが鼻腔を衝く。

 見慣れた丸い形と、独特の割れ目。

 それを見ただけで泣きそうだった。


 勿論見ているわけにはいかないので、早速食べてみる。


「うっっっっっっまぁぁぁぁあああ!!」


 思わず叫んだ。

 これだ、これ。

 懐かしいこの食感が最高だ。

 噛む度に、口の中でザクザクとなる音に、食欲をさらにそそられる。

 これぞオールドファッション!


 さらにサクッとした後のもっちりとした食感も申し分ない。

 バターと糖のほんのりとした甘さもなかなかに上品だった。


 そして何よりも出来立てというのが大きい。

 噛んだ瞬間、熱が口の中に吹き抜けていく。

 まるで麦畑に流れる一陣の風のようだ。

 その熱風を口の中で感じながら、俺はまたノスタルジックな気持ちになった。


 はあ……。

 でも、日本じゃ味わえなかった感動だ。

 家と会社の往復、ミリミリと削られていく精神。

 そんな生活じゃ、きっとドーナツを作ろうなんて思わなかっただろうな。


「いかがですか、ダイチ様?」

「おいしかったよ、ミセス! さすがだ」

「いえいえ。ダイチ様がいなかったら作れませんでした」

「ありがとう、ダイチお兄ちゃん」

「「「ありがとう!」」」


 子どもたちも満足そうだ。


 そうだ。

 このドーナツも、城壁を作ってるドワーフたちに持っていって上げよう。

 麦の収穫ができれば、みんなに分け与えることができるだろうしね。

 この丸くて落ちにくい形状は、そのまま足場で休んでいるドワーフたちにはちょうどいいだろうし。


 今から喜ぶドワーフたちの顔が、目に浮かぶようだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


オールドファッション食べたくなってきた……。


昔、揚げてる最中に欠けてしまったものは、

その場で食べたりすることができたそうな(今は無理やろうけど)。

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