三日目・2

 全員で士郎の遺体を見下ろしていた。目は見開かれ、首には索条痕が見えた。確証はないが早苗と同じだろう。首を絞められて殺された。その後この場所に安置した。ちょうど楓の間の下だ。


 ゆかりは士郎の遺体に縋り付き、大声を出して泣いていた。不倫ではあるが、ゆかりは本当に彼のことを愛していた。そこから動こうとしなかったのでそのままにしておくしかなかった。


 ゆかり以外の面々は散策を始めた。入り口から始まり、雪に足跡が残っていないか、どうやって士郎をここに運んだのか、証拠となりうるものが落ちていないか。全員で周囲を見回るも、これといった証拠は見つからなかった。


 冴子が壁際を歩いていた。士郎の死体の前で止まり、顔を上げた。


「ああ、なるほどね」


 空を見上げた冴子が呟く。彼女が見ていたのは空ではなかった。現在は使っていない楓の間だった。


「なにかわかりました?」

「そうね、殺害方法は安城早苗と同じ。まあそのへんは死体をちゃんと調べないと確実なことは言えないけどね。もしかしたら背中から刺されたのかもしれないし」

「まずはゆかりさんをなんとかしないとダメそうですね」

「そっちは香織さんがなんとかしてくれるでしょう。ほらね」


 冴子が親指でゆかりを指した。ゆかりにダウンジャケットをかけるカオちゃんの姿があった。この人はどこまでお見通しなのだろう。近くにいる俺でさえ手の平の上で踊らされている錯覚さえあった。


 呼吸を整え切れていないゆかりの肩を支え、カオちゃんがペンションの中に入っていった。これで士郎の遺体を調べられる。すかさず、ゆかりとカオちゃん以外が遺体の前に集まった。遺体を触りたいとは誰も思っていない。しかし調べなければなにもわからないのだ。警察だっていつ到着するかわからないな状況で、物事を解決できるのは自分たちだけなのだ。全員で手を合わせてから士郎の身体を調べ始めた。


「死亡推定時刻は前回よりも少し早め、十二時から三時ってところかしら。首の索条痕以外の外傷が所々に見られるわね。たぶん死後についた打撲痕ね」


 指を曲げ、肘を曲げ、上着をめくりながら冴子が言った。


「死因は絞殺による窒息死ですよね? なんで殴る必要が?」


 彼女の隣にしゃがみ込み、そう言った。


「殴ったんじゃないのよ。これは落とされたときについたの」

「じゃあセーターが脱ぎかけで、手元で丸まってるのは? ジーパンも脱ぎかけだ」

「そこが最大の謎ではあるけど、たぶん落とすときに手足が変な方向に放り出されないようにするためね。あれを見て」


 指さされた方向に視線を向けた。楓の間だ。


「あの部屋だけ、窓際の雪が不自然に落ちてると思わない?」


 椿の間と桜の間の窓の下にはまだ雪が残っていた。しかし楓の間だけは窓の下の雪がなくなっていた。しかも一部だけ。自然に落ちた可能性はない。自然に落ちたのなら、窓の下枠に沿って、端から端までの雪が全部落ちるはずだ。


「殺されたあとにあそこから落とされたってことですか」

「たぶんね。ここにはなにもなさそうだし、あの部屋に行ってみましょうか。オーナー、マスターキーはありますよね?」

「ここにあります。でもあの部屋は使われてない部屋なんですよ?」

「一応見るだけは見ておかないと。さ、行きましょう」


 冴子に背中を押され、やれやれといった様子で歩き出す。コウちゃんの後ろからぞろぞろと室内に戻っていった。その姿が小学生の行進のようだった。


 コウちゃんが楓の間を開けると、中は普通の部屋だった。知らない人が見れば、なぜ使わないのか不思議なほどに整理も掃除もされていた。


「なぜここを使わないんですか?」


 冴子が手帳を取り出しながら言った。


「エアコンが壊れてるんです。修理に来るのは一週間後くらいだって言ってました」

「じゃあここには誰も入れない、と」


 手帳を片手に直進し、窓を開けて頭を下げた。冷たい風が吹き込んで、部屋の温度を一層下げた。


 所作に暇がない、とはこういうことを言うのかもしれない。行動に無駄がなく、なによりも迷いが感じられない。冴子の後ろ姿を見ていると、さぞ仕事もできることだろう。こんな人の部下になったら二つに一つ、デキる部下に育つか、差を見せつけられて辞めるかのどちらかだ。


 冴子が窓から離れた。今度は純が、次に凛子、コウちゃん、カオちゃん、そして最後に俺が覗き込んだ。楓の間の真下では、士郎が天を仰いでいた。


 急に胸が熱くなった。胸にこみ上げるものがある。殺され、投げ出され、放置され、こうして一人のけ者にされて天を見つめている。自分以外の人間が窓から顔を出して覗き込んでいる。見世物ではないはずなのに、いつの間にか見世物のような扱いをされていた。


 士郎はもう死んでいるが、胸がズキズキと痛んだ。きっと父さんも、こうやって見世物にされたんだ。でも見るなとは言えない。死人に、口なし。


 部屋の中を一通り見回った。マットレスの下で電話のケーブルを発見した。冴子は「これが凶器でしょう」と言った。おそらくはこのペンションで使われているものだ。これで電話が繋がる。絶縁テープを使えば電話線を繋ぐことができるはずだ。


 しかし、誰一人として喜んではいなかった。わかっているのだ、電話ができたところで警察は来ない。除雪が終わり、安全が確保されない限りはこのペンションにいなければいけない。二人の人間を殺した殺人犯と寝食を共にしなければならなかった。誰もが不安で疑心暗鬼だった。それを感じさせないのは冴子、そして凛子の二人だった。

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