三日目・4

 この二日で皆の行動がだいぶ決まってきた。士郎がいなくなったこともあるが、ゆかりは食後すぐ部屋に戻る。純、凛子、冴子はコーヒーをすすりながらおしゃべりに興じる。オーナー夫妻は仕事があり、俺もアルバイトとしての仕事をしなければいけない。俺の場合は時間が空けば休憩してもいいので楽だが、ペンションの持ち主であるオーナー夫妻は気が気ではないはずだ。休息することも許されない。


 極力手伝おうとはしているが所詮アルバイトでは限界があった。などという甘い考えが一瞬で吹き飛ぶほど忙しかった。ペンション内の掃除だけでも一人だとかなり時間がかかる。本来であれば宿泊客は十時にはチェックアウト、次のチェックインは十五時だ。その空き時間は客の目を気にしないで仕事ができる。だが今は常に客の目を気にして仕事をする必要があった。自分の家なのに自由に行動できないのと同じようなストレスを感じていた。息が詰まりそうになりながら、それでも俺は手を動かし続けていた。


 一息つけたのは十七時前だった。身体はくたくたに疲れていた。一時間もすれば食事の時間だが考えたくもなかった。オーナー夫妻の動きも目に見えて鈍くなっていた。疲れが全身から滲み出しているようでいつもの元気が感じられない。数時間に一度の休憩では休まらないのだろう


 食事どきになって宿泊客が降りてきた。ゆかりは冴子に支えられていた。今朝よりも顔色がよくなっていた。


 つつがなく夕食が終わり、昼と同じように宿泊客が好きなように動き始めた。けれど、ゆかりをこのまま部屋に行かせていいものかと疑問に思った。


「あの」


 階段に足をかけようとしていたゆかりに声をかけた


「なにか用事? 部屋に帰って眠りたいんだけど」

「その、一人にならない方がいいと思います」

「私は一人になりたいの。ほっといてくれない?」


 吐き捨てるように言い、ゆかりが階段を上っていく。このまま行かせてはいけないと、なぜだかそう思った。


「士郎さんと早苗さんの関係性が見えてません。早苗さんが殺された理由も、士郎さんが殺された理由もわからないんですよ」

「それがなに?」


 態度は悪いが話しかければちゃんと返事をしてくれる。また一つ、この人のことが少しだけわかった。


「動機がわからないんです。動機がわからないってことは、ゆかりさんが狙われるかもしれないんです」

「狙われるかどうかもわからないじゃない」

「まだなにもわからないから一人にならない方がいいんです。内部犯にしろ外部犯にしろ、集団で行動していれば犯人も行動できません。一人になれば犯人にそのチャンスを与えてしまうんですよ」

「私、殺されるようなことしてない」

「じゃあ士郎さんは殺されるようなことをしてたんですか?」

「それは、わからないけど。憎まれるようなことをする人じゃない」

「そういうことです。憎まれてもないのに殺されたんです。だから寝るまでは集団行動した方がいいと思います」


 怪訝そうに俺のことを見下ろしていた。やがて目を閉じてうなり始めた。もう一息だと思った。


「俺からのお願いってことで、極力みんなと一緒にいてください」

「なんでアンタがそこまで真剣になるの? 私とアンタは知り合いでもなんでもないでしょ」

「知り合いじゃないからって死んで欲しいとは思いませんよ。当然生きていて欲しいし、怖がって欲しくないんです」

「だからお願いって? 友達でも家族でもないのに?」

「誰にも死んでほしくないんです。当然、ゆかりさんにも。だからお願いします。俺に貸しを作ったと思って」


 頭を下げた。この行動が正しいかどうかは不明だが、ゆかりはきっと言うことを利いてくれる。そんな気がしていた。


「なんなのよ、もう」


 彼女はため息をつき「わかった」と階段を降りてきてくれた。すれ違うときに「ずるい人」と言われた。急いで振り向くと、ゆかりは薄く笑っていた。久しぶりに見た彼女の笑顔は、なんだかやけに輝いて見えた。


 凛子たちがいるテーブルにつくのが見えた。これでしばらくはいいはずだ。


 死んでほしくないというのは事実だ。けれど加害者である可能性だってある。その可能性を少しでも下げるためには、やはり集団になってもらうしかないのだ。被害者としての確率も、加害者としての確率も確実に下がるはずだから。


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