2021/7/6 「科学館と君」
今日は中学の学校行事で年に一回の科学館に行く日だ。毎年行ってるはずなのに中々飽きないものだから不思議だ。とは言っても展示が変わることもあるし、特別展示みたいなのもあるからいつも目新しいものがある。今年の展示は何かなと考えながら俺らを載せたバスが走る。こういうときのバスの中っていつもうるさくなるよな。別にこの雰囲気は嫌いじゃないけど、たまにちょっとうるさすぎるって思う。金髪の学級委員が「あんたたちうるさすぎ!」と注意してるのが十数分おきに聞こえてくる。中三になって受験勉強を始めてる人もいるし、学年全体のムードとして受験を意識するようになった7月。恒例行事のときくらいはしゃいでもいいよな。
科学館に着いて、エントランスに大きな看板があった。『特別展示 植物の神秘』と書いてある。水槽とかサンゴみたいな絵が描かれているから水草とかそういうの展示だろうか。入ってみるまで展示内容がわかりにくいようになっているらしい。
「はーい、聞いてくださいね」
生徒が騒ぎ始めたので先生が声をかけた。
「えー、今約10時20分です。この後30分から自由行動になりますけど、くれぐれもはしゃぎすぎたり、他のお客さんに迷惑になったりしないようにしてください。わかってると思うけどここは広いので色んなところに先生たちがいます。何かあったら声をかけてくださいね。じゃあ30分までは整列して待っててください。それとトイレは多いわけではないので行きたい人は今のうちに行ってきてくださいね」
みんなそそくさと整列して前後の人と話したりしていた。トイレに行った最後の一人が帰ってきたころにはすでに30分を過ぎていた。
「はい、それじゃあこれから自由行動です。みなさん気をつけて楽しんできてくださいね。あと言い忘れてましたが、なるべく複数人のグループで回ってください。一人だと迷子になったときとか困りますからね。12時半からお昼ごはんなのでそれまでに戻ってきてください。以上、解散」
俺は仲のいい二人と見て回る。ただ毎年途中でばらけて一人になる。それぞれ見たいものが違いすぎるからだ。一人は常設展示のメカメカしいものが好きで、もうひとり一人は映像のエリアが好きでそっちにいく。俺は特別展示が特に好きで、他のも全体的に好きだ。だから大抵一人になる。そして今年も例年通り一人で特別展示にいる。今回の特別展示は『植物の神秘』。そこそこ新種の植物や、最新の技術で生まれた人工植物の展示だ。特別展示の好きなところは最新技術がふんだんに使われているところだ。今回はまさしくそうで、大きな水槽は縦に長くガラスが無い。目に見えない特殊なエネルギーで水をせき止めている。見た目だけなら直方体の水の塊だ。一応水に入れないよう柵があるが、入ろうと思う人はいないだろう。中にいる植物は縦に長く伸びたサンゴのようだが、うごめいていて少し怖い。襲ってくることはないはずだが、近づこうとは思わない。事実小さな子どもは横を通るとき親の足にしがみついている。展示スペースは少し暗く、水槽の中だけが明るくライトアップされている。こういう展示の雰囲気が好きで、ぼーっと眺めていられる。
しばらく眺めていると委員長のいるグループが近くを通った。俺を見つけると委員長はグループを抜けてやってきた。
「委員長はみんなに好かれて引っ張りだこですか」
俺が茶化すように言った。
「誰かさんと違って人気者はつらいねぇ」
委員長は短い金髪をなびかせながらいやみったらしく言った。俺と委員長は幼馴染だ。母同士が妊娠してたとき部屋が隣だったらしく、生まれたときからよく遊んでいた。
「今回の特別展示いいね。綺麗っていうか、なんかノスタルジー感じない?」
彼女も今回の展示はお気に入りらしい。
「ちょっと怖い気もするけどな」
「そう?あんた怖がりだもんね」
うるせえと言ってやりたかったがなんとなく抑えた。
「このサンゴ、人工植物らしい。遺伝子いじるだけでこんなに変わるんだな。なんか動いてるし」
「へー。あっちのワカメはすごい何又にも分かれててちょっとキモかった」
俺たちは展示を眺めながらふたりで見て回った。一見岩にしか見えないイソギンチャクや鉄パイブくらい太いコンブ、様々だった。彼女がふと立ち止まった。
「なんかあったか」
彼女が見ていたのは色鮮やかなサンゴ礁に見立てたサンゴや海藻の集まりだった。熱帯の海とかで見られる自然なものだ。
「なんか、こういうの見るとお父さん思い出す。お父さんの故郷がこんな感じだった。ちっちゃい頃に何回か行ったの。……懐かしい」
彼女が5歳の頃、父が仕事で故国に行って帰らぬ人になった。急に母子家庭になったが、幸い父の貯金と俺の家の支援もあってどうにかなった。15ですでに父の死を乗り越えているのは素直にすごいと思ったけど、やはり寂しいのだろうか。
「キャッ」
彼女の普段聞かないような声に反応して咄嗟に振り返る。
「どうした!」
「なんか飛んできた……」
見ると、制服がびしょびしょに濡れている。水を頭から被ったような感じだ。話を聞くと、どうやら隣の水槽の上からはみ出た植物の先端が彼女に水を吹きかけたらしい。襲ってこないはずじゃなかったのか。
「うー、どうしよ着替えなんて持ってきてないよ……」
「……俺ジャージ持ってきたからそれ貸すよ」
「ほんと?助かる。あんたも役に立つのね」
一言多い。とりあえず学ランの上だけ渡して、バスまで走ってジャージをとってくる。ついでに先生のバッグに入ってたタオルを拝借した。
「ほら、持ってきたから着替えろ」
ジャージをバッグごと渡す。
「どこで着替えれば……」
近くにはトイレもなく、今すぐに着替えられそうなところが無かった。だからといってなにもないところで着替えさせるわけにはいかない。
「……わかったよ。俺がタオル持っとくから後ろで着替えろ。それでいいだろ」
「ありがと。あ、絶対覗かないでよ」
「覗かねーよ!」
俺もお人好しが過ぎるんじゃないだろうか。それにこいつも幼馴染だからって気を許しすぎじゃないか。俺だって思春期の男子だし、そういうのに興味ある。ちょっとくらいなら見てもばれないかもしれない。遠くを見るフリして目だけ向ければばれないかもしれない。そう思って俺は横目でチラっと見た。ちょうど制服を脱いでブラウスだけになっていた。思ったよりも刺激が強かった。思わず勢いよく前を向いたせいで、不審に思われた。
「もしかして今覗いた?」
「の、覗くわけないだろ」
「そう」
意識してしまいボタンを外す音までが聞こえてくる。今覗いたら、下着が見えるかもしれない。俺はその誘惑に抗えず、もう一度横目になった。
「やっぱり見てる!」
「なっ……!」
怪しんで、わざとこっちを見ながら音を出していたらしい。完全にしてやられた。
「このすけべー」
背中の辺りをバシンと叩かれる。痛かったが、ボタン自体はいくつか外していたので隙間からピンクの下着が見えていた。一瞬だけだったが、デザインもお子様じゃなかったし、自分の昔の記憶にある彼女の胸よりも大きかった。変なところで成長を感じてしまった。と同時に、急に異性として意識してしまい、今後の関係がわからなくなりそうだと思った。
着替え終わって、しばらく覗いたことについて茶化されるんだろうなと思っていたが、予想が外れ、普通にジャージありがとと言って、続きを一緒に回ることを提案してきた。もしかして俺は異性として見られていないのだろうか。よく幼馴染は異性として見れないって言うけど、そういうやつなのだろうか。変な懸念がをしていると彼女は俺の手を引っ張って言った。
「ほら、行こう?私の下着なんてそのうちいくらでも見れるようになるから。お昼ごはんまでに回りたいんだから」
このときの俺にはまだこの言葉の意味がわからなかった。
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