三日目・3

 電話線を修理し警察に連絡を入れた。と言っても電話をしたのはコウちゃんだ。現状をかいつまんで説明していた。積雪が高くペンションから出られないこと、二人の人間が死に、それが自殺に見えないことなどだ。警察は地域住民と協力して除雪を進めているが、山奥となるとまだ時間がかかるらしい。現場の保全につとめ、極力集団行動するようにと言われた。最低でもあと二日はかかるだろう、とも。


 電話は全員がいる前で行い、受話設定もスピーカーにしてあったので同じ内容を聞いている。肩を落としたのは、ここでも冴子と凛子以外だった。


 全員が食堂に集まっていた。まだ朝食を食べていない者には、コウちゃんがトーストとスクランブルエッグを出してくれた。


 昨日と同じように冴子が食堂の厨房側に立った。手帳を取り出して状況を説明してくれた。


 死亡推定時刻は十二時から三時。絞殺による窒息死が直接の死因である。身体の一部に打撲痕が見られるが、死後に付けられたものと思われる。凶器は電話線で、発見現場は楓の間、マットレスの下で丸められていた。楓の間は現在使われていないので、鍵は管理人室に置いてあった。エアコンは依然として壊れたままなので、長時間部屋にいることは難しい。窓が結露していないことから、他の手段で部屋を暖めたとも考えにくい。殺害場所は不明だが、死体を落とすためだけに使われたとは考えづらい。というのが冴子の所見だった。


「ドアの窓からは指紋は検出されてない。暴れた跡はないけれど、士郎さんを引きずった跡も見つからなかった。ただし、窓の一部の雪が落ちていたので、楓の間から落とされたと考えるのが自然かと思います」


「はい」と純が手を挙げた。「どうぞ」と冴子が返す。


「楓の間は使われておらず、鍵はずっと管理人室にありました。犯人はどうやって部屋に入ったんですか?」

「軽く見た感じだけど、鍵穴に傷がついていたわ。ピッキングされた可能性が十分に考えられる」

「では楓の間から落とした理由は?」

「それも謎なのよね。考えられる理由としてはいくつかある。発見を遅らせたかった、殺害場所を楓の間にしたくなかった、とかね。あとはそうね、暴れた跡がないからトリックっていう可能性もある」

「トリックを使う上で必要だった、と」

「可能性としての問題だけどね。正直、現状だとまだ情報が足りないわ。もう少し現場を確認したいところね」

「楓の間ですか?」

「そう。でも他の部屋も確認した方がいいわね。思わぬ発見から殺害方法が見つかるかもしれないから。誰か反対する人はいる?」


 手を挙げる者も反論する者もいなかった。この場においての最高齢は冴子だ。そして知識を持ち合わせているため統率するには十分すぎる。だからこそ彼女の言葉には重みがあった。断れない、断らせない圧があった。ゆかりも反論する気力を失っていた。口うるさくないのはありがたいが、気の毒だなという思いの方が強かった。


「それじゃあ恵悟くんの部屋から行きましょう。いいわよね?」

「ええ、別にいいですけど」

「エッチな本とか置いてない?」

「持ってきてませんから」


 スマートフォンに入れてあるから、とはさすがに言えなかった。


 俺が泊まっている百合の間から、時計回りに部屋を調べていった。順番的には俺、冴子、早苗、遊戯室、楓の間、ゆかりと士郎、純と凛子だ。


 全員が狭い部屋に入るというのは異質の光景だった。自分が泊まっている部屋となれば余計にそう思う。ドアノブから始まり鍵穴やドアの側面を観察。かと思えばクローゼットを開いてコートのポケットまで確認していた。小さな懐中電灯を使いながらマットレスの下、ベッドの下、ベッドの足など見ていた。窓を開けて顔を出して上下左右を見渡す。テレビの裏、電気ポットの中、そしてバッグの中まで見られた。人に見られて恥ずかしい物はないが、汚れた下着だけはさすがに勘弁して欲しかった。


 そんなことを一部屋一部屋繰り返していった。女性のバッグの中は女性だけが見る、という決まりだけはどうしても納得できなかった。なぜならば男性のバッグは男性も女性も見たのだから。下心があるわけではないが腑に落ちなかった。


 冴子はなにか新しい発見をする度に手帳に書き込んでいた。部屋が変わる度にペンを走らせていた。真剣な眼差しを見ていると、質問をするのも躊躇われた。


 全員の荷物を調べたがこれといったものは出てこなかった。着替え、化粧品、タオル、充電器、スナック菓子、酒、つまみ、頭痛薬や絆創膏。荷物の大半を着替えが占めているため、こんなものかという感想しか出てこなかった。ちなみに俺の持ち物も着替えや充電器、タブレットPCくらいなものだ。必要なものが出てくればオーナー夫妻に借りればいい。着替えだって洗濯させてくれるので、必要以上には持って来なかった。


 再度食堂に集まり情報交換をする運びとなった。が、情報といえるようなものは特に出てこなかった。古いペンションなので傷や凹みがあるのは当たり前のこと。持ち物に関してもおかしなところはなにもない。早苗殺しも士郎殺しも進展が見られない。


 ゆかりがガタガタと震え出した。次は自分かもしれないという恐怖からだろう。それでも士郎と面識があったのはゆかりだけで、それ以外の人間が殺しをするとなればそれなりの動機が必要になる。士郎殺しに関してはゆかりが一番の容疑者で、きっと彼女はそれに気がついていない。


「さて、調査も済ませたことなのでアリバイを整理していきましょう。警戒しないで欲しいんだけど、アリバイがないからと言って責められることはありません。もしも責める人間がいれば私が間に入ります。アリバイがないから犯人だ、なんて言ってたら冤罪が横行してとんでもないことになりますから」


 冴子は口元に笑みを浮かべた後、自分のアリバイを話し始めた。


 俺と別れたのが二十一時過ぎ。そこから部屋に戻り、純や凛子と一緒に風呂に入った。二十二時前には風呂から上がって自室へ。二十四時過ぎに遊戯室に行くと士郎が酒を飲んでいたので、一時まで酒を飲み、それから自室に戻って就寝。つまり死亡推定時刻のアリバイがないということになる。


「アンタ、シロちゃんと二人で飲んでたの?」


 ゆかりがふらふらと立ち上がった。朝は喚いていたが、どこか具合が悪そうだった。泣きつかれたというのと、精神的ショックが原因だと考えられる。


「士郎さんにもいろいろ考えることがあるみたいね。本当はアナタと二人で飲む予定だったんでしょう? 勘違いしないで欲しいんだけど、私はなにもしてないわ。誘ったというか、そこにいただけという方が正しい」


 ゆかりは舌打ちをし、また俯いてしまった。


「ゆかりさんはすぐ寝ちゃったのよね?」

「そうよ。ちょっとお酒飲んだら眠くなって、シロちゃんも寝ていいっていいうから」

「わかったわ。次はケイゴくんお願い」

「俺ですか。そうですね、十二時にコウちゃんと交代して、十二時過ぎに純と凛子と一時間くらい酒を飲んでました。眠くなって来たからって純に言われて、問答無用で追い出されました。正確な時間はわかりませんが、確実に二時前には部屋に戻って、すぐに眠っちゃいましたね」

「昨日と似たような感じね」

「年上のお姉さんの誘いを断るのって苦手なんです」

「そっちの方が人生上手くやれるかもね」

「ありがとうございます」と言うと、冴子が「ふふっ」と笑っていた。

「昨日も浩二さんと交代だったのね」

「今週はコウちゃんの当番なので、しばらくはコウちゃんと交代になるかと」

「純ちゃんと凛子ちゃんとは妙に仲がいいけど、元々知り合いだった?」

「いえ全然。凛子とは年が近くて、大学は違うけど学生同士なんです。純が誘ってくれたのもそれが大きいかと」

「夜中に起きてトイレには行った?」

「行ってません。起きたら朝でした」

「わかったわ、ありがとう」


 冴子は相変わらず手帳にメモを取っていた。あの手帳にはアリバイ表のようなものが書かれているに違いない。


「それじゃあ次は純ちゃんお願い」

「はい」と、これまで聞いたことがないようなトーンで純が返事をした。

「十時前にリンちゃんと冴子さんとお風呂から上がって自室に戻りました。そこからテレビを見ながらリンちゃんと酒盛りをして、ケイゴが来るのを待ってました。ケイゴの部屋に付箋を張り付けておいて、終わったら来て欲しいとメモを残してました。ケイゴと一時過ぎまで酒を飲み、ケイゴが出ていってからすぐに寝ました。途中で起きてトイレに行くってこともありませんでした」

「基本的に凛子ちゃんと一緒なのよね」

「そうなりますね。部屋も一緒だし、行動も一緒にしておけばお互いのアリバイが立証できますから。まあ近親者なので成立するかはちょっと微妙ですけど。どちらかというと襲われないようにするために一緒にいる、という方が正しいかと思います」

「じゃあ二人のアリバイは同じ、と。凛子ちゃんはトイレに行った?」

「行ってないわ。一度寝たらなかなか起きない」


 いきなり話を振られたにも関わらず、凛子は間髪入れずに応えていた。予想していたのか、単純に頭の回転が早いのか。もしくはその両方。


「次は浩二さんお願いします」

「俺ですか。十二時に恵悟と交代して、録画しておいた映画を見てました。普段だと映画なんかを見る時間もありませんから。カウンターの前を離れるわけにはいかないというのも理由の一つですね。宿泊客に勝手に外に出ていかれても困りますし。五時に香織が起きてきて交代しました」

「ずっと映画を見ていた?」

「途中からドラマに切り替えましたね。撮り溜めた分があったので」

「誰も降りて来ませんでしたか?」

「はい、誰も降りてきませんでした」

「聞き慣れない物音とかもなかった?」

「そういうのもありませんでしたね。部屋は防音ですけど、廊下でなにかがあれば気付くと思います。廊下は音の通りがいいので」


 ページをめくり、コウちゃんの供述を追記していた。コンコンとボールペンで頭を叩き、またペンが手帳の上で動き始めた。


「次は香織さんお願いします」


 カオちゃんは斜め上に視線を動かして、時間をおいてから喋り始めた。


「私は九時からずっと寝てました。起きたのは五時です。途中で起きて二階に行くとしても、必ずカウンターの前を通る必要があります。間違いなく旦那に目撃されますね」

「なるほど。二階に上がる階段は一つしかないんですよね?」

「非常階段はありますが、設置されているのはバルコニーなので私が行くことは不可能です。下から非常階段を出すのは出来ませんから」

「よくわかりました。これは香織さんを疑っている、というわけではないんですが、一応管理人室やオーナーのプライベートルーム、食料庫や地下室なども一度見せてもらってもいいですか?」

「大丈夫ですよ。少し散らかってるけど、そこに目をつむってもらえば」

「アリバイに関しての話はこれで終わりなので全員で行きましょうか。案内してもらえますか?」


 カオちゃんの顔からは「本当は嫌だけど」というのがよく伝わってきた。宿泊客とは違い、オーナー夫妻は完全に個人の空間を侵されるのだ。


 カウンターから管理人室へ、そしてオーナー夫妻の部屋に通された。オーナー夫妻はここを家にしているが、実際は山を降りたところにアパートを借りている。夫妻、娘、母の四人で暮らしているが、アパートを使うのはもっぱら夫妻の母と娘だった。狭い空間でも暮らしていかれるのは、余分な物がすべてアパートに置いてあるからだった。


 管理人室は机、イス、監視カメラのモニター、本棚が二つ、鍵を入れておく金庫しか置いてない。殺風景だが、整理整頓されているとも言えた。


 プライベートルームも、多少散らかってはいたが生活感はあまりなかった。ベッドが二つ、本棚が二つ、テーブルが一つにイスが二つ。あとは大きめの棚があり、テレビがあり、しかしその程度でしかなかった。食事は食堂でできるし、余計なものを置いておく必要がないのだ。コウちゃんたちは普通と呼ばれるような暮らしではないから生活感がわかない。


 プライベートルームの左手には物置のような場所がある。物置とは言うが、実際はクローゼットが置いてある。着替えやタオルなどをここに押し込むことで、プライベートルームを広く使えている。


 冴子はうんうんと唸りながら食料庫まで足を伸ばした。もちろん厨房も調べているようだったが、欲しているものは見つからなかったようだ。


 最後に地下室だが、ここはもっと見るところがない。電気系統の配電盤、ボイラー室、工具などが置いてある物置だ。地下へのドアも鍵がかかっているし、地下の部屋もすべて施錠されていた。南京錠での施錠ではあるが、コウちゃんの目を盗んで入ることは不可能だ。入ったところで地下でなにかできるとも思えなかった。


 再度食堂に戻って来た。時計の短針は十二を過ぎていた。


 コウちゃんが「座ってください。お昼にしましょう」と手を叩いた。宿泊客からは安堵の息が漏れていた。緊張していた顔の筋肉も緩む。憑き物が落ちたというよりは、怖い教師がいなくなって安心する学生のようだった。


 凛子が「手伝う」と行って服を引っ張ってきたが「大丈夫。今日は一人でやるよ」と言って座らせた。


 注文を済ませて、伝票を厨房へ持っていった。もちろん俺が食べる分も追記しておいた。


 純に手招きされ、彼女たち二人がいるテーブルについた。


 結局のところ、冴子がなにかを見つけたかどうかがわからないままだった。自分ではメモを取り続けていたがそれを教えてくれない。協力するつもりではあるし、調査だって手伝うつもりだ。にも関わらず、冴子は自分から情報を提示してくれない。


 そこで違う考えが浮かんできた。自分で考えろ、ということだとすれば合点がいく。ただし辻褄があったところで納得できるかどうかはまた別の話だ。助手ならばもっと寄り添って問題を解決した方がいい。


 イスに座り、背もたれに体重を預けた。天井を見上げて今までの流れを回想することにした。自分の記憶の中にある違和感や不審な点はないか。泡のように沸いた疑問を放置してはいないだろうか。行動でも言葉でも、引っかかった部分はないだろうか。


 そんなことを考えていると、厨房からカオちゃんの声が聞こえてきた。俺の名前を呼んでいる。


 ため息をつきながら立ち上がった。俺が食事を食べられるのはすべての配膳が終わったあとだ。それを嫌がるように腹が鳴った。腹を抑えて「働かざるものなんとやら」と厨房に向かった。

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