第32話 そして しょうじょは わらった

昨日もたくさんのレビュー、応援をいただきありがとうございます!

本日で、第1部最終回です。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「ええい! 何をしている!? 貴様らぁ!!!!」


 ブラムゴンはお冠だ。

 黒くなった身体を、赤黒く変色させている。

 口の上についた鼻腔から勢いよく鼻息を漏らしていた。


 水かきがついた足で地団駄を踏む。

 その様は癇癪を起こした子どものようだ。

 しかし、あの巨体で地団駄を踏むと、地面そのもの揺れてしまう。

 森の木が地面から引き剥がされ、被害は甚大だった。


 そのブラムゴンの前に、俺とルナ、そしてチッタが現れる。

 目の前には、ブラムゴン。

 奇しくも、その立ち位置は最初に出会った時と同じになってしまった。


 それでも、それぞれの姿は全く違う。


 あの時、身体を差し出すしかなかったルナの表情に一片の恐れはなく、チッタもたくましく成長した。

 そしてブラムゴンもまた異形の姿に変わっている。


「ブラムゴン、見ての通りだ。勝負はあった」


 俺は降伏を勧める。

 すでにブラムゴンの周りに魔蛙族の姿はない。

 親衛隊らしき魔蛙族もひっそりと倒れていた。


 支援していたバラムゴンの姿もない。

 おそらく息子を置いて、いつの間にか退散したのだろう。

 残ったのは、ブラムゴンだけだ。

 1人残った敵将を見て、俺は「哀れだな」と呟いた。


「何故だ!? 何故、人族さる獣人けものどもに我ら魔族が後れを取るのだ!!」


 ブラムゴンは絶叫し、空気を震わせる。

 それだけで、ブラムゴンもまたあの時のブラムゴンではないのがわかった。

 それでも、俺は前に踏み出す。


「それがわからないなら、お前はやはりそこまでの魔族だということだ、ブラムゴン。姿形が変わってもな」

「何ぃ?」

「お前たちの敗因は2つある。1つは人族や獣人族を劣等種だと決めつけていたこと」


 もう1つは地形――つまり森の中を戦場にしたことだ。

 戦力や数においては、魔蛙族の方が上だ。

 それでも勝つ自信はあったけど、ひどい被害を出すことになっただろう。


 故に俺たちは森で戦うことにした。

 巨躯の魔蛙族は森の中では目立つ存在だ。

 一方で、人や獣人なら潜伏しながら戦うことができる。

 見通しのいい平原では無理だが、森の中なら魔蛙族を個別に包囲殲滅することが可能なのだ。


 先に言ったが、もはや森であってここは沼だ。

 大きな蛙を釣るのに、もってこいの地形だったというわけである。


「それでもお前たちに勝機がなかったわけじゃない」


 闇雲に魔蛙族が【大跳躍】のスタンプ攻撃をされれば、こちらとしては打つ手はない。

 その場合、こちらの被害が甚大なものになっていただろう。

 だが、そうしなかったのは――。


「やはり、お前達が人族や獣人を軽く見たからに他ならないんだ!」

「黙れぇぇぇぇええええ!!」


 ついにブラムゴンの手――いや、舌が出た。

 首を振り、なぎ払う。

 それは舌というよりは、巨大なレーザービームのようだ。

 速く、そして威力が高い。

 地面を抉りながら、俺たちの方に迫る。


 だが、その舌は寸前で止まった。

 残ったのは、地面を抉った跡だけだ。

 恐ろしい攻撃の跡を見て、嫌らしく笑ったのはブラムゴンだった。


「げへ…………げぇっ、げぇっ、げぇっ、げぇっ。どうだ、ダイチ。我が輩の力は!」


 正直に言うと、驚いたな。

 姿が変わったこともだけど、きちんと強くもなっている。

 やっぱり姿が変わったことと、何か関係があるのか?


「魔王エヴノス様からいただいた力で――――」

「エヴノス?」


 エヴノスから力をもらったのか。

 あいつ、あんなことができるようになっていたとはな。

 全然知らなかった。

 なんで教えてくれなかったんだろうか。


 いや、昔からあいつは人目を憚り、こそれんヽヽヽヽをするヤツだったからな。

 俺に内緒で身に着けたのだろう。

 それとも、俺が暗黒大陸に行った後で覚えたのだろうか。


 いずれにしろ、神界との戦争が終わっても、強くなることに余念がないことはいいことだ。

 元育成者として嬉しい。


 とはいえ、厄介な力を身につけさせてくれたものだ。

 おそらくブラムゴンが王国勤務になって、その褒賞として力を受けたのだろう。

 タイミングが悪すぎるぞ、エヴノス。


「げぇげぇげぇげぇ! どうした、大魔王!! 恐れを成したか? だが、今さら遅いぞ。我が輩をここまで虚仮にしてくれたこと、許さん!!」


 別に俺、まだ何も言ってないんだけどな。


「手をついて謝るなら今のうちだ。地面に這いつくばって、泥を舐めろ。我が輩に頭蓋を踏まれながら、許しを請え! そうすれば、お前の命ぐらいは助けてやっても……」


 ブラムゴンは吠える。

 すると、ルナが1歩前に出た。


「なんだ、ルナ? どうした? おお。そうか? もしかして、我が輩の下で働きたいのか? 構わんぞ。お前のような白い肌と、若い女は魔族きゃくたちに大変重宝されるのだ。さあ、我が輩の手を――――」



 ドゴォッッッッッ!!



 魔蛙族の皮膚。

 さらに固く引き締められた聖女の拳。

 2つが合わさり、聞いたことのない打撃音が再生される。


 当然、打撃を受けたブラムゴンの目は大きく開く。

 笑い声を漏らしていた口が、プルプルと引きつっていた。

 一方、ルナの顔は真剣そのものだ。

 俺にはどこか彼女が泣いているように思えた。


 そのルナの拳は、ブラムゴンの腹に諸に決まっている。


 魔蛙族の巨躯から考えれば小さな拳だ。

 それでも痛打であることは、ブラムゴンの顔を見れば明らかだった。


「げはっ!」


 体液を飛び散る。

 ブラムゴンはたまらず後ろに退いた。

 致命の一撃だと思っていたが、まだ生きているらしい。


「ルナは優しいな……。手加減したのか?」

「いえ。思ったより、ブラムゴンの体力が高かったようです」


 ルナは淡々と告げる。

 言葉を交わした俺が、うすら寒くなるほど聖女は集中している。

 いや、取り繕ってもしょうがないな。

 明らかにルナは怒っていたのだ。


 やれやれ……。

 エヴノスも罪作りだな。

 ブラムゴンが普通の状態であれば、あれで打倒できたのに。

 なまじパワーアップしたおかげで、余計な苦しみを与えることになってる。


 まあ、ブラムゴンの姿形が変わったのを見て、嫌な予感はしてたけど。


「お、お前は…………。本当にルナなのか?」

「はい。そうです。村の生け贄として捧げられ、あなたの屋敷で卑猥な訓練を強要されていた村娘です」

「そんな……ウソだ。ウソだウソだウソだ。冗談だろ。あの娘が、こんな――――」

「嘘を吐いて何の得があるんですか?」

「わかった。わかったよ。ゆ、許してくれ! わ、我が輩はお前に一方的に蹂躙されるようなことはしていない。思い出すのである。確かにお前には卑猥なことを強要した。だが、お前には食事も、極寒の寒さに耐えきる屋敷も与えた。そうでなければ、お前はあの村で死んでいたんだぞ!! なのに、お前はまたあの生活に戻るのか? あのクソ大魔王の下に……」


 ルナの身体がピクリと反応する。

 すると、ブラムゴンはニヤリと笑った。


「もう1度言おう、ルナ。我が輩の下に戻ってこい。心配などするな。お前を売ったりはせんよ。我が輩の幹部として取り立ててやってもいい。もうあのクソ大魔王の下で、ひもじい思いをしなくてもいいんだ。さあ――――来い、ルナ!」


 ブラムゴンはよろよろと手を伸ばした。


「行きません」

「なに?」

「わたしはあなたの下へなんて2度と戻らない」

「き、貴様ぁぁぁぁぁあああああ!! 元奴隷の分際で――――」


 ブラムゴンの口から舌が伸びる。

 高速で撃ち出されたそれは、ルナの眉間に迫った。

 しかし――――。


 パシッ!!


 鋭い音を立てて、弾かれる。

 俺がレーザービームようだと称した舌が、あっさりと防御されたのだ。


「な、なに…………。その、けものは――――」


 ブラムゴンは再び驚愕に目を見開き、主犯を見つめる。

 成獣となったチッタを見て息を飲んでいた。


 ブラムゴン……。

 お前の攻撃は凄まじいという言葉に尽きる。

 おそらくAランク並みの力があっただろう。

 けれど、相手が悪い。


 これが今のチッタのステータスだ。




 名前   : チッタ(成獣)

 レベル  : 35/99

    力 : 141

   魔力 : 0

   体力 : 155

  素早さ : 134

  耐久力 : 75


 ジョブ  : 守護獣


 スキル  : 鉄壁LV1  第六感LV1

        変身LV4  波動LV2

        猛攻LV1  回復LV3




 基礎能力では、体力が頭打ちになってきたが、一方スキルはついに【かばう】の第3派生【鉄壁】を覚えてしまった。

 間に【護衛】という第2派生スキルがあったのだけど、俺の育成とドリーの【成長促進】によって一気にステップアップしてしまったのだ。


 【鉄壁】は自分の防御力を4倍まで引き上げるスキル。

 さらに言うと、近くにいる仲間の防御力まで上がる。

 【結界】に似た効果を持っていた。


 チッタの防御力は、【鉄壁】による4倍と、守護獣としての補正値も加わり、およそ700近い。

 これは素手のエヴノスの攻撃を、悠々と完封できる数値だ。

 いや、もしかしたら、近接戦なら誰もチッタに攻撃を当てることは不可能かもしれない。


『ガウッ!!』


 チッタは吠える。

 もうあの時のチッタじゃない――。

 まるでそう言っているようだった。


「こ、このリズリスが!!!!」

「ブラムゴン……」


 激昂するブラムゴンに、ルナは冷水のように言葉を投げかけた。


「あなたには感謝しています。あなたのおかげでわたしは飢えることなく、寒さに身を震わせることもなかった」

「お、おおお……。わかってくれるか、ルナ」

「でも…………



 そうしたのは、あなたですよね?



 ルナはブラムゴンを睨む。

 今まで見たこともないルナの表情に、ブラムゴンだけではなく、俺も驚く。

 だが、その顔をしていたのは、ルナだけじゃない。

 戦果を上げて集まってきた村人や獣人たちも、ブラムゴンに向けて殺気立っていた。


「土を汚染したのも、私たちから空を奪ったのも、空気の暖かさを奪ったのもあなたたちですよね。だから、わたしはそんなことをしたあなたの下には帰らない。あなたたちを許すことはできない!」



 でも――――。



「何より許せないのは……。ダイチ様を馬鹿にしたこと」


 しゅるるるるる……。

 妙な息づかいが聞こえる。

 ブラムゴンの前でルナは大きく振りかぶる。

 その目には、すでに炎が灯っていた。


「それだけは絶対に許せません!」


「や、やめ――――――っ!!」



 ドッッッガァァァァアアアアアアアンンンンン!!



 もはやそれは爆発に近い。

 ブラムゴンの巨体が空へと吹っ飛んでいく。

 いや、巨体というのはおかしい。

 もはやその破片だ。

 悲鳴を言うこともなく、飛び散った魔蛙族の破片は森を越え、大地を越えて、海へと落ちていく。


 ついにブラムゴンを打ち倒したのだ。


「ふぅぅぅぅ……」


 ルナは大きく息を吐く。

 高名な拳法使いのように。

 弱ったな。

 俺は一応聖女として育てたつもりなんだけど、聖女は聖女でも脳筋聖女になるとは。


 早くルナに武器を持たせないと、本当にステゴロ聖女になってしまう。


「ルナ……」

「ブラムゴン様に感謝しているのは、本当です。それでも――」

「わかっているよ。ルナが本当は優しい女の子だってことは」


 脳筋だろうと、ステゴロだろうと。

 ルナが優しい女の子だということは変わりはない。

 あんなにひどい目に遭わされてなお、拳をぶつけた相手を哀れんでいるのだから。


「俺が涙を拭いてあげるから、こっちを見てくれ、ルナ」


 ちょっと気障だったかな。

 でも、それが俺の本心なんだから仕方がない。


 ルナはゆっくりと振り返る。


「はい……!」


 その顔はいつも通り笑顔だったが、やはり目には涙がたまっていた。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ルナ「ギャラクティカマグナム!!」


ひとまず第一部完結です。

引き続き第二部更新してまいります。


ここまで読んで面白かった、と思った方は、

是非作品フォロー、レビュー、コメント、応援の方をよろしくお願いします。


ちなみに第二部はエヴノスが顎を開いて、驚く展開が多めです。

お楽しみに!

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