第35話 まおうさま さけぶ

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 ◆◇◆◇◆ エヴノス side ◆◇◆◇◆



「はあああああああああああああ!!!!」


 絶叫に魔王城が震えた。

 身体に感じる微震に、城の中で職務を行っていた家臣たちは手を止め、天井を仰いだ。

 魔王城を貫く声に驚き、続いてその震源地と思われる方へと顔を向ける。


 皆が一斉に視線を向けた先には、魔王城の中でも一際大きな空間があった。

 魔王の間と呼ばれ、魔族にとって唯一無二の玉座が鎮座する厳正にして不可侵の場所だ。


 そこに今、3人の魔族がいた。


 1人は魔王エヴノス。

 その秘書アリュシュア。

 最後に、そのエヴノスの前に平伏するローデシアだった。


 すでに兜を脱ぎ、豊かな黒髪を露わにしたローデシアは、クスリと笑う。

 その表情にいち早く気付いたのは、秘書のアリュシュアだった。


「ローデシア、何がおかしいのです」


 珍しくアリュシュアは詰問口調で尋ねる。

 目を細め、鋭い眼光を光らせた。


「失礼しました、アリュシュア殿。――ただダイチ様の言葉を思い出してしまって」

「ダイチ――――大魔王様の言葉?」

「私はこの事をエヴノス様のお耳に入れば、さぞ喜ばれると思っておりました。ですが、ダイチ様はびっくりされると仰っていたので。どうやら私は賭けに負けたようです。フフ……」


 賭けに負けたというのに、ローデシアは嬉しそうだ。


 一方、アリュシュアは黙ったまま側にいるエヴノスを見つめた。

 肘掛けに置いたエヴノスの拳が硬く締まっていく。

 身体中の筋肉の軋しみが、今にも聞こえてきそうだった。


 だが、ダイチの言う通りであった。


 ダイチが魔蛙族を全滅させた――その報を聞いたエヴノスは、心底驚いていたのである。


(馬鹿な……)


 エヴノスは心の中だけで呟いた。

 確かに懸念がなかったわけではない。

 ダイチが種族を育成する手際を、エヴノスは間近で見ていた。

 異世界の勇者にコテンパンにされていた魔族が、ついに異界の神々と勇者たちを退けることに成功した。


 それ故に、暗黒大陸に住む人族ゴミどもが、魔族を倒す可能性も考慮にはあった。


 だからこそ、エヴノスはブラムゴンに自分の秘宝を使って、パワーアップさせたというのに……。


 その力ですら、ダイチは上回ってみせた。

 しかも、聞けばブラムゴンはバラバラになり、塵1つないらしい。

 一体何が起きたのか。

 エヴノスには理解不能だった。


「差し当たってエヴノス様、ダイチ様に褒賞をお考えになられてはいかがでしょうか?」

「はああああ? 褒賞??」


 お前、何を言っているんだ?


 ダイチの力の次に、ローデシアの発言が理解できなかった。


(何故、あの者に褒賞を与えねばならん! あの汚らわしい人族さるに!!)


 そもそもダイチが生きていることがおかしい。

 エヴノスの予測では、暗黒大陸に1週間ほど放置しておけば、魔獣にやられて死ぬと思っていた。

 しぶといことは知っていたが、まさかあの何もない大陸で、他の種族を率い、ブラムゴンたち魔蛙族を撃退するとは、夢にも思っていなかったのである。


「何を驚きになりますか。人身売買禁止はエヴノス様自身がお決めになったことです。彼らはその禁を破りました。その咎人をダイチ様が成敗された。制度上、国家一級の褒賞に当たる大偉業ですよ」



「「こ、こ、こここ国家一級ぅぅううううう!!」」



 エヴノスとアリュシュアは仲良く声を揃える。

 そのまま口を開けて、固まった。


 そんな2人の態度に、ローデシアは腑に落ちないという顔を見せる。

 やや首を傾けつつ、エヴノスに尋ねた。


「エヴノス様、如何されました? そこまで驚くことではないかと。そもそもエヴノス様が制定されたものですよ。第一級犯罪者を裁いたものには、国家一級褒賞を与えると」

「そ、そうだったかな~~。だが、それにしても国家一級はど、どうかと思うぞ……。それに見方を変えると、魔蛙族が他種族に滅ぼされてしまったということも」

「魔蛙族は死罪を言い渡されてもおかしくない当然の罪を犯しました。咎人は即刻排除しなければなりません。それとも――――」



 エヴノス様には何か……。ダイチ様に褒賞を渡したくない理由でもあるのでしょうか?



 ローデシアの氷の瞳が光る。

 それは極寒の中で生きる狼のように獰猛であった。

 さしものエヴノスも、アリュシュアも血の気が引く。


 地位や実力においては、確かにエヴノスの方が上だ。

 それでもローデシアの忠誠心は、魔族一である。

 彼女が守る法はエヴノスが立てたもの。

 それを遵守させることに、命すら賭けられるローデシアの忠義心は、もはや鋭利な刃物に等しい。


 時々、エヴノスは恐ろしくなるのだ。

 その刃物がいつか、自分の方に向けられるのではないか、と。

 同じ想いを、横に立つアリュシュアも考えていた。


「わ、わかった。しかし、祝辞は――――」

「もちろん、祝辞はエヴノス様自らお願いしますね」

「なっ! それは――――」


 そう。これも嫌だったのだ。

 国家一級の褒賞は、魔王が直接感謝と祝辞を述べなければならない。

 そういう決まりである。


 つまり、ダイチを暗黒大陸に放逐したエヴノスが、祝意を述べなければならないのだ。


(な、なんたる屈辱……)


 考えただけで、腸が煮えくりかえる。

 しかしローデシアの氷の瞳を見るだけで、その燃え上がった憎悪がふと蝋燭の明かりのように消されてしまう。


(こうなってはやられる前にやってしまうか……)


 エヴノスは鋭い視線を送るローデシアを見やりながら、考える。

 側にいるアリュシュアも同じ気持ちらしい。

 頻りに合図を送ってくる。


 ローデシアを討つことは可能だ。

 彼女はエヴノスのことを信頼している。

 近づいて闇討ち、あるいは毒殺。

 労することなく殺すことができるだろう。


 問題はその後だ。


 ローデシアは№2。

 煙たがる者も多いが、その逆も決して少なくない。

 それにローデシアはダイチの信奉者の中でも、一番の実力者だ。

 ダイチを巡る騒ぎで、ローデシアがエヴノスに討たれたことが漏れれば、魔王軍を2つに割りかねない。


 異界の侵攻が終わり、ようやく落ち着きを取り戻したばかりで、騒動を起こすのはまずい。


 それこそ、ダイチに知られ、他種族の干渉を受けるきっかけになるかもしれない。


(くそ……。仕方あるまい……)


 エヴノスはついに折れた。

 肘掛けに置いた手が赤くなるほど握った後、口を開く。


「良かろう」

「エヴノス様!?」

「黙れ、アリュシュア」

「し、しかし――――」

「アリュシュア様、我が主君と、その主君がお決めになった法をあなたは犯すのですか?」


 再びローデシアの眼光が閃く。


 アリュシュアは思わず小さく悲鳴を上げた。

 冷ややかな手で心臓を掴まれたような気がして、思わず胸をガードする。


 怯える秘書にエヴノスは助け船を出した。


「ローデシア、もう良かろう」

「失礼しました」


 ローデシアは顔を伏せる。


 その魔眼から解放されたアリュシュアは、ホッと息を吐き出した。


「ただし、ローデシア。1つ条件を出させてもらう」


 最後の抵抗とばかり、エヴノスは1つの条件を提示する。

 難色を示すと思われていたが、逆にローデシアは破顔した。


「それは大変よろしいことかと」

「そうか。ならば、手配を頼む」

「かしこまりました」


 魔族の法の番人は、そうして退場していく。


 パタリと扉が閉まった瞬間、エヴノスは大きく息を吸い込む。

 アリュシュアは【無音の結界】を魔王の間に張り巡らされた。



「くっっっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 絶叫し、子どものように地団駄を踏む。

 アリュシュアの結界によって、声が漏れることはない。

 だが、謎の微震が修繕したばかりの魔王城に襲いかかるのであった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


そして、これが魔王の受難の始まりだった。


面白い、これからの展開が楽しみ、と思っていただけたら、

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