黒い仔山羊と悲しいちょうちょ
でろでろに酔っぱらったお客を4人がかりでエレベーターホールまで連れ出した。
コイツを連れてきた営業のユウジ君とボーイのダイスケ君が両脇を抱えて、わたしは鞄や帽子の荷物餅。そばでヘルプの子が声掛けしながら、コイツをエレベーターに押し込もうとしている。ユウジ君は探り探り飲ませてるのに、ヘルプの子がちょいちょい煽った結果がこれだと思うと、結構しんどい。
そんな私達を見る冷静な視線を感じる。
それはある種の客の時に見せる「それってもはや仮面ですよね」って言いたくなる、ピシッと貼り付けたママの笑みが崩れる事は無いまま、ただ一言、言い放った。
「あのね、ユウジ君。楽しんで貰えるのは嬉しいけど、もうちょっと、ね? お願いね?」
ママの一言に直立不動の姿勢を取ったユウジ君は、バッと綺麗な姿勢でお辞儀すると「すいませんでした!」と叫んでいた。ママはめっちゃ怖い笑顔を張り付けたまま、右手を右頬にあてて、困ったような表情に組みなおしていた。パズルみたいに切り替わっていくママの顔は、真似したくはないけど尊敬はしてる。
「お互い、お仕事だから。ね?」
それを聞いたユウジ君はピンと背筋を伸ばして、ママに向かって最敬礼とばかりに腰を曲げて叫んでいた。
「はい! サーセン! ご迷惑をお掛けしました! ……あの、何とか、常務と専務にはご内密に…… オナシャッス!」
「貸し2ね。次でアウト、ね?」
「アザーッス! 失礼しまっす!」
ユウジ君、ユウジ君。後ろ向きにエレベーターに乗り込むほど逃げたいの? お、自称准教授、意識戻ったみたいよ? 背中を壁に預けたままへろへろと立ち上がったぞ? ユウジくーん! 閉じるボタン連打意味無いぞー!
そんな光景を見ながら、お見送りの挨拶をする。
「ありがとうございました。またね♪」
わたしがそう言うと、閉じつつあるエレベーターのドアの向こうから准教授のカレは、背筋を伸ばして手を振りながら「絶対また来る! またね!」とか言ってる訳ですが、来るならもうちょっと飲み方練習してから来て欲しい。
エレベーターのドアが閉じ切ったのを確認してから、お店に戻る。
わたしが気付かない間に、ダイスケ君はお店に戻っていたようだ。アイツらが荒らしたテーブルの後片付けを始めてた。
ママが腕時計をチラと見て、ヘルプの子にポチ袋を渡して言った。
「急なのにありがとうね。これは気持ち。アキさんにはちゃんとお礼を言っておくから、あがっていいわよ」
「ありがとうございます。ウチのママ、ご恩返しだからきっちり働いて来いって言って。あたし、ちゃんと出来たでしょうか?」
ヘルプが終わる時間になって、にこやかな会話のやり取りのはずなのに、匠の手にかかると、どうでしょう? 言葉の裏を探らずにはいられません。横で聞いてるだけの私の体感温度がグングン下がります。
今もママが、微笑みながらゆったりと頷いて応えた。
「もちろんよ。アキさん、いい子がいて羨ましいわ」
ママ……わたし今、軽くディスられてませんか? 言われたヘルプさん、チラッとわたし見ましたよ? 見えてないけど「ふふん?」ってセリフ出してた。聞こえてもないけど、絶対出してた。
その後、金曜だけど
言われるまま後片付けを済ませて着替えると、ママは済まなそうな顔をしてカウンターにポチ袋を置くと、すっと押し出してきた。
「嫌な思いさせてごめんね。アキちゃん、昔はこういう真似する子じゃなかったんだけど、なんだか迷惑掛けちゃったね」
自嘲する声色のママの言葉を聞いたら、何も言えなくなった。ホントは、今日シフトに入っているはずの二人が来れなくなったと、珍しいママの直電受けて出勤したら、知らない子がお店にいてびっくりした。
接客の手際はいいし、流しの相手もそつなくこなしてるから、わたしは単純に凄いなって思ってたけど、わたしの気付かなかったところで、ママの逆鱗をちょいちょい触れてたっぽい。静かに怒るママの声色に気付いたら、ポチ袋に手を伸ばせなかった。でもママもこれを引っ込める事はないだろうと知ってるから、ちょっと困っていたら、名案が浮かんだ。
「ママ。わたしちょとお腹空いてるから、一緒に夜食食べにいきませんか? ほら、ここに軍資金あるし!」
ポチ袋を手に取って、ママに笑いかける。
驚いたように目を見開いたママは、すぐに平静を取り戻してクスッと笑うと「そうね。それじゃすぐ支度してくるから、ちょっとだけ待っててね」と言ってバックヤードに入って行った。
知らぬ間にダイスケ君は閉店準備を終えていて、何も言わず一礼して帰って行った。
それからわたしとママは、24時間営業のお寿司屋さんでちょっとつまんでから、わたしの知ってるバーに行ってお酒を楽しんだ。
さっき食べた中トロは微妙だったとか、アナゴのツメは良かったとか、取り留めない話をした。お店の話になって、常連のゲンさん最近見ないねと言ったら、わたしがいない時に来ては、わたしがいないとブーブー言いながらほどよく飲むと、まだ残っているボトルを入れ直して帰ってくと聞かされた。ゲンさん、目当てのわたしのシフトくらい覚えてよと思ったら、なんだか可笑しくなって笑っていた。
そんな小さい事を一つづつ重ねるように話していたら、
朝日が昇るにつれて街が色付くさまを綺麗だなって思っていたら、隣でママが楽しそうに笑いだした。おや?どのツボに入ったの?とママの顔を覗き込むと、ママは私に目もくれず笑い続けた。
ひとしきり笑い続けて気が済んだのか、すぅっといつものママの顔になると、わたしの方を見てニコっと微笑んだ。その顔は、まるでお母さんみたいな、優しさと慈しみに満ちた柔らかな笑みだった。
「せっかくボーナス出したのに。まったくもう。でもありがとう。なんだか、くさくさしてたから、助かったわ」
わたしに見えるママの顔は、何かを吹っ切った顔してる。わたしも吹っ切られた側にいるように思えて、いやだ!って叫びたくなった。
いやだ! その顔はいや! だめだよ! そんな顔したらダメ!
思わず両手でスカートを握りこんで、ママの顔を見ていた。
それに気づいたのか、ママは表情を仕事モードに切り替えて、いつもの
「本当にありがとう。またヘルプをお願いするかも知れないけど、そうで無ければシフト通りでお願いね」
そう言ったママは、もうすぐ始発が動く時間なのに、タクシーに乗り込んで消えていった。
・
・
・
あの朝の事が忘れられないまま、次のシフトの日になった。あの朝、ゆっくり昇る朝日をを浴びながら、何かを吹っ切るようなママの顔が忘れられなかった。
結局、ヘルプ依頼は来なかった。私もかけるのが怖くてずるずるとシフトの日まで待っていた。
前のシフトで何かミスした時は、罪悪感からなるべく同伴するんだけど、今日はそんな気分になれなくて、開店準備の時間帯にお店に入る。
珍しく鍵が掛かっていた。ダイスケ君、外に出てるのかな?と思いながら、久しぶりに鍵を開けて店内に入ると、明らかに場違いな男の子がカウンターに座っていた。
ドアに付いてるベルがカランと音を立てるのに、男の子はじっと前を見て座っていた。
なに?この子?と思いながら近づくと、私の視線に気付いたのか、顔をゆっくりこちらに向けると、じわじわと嬉し気な顔をして私を見てきた。
やけに赤い唇の両端を吊り上げるように歪めて、いやらしい笑みを浮かべながら、その真っ白な肌はマネキンかフィギュアのような気色を失った冷たさがあった。私を見る緑がかった黒い瞳は、私の全てを見透かそうとするようで、背筋に冷たい電気が走るようで気持ち悪い。
よく見ると、その子は執事のような艶やかな黒の燕尾服に白いシャツをきちんと着こなしていて、真っ赤なリボンタイが襟元で存在感を主張しいる。わたしには、とてもこの世の者に見えなかった。
無意識に足が止まる。バーのカウンターに腰掛ける男児から目を逸らせない。んん? ちがうよ、そういう意味じゃないよ。だっておかしくない?
開店前のバーカウンターに4歳くらいの男の子が座ってるは、十分おかしいでしょ?
それ以上に……
この子、
その子が私を見ながら首をかしげると、強いウェーブのかかった黒髪がぱらりと額に落ちた。その美しさに目を奪われそうになったのに、波立つようにうねる髪を抑えているように見えた2つの大きなバネッタが、私の視線こ釘付けにした。バネッタに見えたそれが、この子から生えている2本の角の角だと気付いたら、強引に
規則的なうねりは年輪みたいなものなのか、動物園で見た草食動物の角を思い出させる。でも、この男の子が頭に乗せているのはバネッタじゃない。ましてや、お洒落でそれを乗せているんじゃないことは見ればわかる。だって根元は、うねった黒髪の中に入り込んで、まったく自然だったのだから。
「き……み…… なに?」
私が震えながら絞り出すように声にすると、男の子は視線を動かさずに数度瞬きすると、一人で納得するようにうんうんと頷いてから話し出した。
「お姉さんが、どうして僕が見えてるのかわかんないんだけど、でも、そういう人もいるって知ってるから、僕も驚かないよ?」
わたしは今、目の前で、スナックのカウンターで自信満々に胸を張る男児にドン引きしている。何か得意げに喋っているけど、何も理解できない。なにこいつ? この子供に見える何かはナニ?
思わず後ずさりする。怖い。この小さな男の子に見える何かが怖い。
二歩、三歩と後ずさりして、ドアに背を預ける。恐怖で見ている事しかできなかった。
なのにそいつは私を無視したまま、カウンターに置かれた皿に山盛りのチョコを次々と口に放り込んでる。もごもごと口を動かしてから話し出した。
「うーん。お姉さんはちゃんとお姉さんでしっかりしてるのに、それでも僕が見えてるんだね。不思議だなぁ……他のお姉さん達と違って、そこはちょっと驚いちゃった」
「何……を……言ってる……の?」
「えー? 難しいなぁ……。 あのね、お姉さんと違うお姉さんとお話したの。うぅん、お姉さんはちっともふらふらぐらぐらしてないから、お話出来てるのがヘンなんだけどね。あのね、少し前にお話したお姉さんがね、ちゃんと僕のお話聞いてくれてね。それでね……」
体が宙に浮くような感覚を覚えた。それは浮遊感じゃなくて、どこまで落ち続ける感覚に似ていた。
にこにこと得意げに、ペラペラと身振り手振りを交えて喋る内容は聞くに堪えなかった。怒気と嫉妬、悋気と怨嗟に満ち満ちた呪いの言葉を、鈴が鳴るような軽やかな声で、奏でるように語っていた。
ヤバい。吐き戻しそう。こいつの喋ってる事はマズい! なんでこんなに、軽やかに世界を嫌えるの? どうしてそんなにあどけなく、この世を見限ってるの?
吐き気を我慢できず口を抑えながらそう思っていたら、そいつはさらに続けた。
「お姉さんも優しいんだね。あのお姉さんもすごく優しかったよ。でもあの日、急にどうしても我慢できなくなったんだって。僕はお手伝いしかできないから、精一杯お手伝いしたの。それでね、全部終わったらね、お姉さん、嬉しそうな悲しそうな顔をして泣き出して。でも、最後はありがとうって言ってくれたよ!
だからねぇ、僕も嬉しかったんだ! だって、そんな風に言って貰えたの、久しぶりだったから」
初めの歪さの無い、喜びを素直に浮かべた満面の笑みに、わたしは我慢できなくなってゲーゲーと吐き出した。ぐちゃぐちゃになった考えも気持ちも全部吐き出したら、少し楽になった
汚れた口元を思い切り腕でぐいと口を拭って、両足に力を入れて踏ん張りながら私は言った。
「あんた、何しちゃってくれてんの!?」
得意げに喋ってた角の生えた男の子は、きょとんとした顔でわたしを見返してた。
ふーっと大きく息を吐き出すと、わたしは両腕を組んで宣言した。
「だーかーらー、おまえ、誰に何しちゃったんよ? 事と次第によっては、おねえさん、マジで折檻するかんな!」
ええー!?って声を上げたと思ったら、じりじりと後ずさってビビってる。
お、予想外に効果てきめんだった。椅子から落ちるかな?って思ったら、そこまで間抜けじゃないらしい。低い背もたれに体を預けながら、出来るだけ距離を取ろうとしてる。いや、それなら椅子からは降りようよ?と思っていると、距離が取れない事に慌てたのか、かなりキョドってる。
キョドってるところにずいっと顔を近づけると、その分後ろに下がろうとするのに首だけ動かすから全然下がれてない。
ちょっと! よく見たらもう涙目じゃん! 私ちびっこ脅してるみたいで気分悪い!
いやその前に、なにこの子! めっちゃ可愛くない!? さっきまでの気持ち悪さなに? 涙目でぷるぷる怯えてるポーズ、めっさ可愛いんですけど!? あ、怯えさせてるのわたしか? あー、いやスマン。犯人わたしだわ。
でもこれすごくね? さっきまで
「だって、お姉さんが言ったんだもん! そういう契約だったんだもん!」
目尻に涙を浮かべて幼児が言ってきた。薄々分かってたけど、この子、悪魔だ。そんで契約しちゃったのって多分……
「ねぇ、契約ってクーリングオフとか契約解除とか無いの?」
契約話にしたら少し落ち着いたのか、ちびっ子は虚勢を張るように座り直すと、私の目を見て言い返した。
「クーリングオフってわかんないけど、一回結んだ契約は解除できないよ?」
クッと真面目な顔をして言い切ってきた。目尻の涙がキラッとしてる。
おぅ、マジ可愛いな。この業界、子持ちってそこそこいるけど、息子たんきゃわ!とか娘たんラヴ!とか言ってるママ率結構高いのが、やっと分かった気がした。
ここまでクォリティ高い子は難しいとしても、自分の子がこんな感じで家にいたら、そりゃキツめの姐さんも塩い姐さんもデレるわ。
でも、がっかりした。
目の前のドチャクソ可愛い男児が、メタクソ屑い存在だと受け入れ切れない。
どこかで期待したのか、私の口から無意識の言葉が出ていた。
「そう、なんだ…… でも、どうにかしたいんだけど、できないかな?」
さっきの気持ち悪い悪魔っ子と今の小っちゃ可愛い男の子、どっちもホントのこの子だと理解させられていた。
私は一縷の望みを賭けて問い掛けた。
角を生やした男の子はチョコを口に放り込んでから、バーカウンターで腕を組んでうんうんと頷くと、わたしを誘うように首を傾げてこう言った。
「ねぇ、お姉さん。僕とお話してくれる?」
あ、コレ、あかんやつや。くりっと傾けた顔に浮かべてるあどけない笑みも、わたしを見る吸い込まれそうな深い黒色の瞳も全部罠じゃん! 知ってる。これにオッケーすると、魂持ってかれるやつだ。それで誰も救われないんじゃん? 知ってる。ド定番のヤツだ。
でもね、断るって選択肢も浮かばなかった。
わたしはママに何度も助けられてきた。あの日たまたま、私はいい事した風だったけど、それは自己満足だったと今は分かってる。
そこまでする義理は無いと、わたしの中のわたしがめっちゃ怒ってる。
「お話したら、どうにかなるの?」
思わず顎を上げて、メンチ切りながら話してた。
さっきと同じように腕組みしてうんうん言ってる角生え男児を、下から目線で窺うように視線を送ると、ひぇって声を出して怯んだ。
お、押してくのが吉?
「お話したら、方法はあるの?」
むむむと唸った角生え美男児が、閃いた!みたいな顔をして答えた。
「うーん…… すっごい難しいし、僕も怒られるかも知れないから、ちょっと……イヤ。かなぁ……」
そこは、あるよ! でしょ!? テレッ♪ テレッ♪ テー♪ってBGM脳内再生余裕でしょ? そうでなくても無くてもあるって言うとこじゃない? つか怒られるからヤダって子供か! あ、子供だわ。少なくとも見た目は。もじもじしてんじゃないの! 可愛いから許されるのは小っちゃい内だけ! ……ホント小っちゃくて可愛いな、お前。
なんかムカついてイラついて、ちょっぴり睨んだら、美男児悪魔が涙目で引き始めたぞ? 下手に出てたのにおかしい。
「分かったから! やり方は教えるけど、僕は手伝わないよ? 契約もしてないし」
「最初から素直になってりゃ良かったんだよ。で? どうすりゃいいわけ?」
ん? 厳重な封印(当社比)を破って、わたしの黒歴史が出てきたぞ? 別の意味でヤバい。早く決着付けたい。おい、そこの美男児、憧れるような目線寄こすな。照れるだろ。
そんな風に思ってた私が悪かった。やっぱり都合のいいリセットボタンなんか無かった。
「あのね。多分あのお姉さん、まだ
あー、なるほどねー! オッケー! わかった! って言うかばか。ばか。ばかか。ばかなの? 思わずツノの間にぐーぱん落としてた。
「いちゃい!」
脳天を庇うようにしゃがみ込んでる姿、超可愛い。でもな、私が替わって地獄に落ちたら意味ないだろ。お前今すぐ地獄に落ちろー!って思いながら、おまけのぐーぱん構えたら、さっと後ろに下がって身構えた。
「あのね! お姉さんね! だから代償がいるんだよ!? 契約してないのに、こうしたらいいって言っただけでも怒られるんだからね!」
「じゃあ、どうしようもないじゃん!」
思わず言い返したら、お人形さんのように冷たい目をして私を見返した。
「そうだよ? 悪魔に頼るような人は無償で助けられたらダメなんだよ。いーい? 僕達悪魔はね、救ってくれない神様の代わりに手助けするの。ほんの少し、気分が良くなったり、気が晴れたり、重荷を下ろす手伝いをするの。でもね、その代償は魂なんだよ。大変だけど当然だよね?
みんな救われたいんだ。でもね、神様は絶対救ってくれないの。当たり前だよね。神様はみんな同じように相手するの。だから、救われたいって人を救う事は出来ないの。みんなを救うなんて神様にもできないから。
でも、どうしても救われたいと思ってる、ふらふらぐらぐらしてる人達と僕達はお話できるんだ。僕らには見えるし聞こえるから手助けするんだけど、それには代償が必要なの」
「それじゃあ……。それじゃ! 誰も救われないじゃん!」
叫んでた。言い返そうと踏ん張って、なんだそれって言おうとして叫んでた。
角生え美幼児がキスチョコを何個か口に放り込んで、もにもにと口を動かしてた。
他人事のように聞き流すヤツにどんなに訴えても意味は無いと諦めかけていたら、無駄に美男児がもちゃもちゃムカつく音を立てながら答えてきた。
「うーん。救うのは神様にもできないし、僕達もお手伝いしかできないんだよ。自分を救うのは自分にしかできないんだ。僕達はお手伝いするけど、代償が必要って言ったよね? 代償を支払えないなら、苦しんでも自分で自分を救うしかないんだ。お姉さんはそうしてきたでしょう?」
なんだこいつ。今わたしのこれまでを認めるように言う事の意味を探った。
動揺する私を見透かすように、もちゃもちゃと口を動かす角生え男児が続けた。どうでもいいけど、口の周りチョコだらけだかんな。
「自分の事は自分でする。成功も失敗も全部自分のせい。これってすごくない? 神様、関係ないんだよ。成功したかったらそのために必要な事をするの。全部やっても上手くできなかった時に、僕達と会いたくなるがいるの。僕達はそういう人のところに行ってお話するの。
うまくできた人や見る気がない人に僕達は見えないんだ。
よくできてるよね。やっぱり神様すごいなって思わない?」
なんか色々もやもやしてきたぞ。ママのした事は契約の結果でどうしようも無い。それでも私が助けたいなら私の魂を寄こせと。そうするとママは助けられる……のか? いや、こいつの言ってる事がそのままの意味なら、厳密にはママは助からない。私の魂も持っていかれる。つまり私は救われない。
ごんごん怒りのボルテージが上がる。
そんなわたしの顔見たのか、酷く冷たい目をしながら私を諭すように話し始めた。
「ねぇ、優しいお姉さん。お姉さんは今まで何度も、どんなに辛くても悲しくても自分で自分を救ってきたでしょう? だからもう分かったんでしょ? 契約した人はどうやっても救えないって。
僕達はね、僕達を頼っちゃう弱い人間を助けるだけなの。でも僕達を頼った罰として魂を貰う。
偉いでしょ? ダメな事したら、めっって叱るんだもの」
どうしようも無いんだ……。ママを助けられないと理解した。
不意に目の前の悪魔の姿が薄くなっていく。
びっくりして目を見開くと、悪魔は可愛らしい笑顔で言った。
「優しいお姉さん、もう僕達が見えたりしないといいね。あ、そうそう。あのお姉さんがお手紙書いてたよ。そこに置いとくから後で読んでね。じゃあね、ばいばい!」
悪魔が指差す先には、封筒が置いてあった。
驚いて振り返ると、もう悪魔の姿は消えていた。山盛りチョコも消えてお皿だけになっていた。
封筒を開くと中から2枚の便せんが出てきた。
手紙は謝罪の言葉が並んでいた。
ママはいつもわたしを助けてくれてたのに、わたしはママを助ける事が出来なかった。謝らなきゃいけないのはわたしの方なのに……
溢れる涙を止める事はできなかった。
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