第5章

第29話 おおがえるが あらわれた

 いよいよこの時がやって来てしまった。

 暗黒大陸の北の端。

 魔王城がある大陸にもっとも近い場所。

 つまりは、俺が初めて暗黒大陸に降り立った場所だ。


 その周辺から沖を監視していた獣人が知らせをくれた。


 ついにブラムゴンがやってきたらしい。

 しかも多くの魔蛙族を率いてだ。


 敵襲来。

 その報告を聞いて、村に緊張が走る。

 普段からお喋りなソンチョーやカーチャさえ、口を噤み、獣人から聞いた情報を受け止めた。

 張り詰めていく空気。

 それを破ったのは、俺自身だった。


「大丈夫。みんななら勝てる」


 そう。

 魔族の支配に怯え、生け贄として屋敷に召し抱えられ、そして奴隷として魔族の愛玩動物となる。

 そんな時代の村は、もうここにはない。

 そして恐怖で震える村人の姿も。


「ここにいるのは戦士だ」


 ブラムゴンに抗する戦士という意味じゃない。

 劣悪な環境下にある暗黒大陸で生き延びることができる戦士を、俺は村とともに育てたつもりだ。


「やりましょう、皆さん!」

「やるみゃ!!」

「頑張りましょう!!」


 ルナ、ミャア、ステノが腕を掲げる。


「今までの恨みたっぷり晴らしてやるよ」

「魔族に1発かましてやろうぜ、兄者!」

「おうよ、弟者!」

「ククク……。今宵の愛剣は血に飢えておる……」


 カーチャはもちろん、サポート組のアバカム&トレジャー兄弟も燃えていた。

 たとえ、サポートといえど、そのステータスはかなり高い。

 サポート組には、一部を除き村の守りを任せていた。


 最後の? うん。放っておこう。

 てか、どこで覚えてきたんだよ、そんな台詞。


「ドリーとウィンドも頼むよ」


『お任せ下さい、ダイチ様』

『ふん。お前のためじゃねぇ。ミャアのためなんだからな』


 はいはい。

 ホントにウィンドは素直じゃないな。

 台詞が完全にツンデレ入ってるし。


「よし。みんな、所定位置について。ブラムゴンたちを迎え討つぞ!」


 ついに、暗黒大陸の防衛戦が始まるのだった。



 ◆◇◆◇◆  ブラムゴン side  ◆◇◆◇◆



「ようやく戻ってきましたね」


 数週間前に逃げ降りた崖の上に、1度の跳躍で登りきった我が輩は、辺りを見回した。

 乾ききった土に、どんよりとした天気。

 生命の息吹など全く感じられない。


「相変わらずですね」


 と言いながら、我が輩はちょっと感傷的になっていた。

 この流刑地の空気を吸うのは、死ぬほど嫌だったのですが……。


 だが、些細なこと。

 今、我が輩はとても充実している。

 エヴノス様からもらった力は最高といっていい。

 今まで全く使われてこなかった己の力が、解放されていうのがわかる。


 実に気持ちいい。


 早く戦いたい。

 楯突く人族を丸呑みにしたい。

 我が輩を虚仮にしてくれたあの大魔王を踏みつぶしてやりたい。


 想像するだけで涎が出る。

 頭がスカッとする。

 ならば、人族や大魔王を殺した時、一体どれほど気持ちがいいのでしょうか。


 イヒヒ……。イヒヒヒヒヒヒヒ……。



「変わったな、ブラムゴン」



 ハッと顔を上げた時、そこに大魔王が立っていました。

 夢でも幻でもありません。

 しかも驚いたことに大魔王様は1人でした。

 あの奴隷女の姿も見当たりません。


「大魔王様、ご機嫌麗しゅう」


 我が輩は頭を垂れました。

 死ぬほど嫌ですが、これはわざとです。

 相手に我が輩の余裕を見せつけるためのね。


「お前も元気そうだ。姿が変わるほどに、な」

「すこぶる元気ですよ。そうです。わかりますか。もう数週間前の我が輩だと思ったら、大間違いです」

「そのようだな。何があったか興味はあるけど、その前にブラムゴン……。お前に忠告しておきたいことがある」

「忠告……?」


 我が輩が眉を顰めると、大魔王様ははっきりと口にしました。


「帰ってくれないか?」


 はあ?

 帰ってくれ?

 何を言っているのですか?

 この後に及んで、命乞い?


 面白いですけど、今この状況で言われても面白くないですね。


 むしろ怒りすら沸いてきますよ。


「何を言っているんですか?」

「お前と、魔蛙族のために行っているんだ」

「巫山戯てんのか、てめぇぇぇぇぇぇえええ!!」


 ふざけている!

 帰れ?

 我が輩のためだぁ?


 大魔王だからって舐め腐りやがって。

 お前はとっくにエヴノス様に見限られているんだよ。

 雑魚がぁ!!


「……おっと失礼。少々取り乱してしまいました。ただあなたが何を言っているのかわかりませんね? 帰れだの。我が輩のためだの。あなたが戦いたくないという方便にしか聞こえない」

「そうだ。俺はお前達とは戦いたくない」

「今さら――。ふっ。わかりました。ならば、降伏なさい。我が輩に頭を垂れ、足の裏でも舐めてくれたら許して差し上げますよ」


 我が輩が言うと、大魔王は軽く首を振りました。


「わかってないようだな、ブラムゴン」

「はあ?」

「これは降伏勧告でも、その宣言でもない。言ったろ? 忠告だって」

「我が輩らに何もせず、後ろの海に飛び込んで逃げ帰れと?」

「そういうことだ。じゃないと、とんでもないことになるぞ」

「げっげっげっげっげっげっげっげっ……」

「?」

「なんですか、あなたは? そこまで煽ってヽヽヽ、我が輩に殺されたいのですか?」

「いや、別に俺は煽ってるつもりはない。お前の命を心配してだな」

「何が心配だ、ゴラァァァァアアアア!!」


 余裕もない。

 魔族としての気品も必要ない。

 今はこの怒りをぶつけたい。


 我が輩は今すぐ、この大魔王をぶっつぶしたい!!


「大魔王ダイチ!! 忠告感謝しましょう! ですが、我が輩の答えは『いいえ』です。永久に、何度問われようと、我が輩の答えは変わりません!!」


 我が輩は低く喉を鳴らした。

 合図を聞いた魔蛙族が、崖の下から這い上がっていく。

 一族郎党すべてここに集結させた。

 その数200。


「早い者勝ちです。誰かあの大魔王をぺちゃんこにして上げなさい!!」


 我が輩は再び低く唸り、戦闘開始を告げる。

 瞬間飛び出した――いや、高く跳躍したのは、ドッドローだ。

 魔蛙族一大きな魔蛙族。

 その力と重量は、我が輩を越える魔蛙族の切り込み隊長です。


 ドッドローが空へと跳躍すると、それはまさに巨大な雲のようでした。

 常に薄暗い暗黒大陸に大きな影が浮かび上がります。

 その中心にいたのは、大魔王でした。


「さあ! 泣き叫べ! 慈悲を乞え! もう遅いですけ――――」


 我が輩は言葉の途中で絶句しました。

 大魔王は微動だにしていなかったからです。

 それどころか泣くことも叫ぶこともなかった。


 ただ肩を竦めて、こう言うだけでした。


「やれやれ……。こうなってしまったか」



 こちらも戦闘開始だ、ルナ、ミャア、ステノ。



 突如、大魔王の背後に現れたのは、3人の娘でした。

 2人は人族でしたが、1人は獣人です。

 小賢しい。獣人との協力を取り付けるとは……。


「それがどうした! 獣人の1人や2人、協力したところで」

「変わるさ。その人間が変わろうという気持ちがあれば」


 瞬間、飛び出したの、獣人の娘だった。

 ドッドローのように大きく跳躍する。


「何をするつもりだ?」

「最後通告だ、ブラムゴン。今ならまだ間に合う」



 帰ってくれ……。



「ふざけるな!! やれ、ドッドロー」

「うごおおおおおおおおお!!!!」


 ドッドローのうなり声が響く。

 暗黒大陸の空気と大地を揺るがした。

 それでも獣人の娘は退かない。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃさつっっっっっっっ!!!!」



 三段突きみゃああああああああああああああああ!!



 それは3発の大きな花火のようだった。

 ぐらっと傾いたのは、ドッドローの大きな巨体だ。

 巨大な竜が同じく巨大な槍に射貫かれたかのように、身体が後ろに反る。

 勢いそのままに我が輩の方へと向かって落ちてきた。


「げぇええぇぇぇええぇえぇええぇえぇえぇえぇえ!!」


 再び大地が揺らぐ。

 数匹の魔蛙族がドッドローの下敷きになっていた。

 その1匹が我が輩だ。


「ぐっ! 重い! 重い重い!! ど、ドッドローどけ!!」


 悲鳴を上げる。

 だが、ドッドローは全く反応しない。

 完全に伸びきっていた。


 我は周辺の魔蛙族の舌に捕まり、なんとかドッドローの下から脱出する。

 くそ! こんな醜態をいきなりさらすことになるなんて。

 いや、そんなことよりもだな。


「何故だ…………。ドッドローが獣人なんかの攻撃で……」

「言わなかったか、ブラムゴン」


 不意に後ろから声をかけられ、我が輩は大魔王に向き直った。


 腕組みし、我が輩を睨む。

 その鋭い眼差しに、我は「げぇ」と1歩たじろいだ。


「この子たちは強くなる。お前よりも、魔族よりもな」


 不敵に微笑むのだった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


無双タイムの始まり。


面白い、無双タイム楽しみ、と思った方は、

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