第22話 きみの なまえは

 一方、獣人の住み処では……。


「むふふふ……。楽しみじゃの」


 卑しい笑みを浮かべたのミャジィだった。

 周りには獣人族の有力者も集まっている。

 皆、ミャジィと同じ顔をして、ほくそ笑んでいた。


「ミャジィ殿、よく考えましたのぅ」

「まさかあの大魔王とミャアを一緒に行かせるとは」

「最初驚きましたが、ミャジィ殿の真意を聞いて感服しております」


 ミャジィを称える。


「これで我が獣人族も安泰じゃ!!」


 獣人族の長は、白髭を撫でながら「ほっほっほっ」と笑った。



 詳しく聞かせていただきましょうか……。



 その冷たい声は住み処の一画にあるミャジィの部屋に響いた。

 薄暗がりの中から現れたのは、ステノ、ルナ、チッタだ。

 ステノとルナは、集まった獣人族を蔑むような視線を送っている。

 その横で、チッタは『キイィィイ!』と鋭い怒りを獣人たちに向けていた。


「な! いつからそこに!!」

「ずっといましたよ。あなたたちの会話はすべて聞かせていただきました」

「どういうことか説明してもらいませんか?」


 ルナはミャジィの胸ぐらを掴む。

 ミャジィは抗うがびくともしない。

 如何な獣人といえど、今や人族の10倍以上の力を持つルナから逃れることはできなかった。


「わかった。話すから離してヽヽヽヽヽヽヽ――――なんちゃって」

「まだ余力があるようですね」

「わぁぁぁあああ! わかったわかった。殺さないで、暴力反対!」


 ルナはミャジィから手を離す。

 かなりの高齢の割に思いの外元気なミャジィは、やれやれと首を竦めた。


「さすがは大魔王様の連れだの。すごい力じゃわい」

「時間稼ぎはやめて下さい」

「今度はチッタに噛みついてもらいますか?」

『ガウッ!』


 チッタは変身し、成獣バージョンになる。

 獰猛な牙を見せて威嚇した。

 ミャジィ以下獣人たちはたちまち竦み上がる。


「わかったと言っただろう。実はのぅ――――――」


 理由を聞いたルナとステノの顔が、一気に青ざめる。

 ルナは髪を振り乱し、ダイチが向かった嘆きの洞窟の方を向いた。


「ダイチ様……」


 無事を祈るのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ミャアの耳がピクリと動く。

 身体が小刻みに震えていた。

 どうやら、ミャアも聞こえたようだ。


「聞こえたな、今」


 確かに聞こえた。

 ひきかえせって……。

 風の音というには、かなりはっきり聞こえた。


 俺は構わず進む。

 すると、ミャアが耳を立てた。


「みゃ! まだ進むのかみゃあ?」

「進むよ。そうじゃないと、ミャジィさんたちに信じてもらえないからな」

「ひきかえせって言ってるみゃあよ」

「それはわかるけど、ひきかえせって言われて、ひきかえすほど日本人は真面目じゃないよ」

「にほんじん?」

「い、今のは忘れて」


 ダンジョン。

 試練。

 そして「ひきかえせ」。


 これが揃って、引き返す日本人はいない。

 むしろこの先には絶対に何かあるはず、と思うはずだ。


 俺はさらに奥へと行こうと歩みを進める。

 だが、負ぶっているミャアが震えていることに気付いた。


「ミャア、やっぱり怖い?」

「そ、そんなことないみゃあ……」


 反論するけど、その声は弱々しい。

 最初出会った時の元気はない。

 まるでダンジョンに生気を吸い取られたかのように、別人になっていた。


「じゃあ、引き返そうか」

「え? でも、お前が引き返したら――」

「ミャジィさんに怒られちゃうかな。でも、ミャアがこんなに怯えているのに、奥へは進めないよ。かといって、ミャアをここに置いておくのも心配だしな」

「――――みゃあ」

「ん?」

「ダメみゃあ!! それじゃあ、昔のミャアと同じみゃあ!!」

「昔の?」


 俺はミャアから事情を聞いた。


 ミャアも昔、この嘆きの洞窟の試練を受けたそうだ。

 次の獣人の長になるために。

 けれど、怖くなって引き返してしまったのだという。


 勇敢に見える獣人族だけど、獣人ゆえに警戒心も強い。

 暗い未知の領域、イレギュラーな事故や現象に対して、種族の本能が拒否してしまうようだ。

 だからこそ、嘆きの洞窟は獣人たちの試練となっていた。


 ミャアが俺たち人族を過剰に警戒するのも、警戒心の強さの表れなのかもしれない。


「ミャアはあの時引き返したことをとても後悔したみゃあ。だから――――」

「俺には後悔してほしくない?」


 ミャアはこくりと頷く。


「ミャアは優しいね」

「みゃっ!!」


 突如、ボンと音を立てて、ミャアの顔が真っ赤になる。

 体温が一気に上がっていくのを肌越しに感じた。


「勇気も長には必要だ。でも、時に多くの人を守るための警戒心、そして優しさは誰かの上に立つ者にとってとても必要な素養だと思う」

「ふ、ふんみゃ! お前に長の何がわかるみゃ」

「そうだね。俺は獣人の長じゃないけど……。これでも元大魔王だからな。種族の長としては、ミャアよりも経験値があると思うぞ」


 俺はニヤリとミャアに笑いかける。

 ミャアは一瞬ぼうとしてから、何度も顔を左右に振った。


「どうしたの?」

「な、なんでもないみゃあ!」

「それより早く先に進むみゃあ!!」

「いいの?」

「いいみゃあ! ここで戻ったらみゃあも怒られるみゃあ!!」


 ようやくミャアらしくなってきたな。

 俺はつい嬉しくてクツクツと笑った。

 すると――――。



 ひきかえせ……。



 またあの声が聞こえる。

 ミャアはいち早く反応した。

 だけど今度は、大げさに騒ぎ立てるようなことはなかった。


「行こう」

「みゃ!」


 俺たちは洞窟の奥へと向かった。




 洞窟の奥に広がっていたのは、大きな空間だった。

 かなり広い。

 村がすっぽり入りそうだ。

 もしかしたら、何かあった時の避難所に使えるかもしれないな。


 俺が感心していると、ミャアが突然指差した。


「ダイチ! あっち!!」


 いつの間にか「お前」から「ダイチ」へと昇格した俺は、言われるまま前を見る。

 そこにいたのは、1人の男だった。


 俺よりも小柄だが、筋骨隆々としている。

 真っ黒なオーラを纏い、獣のような息を繰り返していた。

 よく見ると、その四肢には枷のようなものが嵌められている。


 やがて背中を向けて蹲っていた男は、ゆっくりと俺とミャアの方へ振り向いた。


 赤黒い目を見て、俺とミャアは同時に息を飲んだ。


「おまえらぁぁぁぁぁああああ! ひきかえせっていっただろうがあぁぁあぁあ!!」


 絶叫する。

 その凄まじい魔力を見て、俺は1つの推測に思い至った。


「まさか精霊??」

『はい。間違いありません!!』


 答えたのは、ドリーだ。

 そう言えば、俺と一緒だった。

 弱ったな。

 あの恥ずかしい台詞を聞かれたのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている時じゃない。


『彼はおそらく風の精霊ジンです』

「ということは、解放してやれば俺たちの味方になってくれる?」

『はい。ですが……』


 突如、ジンは激しく暴れ出す。

 四肢についていた枷を無理矢理引きちぎった。


「やった! 自分で封印を……」

『いえ……。もはやあの封印は――――』


「ぐおおおおおおおおおおおおお!!」


 ジンは吠える。

 さらに魔力を解放すると、幾重にも突風が巻き起こった。

 さして広くない空間で、風は縦横無尽に暴れ狂う。


「くっ!!」


 踏ん張ってないと、今にも吹き飛ばされそうだ。

 昔、風速30mの暴風雨を防災館で体験したことがあるけど、それよりも遥かに強い。

 やばい! このままじゃ吹き飛ばされそう。


『やはり呪いを長時間浴びたせいで、すでに理性が……』

「ドリー、君の声で正気に戻せないか?」


 ドリーとジンは互いに精霊同士。

 何か言葉をきっかけに戻すことができるかもしれない。

 だが、そんな淡い推測はすぐに打ち砕かれた。


『残念ながら、今の私では……』

「じゃあ、元に戻す方法は?」

『ルナさんの力があれば、あるいは――』


 こんなことなら、連れてくれば良かった。

 でも、後悔先に立たず。

 今は耐えるしかない。

 でも――――。


「くそ! 吹き飛ばされるぞ!!」


 そう言った矢先、突然身体が楽になった。


「大丈夫かみゃあ!!」


 気が付けば、ミャアが立って俺の背中を押してくれた。

 ミャアは足の爪を立てて、踏ん張っている。

 なるほど。それなら俺よりもずっと耐えられるわけだ。


 だが、風はさらに強くなっていく。


「ミャア! 一旦退こう! 俺たちだけじゃ、太刀打ちできない。戻って、ルナを――――」

「いやみゃあ!」

「大丈夫。洞窟の奥まで来ることができた。ミャジィさんだって」

「ダメみゃあ!!」


 ミャアは頑なに首を振る。


「意地になるな、ミャア!」

「意地にもなるみゃ! この精霊を今ここで解き放ったら、きっと獣人族も危なくなるみゃあ」

「ミャア……」

「獣人族を守るためにも、ここに抑え込んでおく必要があるみゃあああああ!!」


 絶叫する。

 俺は思わず笑ってしまった。


「ふふ……」

「な、なんみゃ? こんな時になんで笑うみゃ!!」

「ミャアは凄いなって思っただけさ。君はもう十分長としての素質がある」

「みゃ?」

「ミャア、1つだけ打開策があるって言ったら、どうする?」

「何か方法があるみゃか?」

「ああ……」

「教えてくれみゃ! ミャアはなんでもするみゃ!!」

「そうか……。じゃあ…………」


 俺は風を背にし、ふんばりつつ、ミャアの頭に手を載せた。



 【言霊ネイムド】。



「君の名前は、ミャアだ」


 その瞬間、光が空間に満ちる。

 強い光芒はまるでジンに取り憑いた呪いを振り払わんばかりに広がった。

 やがて、ミャアの前にステータスが出現した。




  名前  : ミャア

 レベル  : 1/90

    力 : 33

   魔力 : 14

   体力 : 27

  素早さ : 34

  耐久力 : 19


 ジョブ  : ナックルマスター


 スキル  : 正拳突きLV1




 出た!


 基礎能力高っっっっ!!

 レベル1で、この数値の高さは異常だ。

 ここら辺は種族の補正が入っているのだろうか。

 特に力と素早さが高すぎる。


 何よりもジョブ付き。

 ナックルマスターは、魔族側にもあったジョブだな。

 育てていけば、Sランク相当の魔獣も素手で倒すことができる。

 最初から備わっている正拳突きは、かなり火力があって、この後覚える『ためる』と合わせれば、低レベルでも高位ランクの魔獣を無双できるほどだ。


 間違いなくSSR! 星5のステータスだった。


「な、なんだこりゃ!」

「落ち着いて、これはミャアの潜在能力だ」

「潜在能力? でも、そういえば力がわき上がってくるような」


 ステータスを暴くと同時に、ジョブの効果やスキルの効果が自動的に加算されるようになる。

 おそらくミャアが感じているのは、ナックルマスターの補正値だろう。

 間違いなく、「力」は33以上の能力を持っているはずだ。


「これなら……。なあ、ダイチ。少しの間、耐えられるかみゃ?」

「ああ。俺も同じことを考えていた。1発、あの精霊にぶち込ましてこい!!」

「言われるまでもないみゃ!」


 ミャアは地を蹴って走り出した。

 風速50メートル以上ありそうな暴風の中を、まさしく風のように駆け抜ける。

 「力」の上昇によって、前へ進む推進力も上がったのだろう。


「いけぇぇぇええええええ!! ミャア!!!!」


 俺は叫ぶ。


「みゃああああああああああ!!」


 ミャアも雄叫びを上げて、ジンに迫る。

 大きく腕を振り上げた。


「くらえみゃ!!」



 正拳突き!!!!!



 ミャアの拳は、ジンの顔面に突き刺さるのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


いつも読んでいただきありがとうございます。

引き続き更新して参りますので、

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