第36話 おお! すばらしきだいまおうよ!

 暗黒大陸の沖の上空に、再び黒い影が現れた。

 漆黒の翼をはためかせていたのは、イーグルクロウである。

 魔族の主要な移動手段となっている魔獣が、暗黒大陸の暗い空に何羽と飛んでいた。


 その様子を見て、あらかじめ海岸線で待っていた俺や村人、獣人たちはどよめく。

 20、30どころではない。

 おそらく100羽以上はいるだろう。

 さらにその上には、屈強な騎士が乗っていた。


 1種はローデシア率いる暗黒騎士。

 もう1つは、ゴーレム騎士だろう。

 魔族の近衛騎士で、魔王を守護する騎士たちだ。


 イーグルクロウの背中から降り立つと、暗黒大陸の大地を踏みしめる。

 デカい……。

 リアル系のロボットが現実にいたら、これぐらいの大きさだろうか。

 岩肌のようなゴツい肌に、分厚い石の鎧を守っている。

 俺の方に顔を向けると、ヴヴと音を鳴らして目を光らせた。


 どうやら顔の形は、スーパーロボット――じゃなくて、勇者系ようだ。


「ダイチ様」


 続いて暗黒騎士たちが降りてくる。

 ローデシアの姿もあり、俺の前に来て膝を突いた。


「お元気そうで何よりです」

「この前会ったばかりだろ。にしても、話は聞いていたが、やたらと物々しいな」

「これぐらいは当たり前ですよ。あっ――――来ましたよ」


 さらに沖合の上空に大きな影が見えた。

 今度はイーグルクロウじゃない。

 長い1本の首に、鋭い牙と爪。

 まるでプテラノドンのような翼が、ヒラヒラと風に舞っている。

 シャッと鋭い嘶きを上げ、こちらに向かってきていた。


 ワイバーン。

 それもかなり大きい種だ。

 飛竜種の中でも珍しいサイズ。

 そんなワイバーンに乗るような存在を、俺が記憶する限り1人しか知らない。


 いよいよ巨大ワイバーンが暗黒大陸に降り立つ。

 背中から降りてきたのは、魔王エヴノスだった。


「あれが魔王……」

「なかなか美男子じゃないか」

「強そうだな」

「わしの若い頃にそっくりじゃ」

「いや、わしじゃ!」


 エヴノスを見た村人・獣人たちの反応は様々だ。

 ただエヴノスを見て、殺気立つ者も少なかった。

 俺があらかじめ精霊を封印し、暗黒大陸を生命の住みにくい場所にしたのは、魔族ではないかもしれない、とあらかじめ話しておいたからだろう。


 加えて、ソンチョー、ミャジィ他の人族や獣族も、魔族が支配者であることはもう認めている。

 その支配者である君主が暗黒大陸に来た。

 希有な事実に、ただただ驚いているようだった。


 エヴノスは俺を見つけると、大股で近づいてくる。

 俺の前に立つと、にこやかに笑った。


「久しぶりだな、エヴノス」

「ああ。元気そうだな、ダイチ」


 俺とエヴノスは自然と手を伸ばす。

 やがて固く握手を交わした。


 その瞬間、怒号のような声を上がる。


「すげぇ! ダイチ様と魔王様が握手してる」

「そりゃ当たり前だろ。ダイチ様は大魔王なんだぞ」

「でも、ダイチ様はオレ達と同じ人族なんだぜ」

「ではわしも挨拶を……」

「やめておけ。消し炭にされるぞ」


 村人と獣人は沸き上がっていた。


「みんな、大げさだな。これぐらい普通だって」


 諫めるのだが、それでも騒ぎは収まらない。


「魔王と握手するのが普通って……」

「大魔王と魔王だからな」

「でも、ダイチ様はすごい」

「握手が普通か……。なら大丈夫じゃろ」

「指の骨が折れるのが、オチじゃ」


 大盛り上がりだ。

 なんか田舎にいる爺ちゃん婆ちゃんが、総理大臣を迎えに来たみたいな感じだな。


 俺はちらりとエヴノスを見る。

 村人たちの方を向き、鋭い視線を走らせていた。


 ん? エヴノス、怒ってる?


「すまない、エヴノス。折角来てもらったのに。騒がしかったよな」

「うん? いや、そういうわけでは――――こほん。早速、式典を始めたいのだが」

「ああ。そうだな。お前も忙しいだろうからな」


 式典というのは、俺の褒賞式典だ。

 人身売買をしていたブラムゴンを打ち倒すことに尽力した俺と、暗黒大陸の住民たちは、国家一級褒賞を受けることになった。


 本来、褒賞は俺たちが魔王の間に赴いて受けるものだ。

 だが、エヴノスの計らいで、暗黒大陸で行われることになったらしい。


 だから、こうして護衛を引き連れ、やってきたというわけだ。


 俺は辺りに目を向ける。


「エヴノス、アリュシュアは同行していないのか?」

「アリュシュアは今、我の秘書だ。我が留守中の間、仕事が滞らないようにしてもらっている」

「そうか。残念だな」


 久しぶりに会いたかったんだが……。

 まあ、仕方ないか。


「わざわざ来てくれて、ありがとうな、エヴノス」

「裏ボスのお前が、ここにいるのだ。魔王である我が、呼び出すわけにもいかないであろう」


 エヴノスは気さくに返す。

 魔王と呼ばれているけど、やっぱりエヴノスはイイ奴だ。



 ◆◇◆◇◆  エヴノス side  ◆◇◆◇◆



 ぐぞおおおおおおおおお!!


 何故、我がダイチを褒め称えるために暗黒大陸に来なければならぬ。

 いや、まあ……自分で提案したのだから仕方ないのではあるが。

 やはりやめておけば良かったか。


 だが、今魔王の間でダイチに褒賞を渡すのはまずい。

 ダイチを信奉する魔族はいい。

 一方、我のようにダイチに反感を持つような魔族に、我が頭を下げて褒賞を渡すところを見せてみろ。

 幻滅されるのは、目に見えている。

 特にアリュシュアの表情などは、ありありと脳裏に浮かぶ。


 そもそもダイチの信奉する側の魔族にしても、そうでないにしても、大勢の魔族の前で褒賞を与えること自体屈辱だ。


 人族さるなんかにヽヽヽヽ……。


 それならわざわざ暗黒大陸に足を運んだ方がマシだ。




 という判断の下、我は暗黒大陸にやってきたのだが、すでに後悔を始めていた。

 まず遠い……。

 何故、魔王である我が遠き暗黒大陸までやってこなければならぬのだ(自分のせいだけど……)。


 それに空気が人族さる臭いのも問題だ。

 鼻が曲がる。

 こうなったら、早いところ式典を済ませて帰りたい。


 そしてアリュシュアの膝枕に甘えるのだ!!




 そうしてローデシアの指揮の下、あっという間に式典場が作られる。

 なんと神殿のような立派な式典場だ。

 おのれ、ローデシアめ。

 荷物が多くなるから、簡素でいいと厳命しておいたのに。


 さすがに注意せなばなるまい。


「ろ、ローデシアよ。少しやり過ぎではないか?」

「あんまり簡素化すると、ダイチ様にもエヴノス様にも失礼かと思いまして」

「そ、そうか……。しかし――――」

「ご心配なく、荷物は最小限にとどめました。神殿の屋根を支えいてるのも、ゴーレム騎士ですから」


 ギャアアアアアアアアアアアアアア!!


 ふと神殿の壁の方を見て、驚いた。

 壁なのに、目が合ったのだ。

 よく見ると、ローデシアの言う通りゴーレム騎士だった。

 その巨体と膂力を生かし、神殿の屋根を支えている。

 しかも、ゴーレム騎士自体、彫像のような力強い石柱に見えることから、全く違和感がない。


 まるで何年のもこの地に建っているような貫禄があった。


「だ、大丈夫か、ゴーレム騎士よ」

「問題ありません」

「そうか。しばらく我慢してくれ」

「はい」


 ローデシアのヤツ……。

 なんてことをしてくれているんだ。

 ダイチのためになると、はしゃいでおるな。


 ええい! とっとと終わらせて帰るぞ。




 いよいよ褒賞の式典が始まる。

 我は仮の玉座の前で、賞状を読み上げた。

 ダイチやその他の種族を称える内容を、我は奥歯をキリキリさせながら何とか読み上げる。


 なんたる屈辱……。

 まさかこんな日がやってくるとは。

 ダイチを暗黒大陸に放逐すれば、すんなり死ぬと思ったのに。


「魔王様、お待ち下さい」


 いきなりローデシアは式典をストップさせた。

 何事かと我は首を捻る。

 よもや我の内側にある怒りを感じ、ローデシアが空気を読んだと言うことだろうか。


 さすがはローデシアだ。

 優秀な我が部下である。


「魔王様、降りていただけますか?」

「は? 降りるだと?」


 仮の玉座があるのは、神殿がある地面から二段ほど上ったところだ。

 我もまたその段の上で、賞状を読み上げている。

 ローデシアはそこから降りろ、というのだ。


「大魔王様に対して、高い所から祝意を述べるのは非礼かと」

「は、はあ? ちょっと待て」


 つまりはこうだ。

 今、ダイチは段の下に控えている。

 そこには人族と獣族の代表の姿もあり、奥の方では関係者たちが様子を窺っていた。


 その下に我が降り、賞状を読み上げろということである。


「ローデシア、俺は別にかまわないぞ」


 ダイチはローデシアを諫める。

 だが、法の番人は首を縦に振らなかった。


「ダメですよ、ダイチ様。これは式典で決められたマニュアルなので。エヴノス様」

「くっ……」


 致し方なし。

 我は階段を降りる。


「これで良いか、ローデシアよ」

「はい。OKです」

「では――。えっとどこから……」

「エヴノス様、仕切り直しなので、もう1度最初から」


 はあ!!!!!

 この忌まわしい賞状をもう1度、こやつの前で読まなければならないのか。

 ふざけるな。

 さっき身を切るような思いで、読んだのだぞ。

 それと同じ体験をもう1度しろと。


「マニュアル通りです。その内容に関しては、エヴノス様もご承知の上のはずですが。よもや、読んでいないというわけでは――――」


 ひっ!


 ローデシアの瞳が怖い。

 やはりこやつを怒らせると厄介だ。

 そもそもあんな分厚いマニュアルなんて目を通すわけがないだろう。

 あれを読むぐらいなら、子どもの落書きを見ていた方がマシだ。


 くそ! こうなったら、もう1度賞状を読むしかないか。


 我はまた奥歯をキリキリさせながら、賞状を読み上げるのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


エヴノスさん、まだ終わらんよ……。


面白い、エヴノスが間抜けに見えてきた、という方は、

是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方よろしくお願いします。

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