第28話 かえるの おうさま

昨日、初めて2000pvを突破しました!

読んで下さった方、本当にありがとうございます。

引き続き更新して参りますので、よろしくお願いします。


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 ◆◇◆◇◆ 魔族 side ◆◇◆◇◆



 ついにこの時が来た。

 魔王の間で平伏した魔蛙族は、頭を下げながら笑いを堪えきれなかった。

 鋏で裂いたように口が自然と開く。

 ぬめった舌をベロリと動かし、乾いた唇を濡らしていた。


 かつての暗黒大陸の支配者――ブラムゴンである。


 大陸といっても、名ばかりだ。

 精霊は封印された土地に、まともな植物も動物も育たない。

 空は常に雲に覆われ、冬は極寒となる。

 日差しが少ないことは、魔蛙族にとってプラスでも、冬の寒さはさすがに堪える。


 最悪の環境。

 要は流刑地なのだ、あそこは。

 ブラムゴンがそこの支配者となったのは、敵前逃亡を問われてのものだった。

 異世界から侵略してきた勇者を前に、魔王を守ることなく逃亡したのだ。


 以来、暗黒大陸で苦汁をすすってきた。

 その最中、思い付いたのが人身売買ビジネスだ。

 闇で売買し、有力な魔族たちの寵愛と支援を受けることによって、ついにブラムゴンは王都勤務に返り咲いたのである。


「ブラムゴンに王都勤務を言い渡す」


 気が付いた時には、玉座に魔王エヴノスが座っていた。

 足を組み、肘掛けに肘を置いて頬杖を突いている。

 リラックスした姿勢でも、その赤い瞳は油断なく閃いていた。


 辞令を渡したのは、魔王軍№2のローデシアだ。

 魔王軍の法の番人。

 エヴノスとともに絶大な支持を集めるが、その厳格な性格から嫌う者も多いとブラムゴンは聞いている。

 ブラムゴンもその1人だ。

 敵前逃亡の件で、かなり強引な方法で問い詰められたのを今でも覚えている。


(まさかそのローデシアから辞令を賜るとは……)


 折角心が高揚しているというのに、あの氷の仮面を被ったような油断のない顔を見ると、興が冷めるというものだ。


(少し愛想笑いでもできれば、高値で売れるというのに)


 ブラムゴンはローデシアを見ながら値踏みする。

 これは職業だ。


 差し出された辞令を、ブラムゴンは受け取る。

 形式的な口上を述べ、頭を下げた。

 我ながら完璧だったと、自賛する。


「励めよ、ブラムゴン」


 エヴノスからお言葉を賜る。

 それもまた儀礼の1つであっても、ブラムゴンとしては感無量だった。

 この前まで、犯罪者と罵られ、暗黒大陸るけいちに飛ばされていたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。


 辞令式に参加した親族たちから温かな拍手が送られる。

 その中には父バラムゴンの姿もあった。

 親子共々、大きな目に涙が光っていた。


 簡素な式典はこれにて終了する――はずであった。


「ブラムゴンよ。早速、お前に頼みたいことがある。後で我が執務室に来るがよい」

「え? それは?」

「なんだ? 何か用事でもあるのか?」

「いえ。……なんでもありません。すぐに――」

「時間は取らせぬから安心しろ」


 エヴノスはそのまま下がっていった。


 まさか王都勤務になった途端、エヴノスから直々に呼び出されるとは、さすがのブラムゴンも予想だにしていなかった。

 なんたる栄誉、と興奮を抑えられなかったが、すぐに冷めてしまう。

 ある可能性が思い浮かんだからだ。


(まさか……。人身売買のことがバレた……)


 あり得ないことだ。

 王都勤務の辞令をもらったばかりだというのに……。

 その後で罪を問うなど、現実的ではない。


 だが、可能性を捨てきれぬことはできなかった。


「ローデシア殿!」

「はい? 何か?」


 ブラムゴンの側を通り、魔王の間から去って行くローデシアを捕まえる。


「辞令式の後に、魔王様にすぐに呼び出されるような事例は、これまであったのでしょうか?」

「私が知る限り、ありませんね」

「わ、我が輩は何か式典で粗相を? あるいはエヴノス様の怒りに触れるようなことをしたのでしょうか?」

「ご心配なく、ブラムゴン殿。そのようなことはないかと」

「そ、そうですか?」


 ブラムゴンが心配そうに俯く。

 その表情を見て同情したのか、ローデシアは少し考えてから口にした。


「陛下はとてもダイチ様と懇意にされていました。おそらくですが、ダイチ様が向かった暗黒大陸の実情を元領主であるブラムゴン殿の口から、伺いたいのではありませんか?」

「な、なるほど」


 言われてみると、あり得る話だ。

 ブラムゴンの腹の中にぐるぐると渦巻いていたわだかまりが消える。

 自分の暗黒大陸に飛ばしたローデシアに、諭されることについては少々複雑ではあったが……。


「ありがとうございます」


 ブラムゴンは去って行くローデシアに頭を下げる。

 ホッと胸を撫で下ろした。


 ローデシアの推測は間違いあるまい。

 ブラムゴンは確信し、執務室に行く間、何を話そうか思案した。

 だが、それは無駄な努力に終わるのだった。




「暗黒大陸にいる他種族を根絶やしにしろ」


 執務室に赴いたブラムゴンが、最初に賜った言葉がそれだった。

 思わず「ゲロッ!」と顔を上げてしまう。

 眉間に皺を寄せたエヴノスの顔は、とても冗談を言っている顔ではなかった。


 エヴノスは言葉を続ける。


「ヤツらを生かしておいたのは、異世界の侵略を受け、それどころではなかったからだ。だが、その憂いはなくなった。ブラムゴン、お前は暗黒大陸に詳しいな」

「え? は、はひ!!」

「ならば、今すぐ魔蛙族を率い、暗黒大陸に赴け。ヤツらを根絶やしにするのだ」


 エヴノスの力強い下知が執務室に響く。


「は、はは!! かしこまりました!」

「頼むぞ、ブラムゴン」

「ひ、1つ質問がございます」

「なんだ?」

「あそこには大魔王様がいらっしゃいます。全土の種族を根絶やしにしようと思えば、大規模な戦闘になりましょう。もしかしたら、大魔王様が巻き込まれる可能性も」


 すると、それまで執務室の椅子に腰掛けていたエヴノスは、唐突に立ち上がった。

 ふわりと浮き上がり、机を飛び越えて、平伏するブラムゴンの前に降り立つ。


 漂ってきたのは殺気だ。

 おかげでブラムゴンは頭を上げることもできなかった。

 その時、エヴノスがどんな顔をしていたのかすらわからない。


「ブラムゴン、我は言ったぞ。他種族をヽヽヽヽ根絶やしにしろヽヽヽヽヽヽヽ――とな」

「そ、それは――」

「それ以上でも、それ以下でもない。我の命令がすべてを示しているのだ」

「は、ははっ!!」


(ま、まさか――――)


 まさかこんなことがあるのか。

 ブラムゴンは、そう思わざるえなかった。

 これはまさに大魔王抹殺だ。

 しかも魔王公認の……。


 ブラムゴンは後々復讐するつもりだった。

 そして人身売買していた全ての証拠も消すつもりで兵を集めていた。

 計画は完璧だ。


 しかし、唯一憂いがあるとすれば、魔王や国に対する言い訳であった。

 いくつか考えてはいたが、果たしてあの堅物のローデシアの尋問をくぐり抜けることができるかは、五分五分といったところだろう。


 だが、魔王から非公式ながら命令が出た。


 何故魔王様が大魔王様を殺そうと考えているのかわからない。

 きっとブラムゴンも知らない確執があったのだろう。

 そもそも暗黒大陸に、大魔王様を派遣した自体がおかしいと思っていた。


「必ず遂行してみせます、エヴノス様」

「うむ。だが、かなりの抵抗が予想されよう。家臣が不必要に傷付くのは、我の胸も痛むというものだ」

「過分なお言葉……。ありがとうございます。ですが、我が輩は粉骨砕身――――」

「少し我がお前を強くしてやろう」

「へっ?」


 エヴノスはブラムゴンの頭に手を置く。



 【悪名エヴィル・ネイムド】――――ダークブラムゴン。



 その瞬間、ブラムゴンの身体に黒い稲妻が駆け巡った。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ブラムゴンの肌が黒く、そしてさらに禍々しく変色していく。

 身体もまた肥大し、口から毒のような紫色の息を吐き出し始めた。

 目尻が鋭く釣り上げり、虹彩はなく黄色く濁っていた。


「我がダイチのスキルを研究し、昇華した魔法だ。気分はどうだ、ブラム――いや、ダークブラムゴンよ」

「なかなか良いですぞ、魔王様。この力、大切に使わせていただきます」

「うむ」


 ブラムゴンは改めて平伏し、そして部屋を出て行った。



 ◆◇◆◇◆



「良いのですが、あのような下賤な魔蛙族に、大魔王抹殺を命じて」


 ブラムゴンと入れ替わるようにアリュシュアが、執務室に入ってくる。

 早速とばかりにエヴノスの熱い胸板に、自分の頬を押し付けた。

 そっとその細い肩を抱いたエヴノスは、ニヤリと笑う。


「大魔王抹殺? はて、我はそんなこと一言もいってないぞ」

「ま――。悪いお方」

「いざとなれば、あの魔蛙族ごとローデシアに処罰させればいい」

「ふふふ……。蜥蜴の尻尾切りならぬ、蛙の尻尾切りね――――あら、そういえば蛙に尻尾ってあったかしら」

「そんなことは知らんよ」


 エヴノスは執務室にあるソファにいざなうと、アリュシュアを抱く。

 不敵に微笑むサキュバスの唇を塞ぎ、その豊満な身体を貪るのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


次回、決戦のターンです。


面白い、決戦楽しみ! と思っていただいた方は、

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