第31話 ゆみへい かーちゃ

 新手の魔蛙族をカーチャに任せ、ソンチョーは離脱する。

 正確には近くにいたサポート系の村人も退いていった。

 周囲から味方の気配がないのを確認した後、カーチャは弦を引いたまま口を開いた。


「魔族の割りには、なかなか紳士じゃないか。爺ぃが逃げるまで待ってくれるなんてね」

「紳士かどうかなど知らん。貴様の言葉がただ気になっただけだ」

「何がだい?」

「私を倒すといった。本気か?」

「本気さ。じゃなかったら、こんな英雄みたいなことはしないよ」

「見たところ貴様――弓兵だろ?」

「弓兵ってわけでもないけどね。あたしゃ単なる村のおばさんだ」

「ふざけやがって……」

「事実を言っただけさ」


 魔蛙族が目尻を尖らせれば、カーチャは肩を竦める。


 すると、魔蛙族は跳躍する。

 すかさずカーチャは矢を放ったが、魔蛙族は事如く舌で弾いた。

 地上に落下すると、ついにカーチャとの距離を詰めることに成功する。


「私の名前はウッドロー……」

「へぇ。名乗るのかい。やっぱり紳士じゃないか。あたしも名乗った方がいいかね?」

「必要ない。お前はすぐ死ぬからな!!」


 ウッドローは口を開ける。

 その瞬間、暗い口内から舌が射出された。


 対するカーチャは冷静だ。

 弓を放つと、その舌を的確に迎撃する。

 再びウッドローの攻撃は無効化された。


「なかなか優秀のようだ」

「どうも……」


 敵の賛辞を受けながらも、カーチャは動きを止めない。

 すでに射撃体勢に入っていた。

 矢尻の先で、ウッドローが笑っている。


「私のスキル【速射】に対応するとはな」

「今のスキルだったのかい。なるほど。速いわけだよ」

「だが、次はどうかな?」


 ウッドローは再び口を開いた。

 すかさずカーチャは撃ち出された舌を迎撃する。

 だが、ウッドローの攻撃は終わらない。

 いやほぼ同時に繰り出されていたのだ。


(舌が3つ……?)


 カーチャの眉間に皺が刻まれる。

 対するウッドローの瞳は、愉悦に歪んだ。


「かかった! 喰らえ――――」



 【三弾撃ち】!!



 射出系の武器や魔法系スキルを、一気に同時に3つ撃ち出すスキルだ。

 レアスキルの1つでもある。


 パンッ!!


 何かが破裂したような音が響く。

 瞳を大きく開いたのは、ウッドローの方だ。

 ほぼ同時という【三弾撃ち】が、すべて撃墜されたのである。


「な……んだ、と……」


 声を震わせる。

 見開いた目の先にいたのは、家で鍋でも洗っていそうな村の女だ。

 なのに、ウッドローの【三弾撃ち】を見事破ってみせたのである。


「馬鹿な! 私の【三弾撃ち】をどうやって……」

「どうやってって言われても困るね。こういう能力だとしか、あたしも説明できないよ」


 スキル【矢払い】


 それがカーチャが繰り出したスキルだ。

 矢を使った攻撃無効化のスキル。

 レベル4まで高まっており、同時攻撃スキルにも対処可能になっていた。


「あたしはほとんど狙ってないんだ。このスキルのおかげで、矢を放てば、たいていの攻撃を無効化できるんだよ」

「な、なんというふざけたスキル……」

「ふざけてなんかいないさ。一応、このスキルを取るのに、苦労したんだからね。変な魔草の相手をさせられてさ」


 カーチャは矢を放つ。

 突如、反撃したのだ。

 こちらが攻撃側だと思っていたウッドローは対応が遅れる。

 かわそうと意識した時には、その眉間に矢が刺さっていた。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 ウッドローは悶絶する。


「ん? 生きているのかい? 【狙撃】ってスキルを使ったんだけどね」


 【必中】、【致命】といったスキル特性を2つ合わせ持つスキルである。

 要は急所に対して、必ず当たるというスキルで、これ1発で命を絶つことも可能だ。

 どうやらウッドローはかなり体力があって、即死とまではいかなかったらしい。


「ククク……。調子に乗るなよ、人族!! お前の矢では、我に致命的なダメージは与えられぬぞ」


 ウッドローは舌を使って、眉間の矢を抜く。


「加えて、魔蛙族はあらゆる毒にも対応している」

「そのようだね……。だけど、構わないよ。あたしは。あんたを討って、勝ち名乗りを上げるのは、若いもんに任せるさ」



 ねぇ、ステノ……。



 ウッドローが急にピンと背筋を立てた。

 顔が青ざめると、ブクブクと泡を拭く。

 そのまま前のめりになって、地面に倒れた。


 ウッドローは目を見開いている。

 自分がどうして死んだかもわからないようだった。


「やったね、ステノ……」


 その巨躯の背後から現れたのは、ステノだった。

 魔蛙族の急所。

 首裏に突き立てたナイフを引き抜く。


「カーチャさんが、気を引いていたおかげです」

「こんなあたしでも、役には立ったかい。嬉しいね」

「カーチャさんは凄いです。もっと自信を持って下さい」

「あっはっはっは」

「何かおかしいこと、言いました?」

「いや――――」



 昔と逆だと思っただけさ。



 カーチャは笑ったが、ステノは首を傾げるだけだった。


「さて、次行こうかね」

「はい。わたしたちで魔蛙族の幹部を倒しましょう」


 そして2人は、鬱蒼と茂る森の中に紛れていくのだった。



 ◆◇◆◇◆



 森のあちこちから悲鳴が聞こえる。

 そのどれもが、汚い魔蛙族の叫びだった。

 村人や獣人たちが紛れた森に、500匹の魔蛙族が飲み込まれていく。


「作戦通りだな」


 森の後方で様子を窺っていた俺は、うんと頷いた。


「やりましたね、ダイチ様」


 笑顔を見せたのは、ルナだ。

 側にはチッタもいる。

 一応、ルナもチッタも、俺の護衛役というくくりになっていた。

 とはいえ、ここまで魔蛙族が来ることはないけどね。


 ルナも前線に出て戦ってもらった方がいいのだけど、後方に控えてもらうことにした。


 実は回復役というのが、ルナしかいないからだ。

 言わば、この後方は病院みたいな役目だった。

 とはいえ、後退してくる者は皆無だ。

 それだけ、みんなが魔蛙族を圧倒してるのだろう。

 森の奥から聞こえてくるのは、魔蛙族の汚い悲鳴だけだった。


 加えて、少々の怪我ならウィンドのスキルで回復させてしまうこともできる。


 これならルナも前線に出ていってもらえば良かったかもしれない。

 俺はちょっと後悔していた。


「何故だ!! 何故、我ら魔蛙族が劣勢なのだぁぁぁぁああああ!!」


 前線の方からうなり声が聞こえる。

 ブラムゴンの大声だ。


 【遠見】のスキルを持つ村人によれば、魔蛙族の数はすでに30を切っていた。


「はあ、やっぱりこうなったか……」


 俺は溜息を吐く。

 大勝なのは喜ばしいけど、ここまでこちら有利に偏るとは。

 いや、予想していなかったわけじゃない。

 むしろこの展開は予想通りだ。


 だから、ブラムゴンには退けと忠告したのだ。

 否定されたのも、俺の予想通りではあったけど。


 勝因を言うなら、みんなの成長が早かったことだろう。

 ドリーの【成長促進】は、ちょっと言葉が悪いかもだけど、完全に余計ヽヽだった。

 面白くってさらに育成した俺も悪いんだけどさ。


 やっぱり精霊のシステムが、チートなんだよな。

 育成された人族や獣族に、簡単に基礎能力が向上する補正値がプラスされるんだもん。


 有り体に言って、何が言いたいかというと……。



 魔蛙族とブラムゴンが、全く敵になっていないのだ。



 とはいえ、このまま生殺しにしておくわけにはいかないだろう。


「ルナ、そろそろ決着を着けようか」

「はい、ダイチ様」


 ルナは棍棒を握りしめるのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


カーチャ、格好良すぎない?


面白い、カーチャに惚れた、と思った方は、

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