第34話 あんこくたいりくの なぞ
「さすがはダイチ様です!!」
え?
全然意味がわからなかった。
称賛されている意味も、本来死罪を言い渡されてもおかしくないことをした俺に向かって、ローデシアが笑顔でいることもだ。
俺が首を傾げていると、ローデシアは言葉を続けた。
「浮かない顔ですが、いかがされましたか?」
「すまない、ローデシア。俺はお前が何故、俺を称賛しているのかわからないんだ」
「……? え? ダイチ様はブラムゴンの悪事に気付き、彼らを退治してくれたのでは?」
「ブラムゴンの悪事……? まさか人身売買ことか?」
人身売買のことは、以前ルナやミセスから聞いている。
まさかそのことだろうか。
「そうです。その通りです!」
当たっちゃった。
すると、ローデシアはさらに俺の手を強く握る。
痛たたたたたたたたたた!
痛い。ローデシア、痛い。
そんなに興奮しないでくれ。
ローデシアの基礎能力はタダでさえ高いんだから。
バサッ!
どこからともなく羽ばたき音がする。
空を見ると、新手のイーグルクロウがこちらに向かってきていた。
足の先に檻のようなものが下がっていて、1匹の魔蛙族が中に入っている。
「バラムゴンだ……」
劣勢とみるや、一目散に海へ逃げ帰った魔蛙族は、牢屋の中でシュンとしている。
イーグルクロウはバラムゴンを運んでくると、地上に降り立った。
1人の暗黒騎士がローデシアの前で敬礼する。
「海上を漂っていた魔蛙族数匹を捕らえました」
「ご苦労だった。引き続き、周辺海域を捜査しろ」
「かしこまりました」
暗黒騎士は牢屋を置いて、再びイーグルクロウとともに空に飛び立った。
そしてローデシアは捕まったバラムゴンを見ながら、事情を話し始める。
俺は全く知らなかったのだが、魔族の中で人身売買は禁止されているらしい。
だが、こっそりと取引は行われていた。
禁止することを命じたエヴノスの目を盗んでだ。
ローデシアはその調査をしていた。
そして、大元締めがブラムゴンに行き当たったというわけだ。
「助けて下さい、ローデシア様。わ、わしは関係ない。やったのは息子じゃ! すべてブラムゴンがやったことなのです」
「ええ……。確かに主犯はブラムゴンだと我々の調べがついていますよ、バラムゴン卿。しかし、あなたが荷担していた証拠もすでに出ています」
「嘘だ! そんなものでっち上げだ! 横暴だぞ、ローデシア」
「それ以上、喚くなら容赦しませんよ」
「なんじゃと、小娘! わしの半分も生きていないくせに! ならばエヴノス様に会わせよ。直接会って弁明をする。エヴノス様なら我らの言い分を――――」
シャッ!
何か空気を切り裂いたような音がした。
直後、バラムゴンの身体が袈裟に斬られる。
徐々に斜めにずれていくと、大量の血が噴出した。
「な、がが――――。いつ、……の…………ま――――」
バラムゴンの身体が一瞬にして細切りになる。
長い白髭も切り取られ、溢れ出した血を吸って変色していく。
まさに一瞬……。
その刹那の時間の中で、一体ローデシアは何回斬ったのだろうか。
「黙れ、下郎。お前のようなものが、エヴノス様の名前を語るな」
ローデシアの冷たい氷のような瞳が光っていた。
対してバラムゴンが捕らえられていた牢屋は無傷なままだ。
ローデシアが得意とするスキル【真空斬り】。
近中距離を制すそのスキルを、ローデシアは自在に扱うことができる。
スキルの能力限界を超えた性能は引き出せたのは、単純に努力の賜だ。
これがローデシアの怖いところだ。
味方に対しては握手と微笑みを持って応える一方、悪に対しては全く容赦がない。
今、俺に対して敬意を持って接していても、
俺が鍛えた刃でだ。
幸いにもローデシアは、人身売買をやめさせるために俺は魔蛙族をやっつけたのだと思っているようだ。
ローデシアに悪いが、そういうことにしてもらおう。
ブラムゴンの人身売買をやめさせようとしたことは、目的の1つでも合ったわけだし。
嘘を吐いているわけじゃない。
「ローデシア。一応彼らのことだが……」
俺は振り返って、後ろにいる村人や獣人たちの方を向く。
「暗黒大陸の現地人の方ですね。協力者と考えてよろしいのでしょうか?」
「ま、まあ……そんなところだ」
ローデシアは特に表情を変えなかった。
魔族は他種族に対して、もっと嫌悪感を持っているように思えたが、どうやら違うらしい。
ただローデシアは魔族の中でも特殊だ。
悪を憎み、弱きを助ける――そんなヒーローみたいな考えを持っている。
だから、魔族の法の番人を任されているんだが……。
だが、ちょうど良い。
暗黒大陸のことを聞いてみるか。
「なあ、ローデシア……。1つ頼みがあるんだ」
「ダイチ様の頼みなら何なりと……」
「暗黒大陸には、元々精霊がいて、もっと明るく豊かな土地だったらしい。それがどうやら、魔族によって封印されて、今の状態になってるらしいんだ。精霊の封印を解いてもらうことはできないだろうか」
俺が事情を話す。
ローデシアは急に神妙な表情を浮かべた。
「ダイチ様、申し訳ありません。私はダイチ様が何を言っているのかわかりません」
「え? どういうことだ?」
「そもそも暗黒大陸に精霊なる種族がいることを、今初めて知りました」
「待て。そ、それは……。嘘だろ?」
「いえ。嘘ではありません」
ローデシアは首を振った。
俺に向ける眼差しに、一片の曇りも淀みもない。
そもそもローデシアは嘘が下手だ。
すぐ顔に出る。
じゃあ、ドリーやウィンドを封印したのは誰なんだろうか。
俺は改めて確認してみる。
「ドリー、君は確かに魔族に封印されたと言っていたね」
『はい。ですが、今思えばそのものが明確に魔族であるという確証はどこにもありません。もしかしたら、スキルで変化していた可能性もあります』
「なるほど……」
【変化】は割と下位ランクのスキルだ。
チッタでも使えるからな。
そうなってくると、明確に魔族がこの暗黒大陸の状況を悪化させたとは言いがたいか。
一応、ウィンドにも確認したが、向こうはあっという間のことで、加害者の姿を見ていないらしい。
『オレをあっさり封印するぐらいだ。魔族の可能性は高いだろう』
ウィンドの言うことも一理ある。
精霊を封印できるような種族なんて、早々いない。
少なくとも人族や獣族では難しいはずだ。
そこにローデシアがさらに口を挟む
「そもそもこの暗黒大陸も、魔族以外の種族に避難してもらうためだったと聞いています」
「避難?」
「おそらく異界からの侵攻に巻き込ませないためでしょう」
「ああ。そういうことか。でも、他種族を1つの大陸に閉じ込めるのは、ちょっと横暴じゃないのか。せめて日光の当たる土地に彼らを移動させることはできないだろうか」
俺は提案する。
いつも俺が立てた作戦や提案に乗り気なローデシアも、この時ばかりは首を振った。
「それはできません。彼らは我ら魔族に敗れた種族。そして敵対する種族を祖先とする者たちです。彼らを自由にすることは、エヴノス様はお許しにならないでしょう」
なるほど。
そこはきちんと線引きしているのか。
魔族はあくまで支配者。
その他の種族たちは、支配される側の種族だということだ。
「それに大魔王様……。彼らを本国に招けば、魔族たちの餌食になります。ブラムゴンのように良からぬ事を考えるかもしれません」
ローデシアの言う通りだな。
ここが魔王城のある大陸から離れているからこそ、ルナたちは守られていると考えることもできる。
移動するにしても、危険なのは変わらないわけだ。
「わかった。こっちはこっちで何とかするよ」
「ダイチ様、1度お帰りになりませんか? エヴノス様も首を長くして、ご帰還を待っていると思いますが」
「うーん。やめとくよ。こっちで色々とやることが山積みだからな」
今回のことで色々とわかった。
ともかく精霊の封印を解いて、一刻も早く暗黒大陸を元に戻すことが先決のようだ。
「そうですか。では、この件についてエヴノス様に報告します。きっとお喜びになられるでしょうから」
「そうか? 俺は驚くと思うけどなあ」
俺とローデシアは、それぞれエヴノスの顔を思い浮かべた後、クツクツと笑うのだった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
次回のエヴノスの反応にご期待下さい。
面白い、エヴノス回楽しみ、と思った方は、
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