黒い仔山羊とお姫様

 どん!って押されたの。

 尻もちついたあたしがびっくりして顔をあげたら、ののあちゃんが真っ赤な顔して怒ってた。

 砂場でみんなと遊んでたのに、ゆみちゃんとののあちゃんが、あたしがいると楽しくないって、どん!って。

 すぐにかいと君が教室に行ったら先生が来て、二人にあたしに謝りなさいってしかってくれたけど、二人はしかられたのもあたしのせいって顔してた。謝ったらゆるされて、ゆるしてる事になって、給食食べたら終わりの会。

 先生が今日の良かった事、悪かった事を発表したら、みんなでお歌うたってお遊戯。


 ♪~ 先生ありがとう♪ みなさんありがとう♪ また明日ね♪ また仲良くね♪


 終わりの会が終わったら、みんな急いでお道具箱を机に入れて、幼稚園かばんを入れた棚に走ってる。

 あたしは毎日の混雑にうんざりしながら、棚の前が落ち着くのを待ってた。出おくれたの?と気づかってくれるお友だちが「早く帰りの支度しないとよ」と言ってくれるのを相手しながら、ごちゃごちゃが終わるのを待つの。

 ようやく落ち着いてからあたしは自分のかばんを取り出して、今日粘土で作ったネコちゃんを入れて、先生のお手紙もしまう。それからげた箱に行っても、ぜんぜん大丈夫。

 若くて綺麗なママ達が次々と年少さんや年中さんを抱っこするのを見ながら、上履きから外のお靴に履き替えるの。

 年少さんからどんどん帰ってく。いっしょに年中さんや年長さんも帰ってく。

 ゆみちゃんもののあちゃんも、さっきのアレはなんだったの?と聞けないくらい、ママに抱っこされて嬉しそう。


 気付くと周りには二人、三人、帰り支度をした園児がいい子でお迎えを待ってるだけだった。

 お迎えが来るまでお庭の遊具で遊べないから、つまんない気持ちで見ていた。遅れてきたママ達がごめんねって言いながら、ゆう君やあみちゃんを自転車に乗せて行った。

 みんな、また明日ね!って声をかけてくれるから、あたしもまたねって返す。


 お空に白い雲が浮いてる。ぼーっと雲を見てると、砂場のことを思い出してイヤな気分になる。早くお迎え来ないかなってお庭のあちこち見ていたら、男の子が一人、花壇のとこに立っていた。

 初めて見た子だった。あたしより小さそうだから、年中さんかな? でも同じ年長さんかもしれない。

 遊具で遊ぶのはダメだけど、花壇に行くのダメって言われてない。

 あたしが駆け出して近くにいくと、その子はじっとお花を見てた。園長先生がお気に入りの、赤や黄色のお花が咲いてる。


「ねぇ、なにしてるの?」


 声をかけてからけっこう間があいてから、その子はあたしの顔を見てびっくりしてた。

 その子は黒いけどふわふわ雲みたいな髪の毛してて、びっくりして大きな黒目であたしを見てる。大人みたいな服を着てるけど、これって確かしつじの服じゃないかしら? 頭に何か、つのみたいな飾りをつけて、白のブラウスの襟元は赤い紐のリボン結んでる。

 ぜんたい的に、カッコいい系っていうより、かわいい系の男の子。


「きみ、僕が見えるの?」


「なに言ってるの? 見えたから話しかけたの! 見えないのに話してるのはヤバいってママが言ってたもん」


「ふふ。そうだよね。見えたから、僕が見えたから聞いてくれたんだよね。僕ね、今獲物を探してたんだ。ふらふらしてたりぐらぐらしてる大人の人がいたら、契約についてお話したりするんだ」


 両手を後ろにまわして、にこにこ楽しそうに話してきた。

 なにこいつ? あたしの方がおねえちゃんっぽいのに、むずかしい事言ってなんかムカつく。

 こいつ……ううん、この男子、なんかずるい。

 あたしは負けない! 両腕を組んできあいを入れて言い返す。


「あたしはお迎えを待ってるの。もうちょっとしたら、じぃじかばぁばがお迎えに来るんだけど、今日はちょっと忙しいみたい」


「じいやかばあやがお迎えが来るの? 凄い! お姫様みたいだ!」


 え? お姫様!? そんなことパパやじぃじ以外の人に言われたの初めて! ちょっとドキドキするじゃない! なんなのこの男子! ちょっと! こっち見ないで! お顔が暑くなるじゃない!

 ワクワクの気持ちを写した大きな目で、あたしを見ないで!

 落ち着いて、あたし! 大丈夫。こないだママがお休みの日にテレビを見ながら、あー、乗せられちゃったかー、分かるけどダメなやつーって、言ってた。たしか、テレビ中で女の人が何かに騙されたとか言ってたから、多分こういうのに騙されちゃたんだ! 良かった! あぶなかったよ! あたし。


「お、お姫様じゃないけど、じぃじはよくそう言うわ。でもちがうの」


 男の子は不思議そうな顔して言ってきた。


「違わないよ? じいやがお姫様って言うなら、君はお姫様だよ。僕、知ってるもの」


 ったく! なんなの! もう! なんか恥ずかしくなってきた! なんなのよ、違うって言ってるでしょ!


「ちが……。うぅん、もうどっちでもいい! それより、けいやくってどんな遊び? あたしでもできるかな? 今日はお迎え遅くてつまんないから、教えて?」


「うーん。遊びじゃ無いんだ。それにもう君はふらふらもぐらぐらもしてないし、第一、大人の人じゃないとだめなんだ……。ごめんね、契約できないよ」


 男の子はしゅんと肩を落として謝ってた。

 つまんない。待ってるだけもつまんないし、けいやくもしたかったのに出来ないって言われて、歳が足りないって言われた。ちょうつまんない。でも、男の子が正直に言ってくれた事は分かった。あたしは男の子を困らせたくなかった。


「……そっか。あたしがもっとお姉さんになって、ふらふらしたりぐらぐらしたら、けいやくできる?」


「うーん、どうかな? その時僕と会えたら出来るけど、どうかなぁ……」


「また会えないとだめなんだ?」


「うん。でもさっき、僕を見てお話ししてくれたから、最初とってもびっくりしちゃった。契約できない人にも見えるって、初めて知ったよ」


「うふふ、驚かせちゃった?」


「うん、本当に。ふふふ、僕を驚かせた事は誰にも内緒だよ? ふふふ」


 あたし達は一緒に笑っていた。


「あー、ここにいたんだ? 正面玄関の方で探しちゃったよ」


 え!? ママ?

 後ろから聞こえた声に振り向くと、お仕事着のママがいた。ママのお仕事着はスーツと言って、パパのお仕事着とよく似てる。カッコよく見えるから、スーツって結構好き。


「お迎え遅くなってごめんね。今日ママがお迎えに来れそうだったから、じぃじ達に連絡入れたんだけど、急用入っちゃって……。遅くなってほんとにごめんね」


 ママは両手を前で合わせながら謝ってた。でも、ママのお迎えは久しぶりだからとっても嬉しい!


「ううん、全然大丈夫だよ!」


「そう、良かった。ところで、楽しそうに笑ってたけど、何してたの?」


 そうだ! 男の子!

 あたしはママに、さっきまでお話してた男の子を教えたくて振り返った。

 でも男の子はいつの間にか裏門の近くに立っていた。声をかけようと思ったら、人差し指を口の前に立てて、ウィンクしてきた。

 ちょっと! ママが見てるでしょ! あ、さっき内緒ねって言ってた……


「あら? どうかしたの?」


 ママがあたしの見る先をキョロキョロと見回すからどきどきしたけど、ママには見えなかったみたい。


「ううん。何でもないよ!」


「そうなの? まぁいいわ。それじゃ帰りましょ。」


 ママはあたしの手を引いて自転車のところに行った。幼稚園かばんに粘土のネコちゃんと先生のお手紙が入ってると言うと、ちょっと困った顔をしてから前カゴに自分のバッグの入れてから、あたしのかばんをそっと置いてから、あたしを抱き上げて後ろの座席に乗せてくれた。


「忘れ物は無い? 帰りはスーパーに寄ってお買い物するけど、待たせたお詫びにアイス買いましょうか」


「アイス! いいの? アイス買ってくれるなら、いつも遅れていいよ!」


「あなたはもう、何言ってるのよ……」


 ため息つきながら笑うって、ママ器用だなぁって思った。

 走り出した自転車から振り返ると、男の子はもういなかった。

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