第4話「やって来たお隣さん」

「しかし、ゲイル殿」

「ん、何だセツナ?」

「ここら辺は、本当に何も」


 そう言って、どこで手にいれたのか陣羽織のような衣服にその身を包んだセツナは、この俺の四畳半領地の中央に置かれているちゃぶ台、それから自分の手を離し、そのまま。


「ないでござるな……」


 二人のハンターフォックスがそびえ立つ他には何もない大平原、それをぐるーと見渡す。


「まあ、大平原だからな」


 聴いた話によると、他のプレイヤーの内何人かはこの大平原に領土を貰っているらしい。が、俺みたいなレベルが低いキャラでは、何も建造物を立てられないらしい。


「こんなちゃぶ台を買っている場合ではなかったかも知れないな、セツナ」

「いや、全く何もなかったものだから、つい……」

「まあ、気持ちは解らんでもないが」


 このちゃぶ台、この前に討伐した山賊から得られたドロップ品を売りさばいて手に入れたものである。本来なら俺は何か別の物に使いたかったのだが、気落ちしているセツナを慰める為にその彼女が欲しがったこれを買ったのだ。


「ただ、確かに何もないなあ……」

「やはり、依頼を沢山受けて領地を拡大するでござるか?」

「と、言ってもなあ」

「するでござってもいいかも、でござる」

「うーん」


 その時、何気なく草原の地平線を見つめていた俺の視線の先に、何か小さな点のような物が見えた。


「何だ、ありゃ?」


 その点のようなもの、それは徐々に俺達の元へと近づいてくるような気がする。


「何だろう、セツナ?」

「さあ、でござる……」


 何か、人の姿のように見えなくもない。そのままその影はこちらにと近づき、徐々にそのシルエットが明らかになってきた。


「あれは……」

「ハンターフォックス、それも二機だ」

「拙者達が乗っている機体でござるな」

「何だろう……」


 俺の通信端末からは警告はない。となるとエネミーではなく他のプレイヤーであろう。その二機のハンターフォックスはそのまま静かにこちらの、四畳半の俺の領土にと歩み寄り、その歩を俺達との距離が人の足にしてあと五十歩程の所で、小さく音を立てて停止をする。


「……」


 そのハンターフォックスから降りてきた二組の男女、彼らもまた俺達の方に視線を送っているが、何の意図だかは解らない。


「……どうするよ、セツナ?」

「どう、と申されても」

「……声を掛けてみるか?」


 だが、俺達が自分の四畳半でうだうだやっている内にその降りてきた男女、背の高い男の方から。


「おーい、そこのプレイヤー!!」


 と、大声で声を掛けてきた。


「そっちに行っていいかぁー!?」


 その声を聴いて、俺は暫しの間彼らの思惑について考えていたが、そのまま意を決して。


「王国の人間かー!?」

「そうだ、レベル1ー!!」

「俺達の事かー!?」

「違う、こちらの事だー!!」


 叫び返して帰ってきた返事、それによって俺は大体の事情を察する。


「俺はレオン、この大平原に四畳半の領土を得た人間だー!!」

「俺はゲイル、俺も同じ四畳半の領主だー!!」

「そうかー!!」


 恐らくは俺と全く立場が同じプレイヤーなのだろう。そのまま俺は彼らがこちらへやってくるのに任せ、ついでに俺の四畳半領土の真ん中に置いてあるちゃぶ台に、携帯端末からお茶を取り出して用意してやった。


 ススゥ……


「こんにちは、ええと」

「ゲイル、ゲイルだ」

「ああ、はい」


 その青年、青色の髪に何気ない服を纏った彼はそのまま、隣に立つ女の子を紹介しようとする。


「俺はレオン、こっちの小さいのはリアだ」

「よろしく、ゲイルさん」


 女の子、長いオレンジ色の髪を二つのツインテールにとまとめてあるその彼女は一つ俺に挨拶をした後、そのままちゃぶ台の脇に座っているセツナの方へその顔を向ける。


「拙者はセツナ、よろしくお願い致す」

「あら、よろしく」


 セツナの、ちゃんと両膝を整えての礼、それに対してレオンとリアは少し戸惑いながらも、ちゃんと頭を下げて返す。


「なあ、ゲイルさん?」

「ん、何だ?」

「あんたもその」


 俺から出されたお茶を啜りながら、レオンと名乗った青年は軽くその首を傾げつつ、にこやかに俺にと微笑みかけた。


「四畳半領主なのかい?」


 妙な台詞をハッキリと言うな、こいつ。


「ああ、この猫の額程の土地のね」

「ちょっと拝見」


 レオン青年の隣でお茶を飲んでいたリアは、ふと何かを思い立ったかのようにその腕の携帯端末を作動させている。恐らくは俺のパラメータのチェックだ。


「ああ、先に自分でやるよ……」


 が、何か他人に自分のプライバシーを確認されるのは癪であるから、俺はちゃぶ台を囲みながら、自分のステータスを宙に浮かべて見せた。


――ゲイル<レベル1>――

――クラス/戦士――

――スキル/強打――


 といってもこのゲームでは個人的なステータスはそれほど項目が多い訳ではない。戦闘関係のステータスはFE(フレームエレメント)に依存している。


「ふーん、まああたしたちと似たり寄ったりね」

「まあな、レベル1だからな」

「領地も少ないか」

「まあそうなるな、リアさんとやら」

「うん」


 四台のFE(フレームエレメント)に囲まれた四人の俺達、大草原の中でポツンとあるちゃぶ台を四人で囲みながら、何故か誰も何も言わない無言の状態が続く。


「……」

「……何か申せい、ゲイル殿」

「いや……」


 しばしの間、その無言の間が続き茶を飲んでいる音だけが草原に響いていた。が、ややあってリアが。


「ねえ、ゲイルさん?」

「ん、何だ?」

「あなたはこの領地、どのように発展させるつもりなの?」

「ん、その質問が来るということは」


 俺はそのまま一息に茶を飲み干すと、彼女リアに向き直って言葉を続ける。


「もしかしてレオンではなく、君が領主なのかい?」

「そう、レオンはあたしの部下一号」

「そうだったのか」

「で、どうなのよゲイルさん?」

「んー、特に何も考えてない」

「へえ……」

「そっちはどうなんだ、リア?」

「あたしはね、FE(フレームエレメント)の整備工場!!」

「機械の館か……」


 そう呟きながら俺は、自らのやや後ろでそびえ立つ「ハンターフォックス」の姿を見上げる。全身甲冑の騎士の姿をそのまま7メートル前後に巨大化させた機体。鈍く輝く白の甲冑に巨大な剣と盾、それを身に付けた姿はこのゲームのイメージキャラクターとして、パッケージにも載っているのだ。


「FEが好きでござるのか?」

「そりゃもう!!」


 そのセツナの質問にリアは自分の身体を纏っているパイロットスーツを軽く揺らしながら、勢いよく頷いてみせる。


「あたし、このロボットが大好きなの」

「こいつ、ロボットマニアな所があってな、ゲイルにセツナ」

「このファンタジーロボットというジャンル!!」


 頬をやや紅潮させながら、そう訴えるリアの勢い。それに俺はやや気圧されながら、フッと一つ息を付いた後にその自らの手に追加のお茶を降臨させた。


「あたし、この領地をFE(フレームエレメント)で覆い尽くすの!!」

「なるほどでござる」


 リアのその声にセツナは何か一人で頷いた後に、そのまま彼女セツナは突如として俺の方に振り向き。


「のう、ゲイル殿?」

「何だよ、セツナ……」

「拙者たちも、この地に武術道場でも築いたらどうか?」

「レベル1が何を教えるんだよ……」

「むう」


 何か、身の程知らずな突拍子もない事を言い始めた。




――――――




「じゃあな、ゲイルにセツナ」

「ああ、またなレオン」


 話によると、どうやら彼達の領土はこの「ゲイル領」より一キロメートル辺り離れた場所に受け取ったらしい。


「お隣さんでござるな」


 その事を聴いたとき、何故かセツナが喜んだ事を俺は覚えている。


「さて……」


 ハンターフォックスに乗りながら自らの領地へ帰ったいったレオンとリア。その彼らの姿を見送りながら、俺は小さくため息をつく。


「どうしようかな、これから」

「依頼でも受けたらどうでござるか

?」

「お前が戦力にならないからなあ……」

「むう」


 その俺の皮肉は結構セツナに対してダメージが大きかったらしい、そのまま彼女はブツブツ言いながら、そこら辺の草を摘まんでいる。


「んー?」


 沈みかかった夕陽を見詰めている俺の視線の先には二機のハンターフォックス、小さなレオンとリアのその機体がちょこんと草原に佇んでいる姿が俺には見えた。


「まあ、領地の距離が一キロメートルだからな、遠目にFEが確認出来るさ」


 セツナの言っていた通り、彼らはこの大平原のお隣さんなのだ。これかも付き合いがあるかもしれない。



■ゲイルの領地


――広さ、畳四畳半――

――収入、銀貨100枚――

――兵力、フレーム・エレメント2機――

――住人、2人――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る