第2話「王国ギルドの凄腕嫌味プレイヤー」

「して、ゲイル殿?」

「ん?」


 彼女、大平原の真ん中で飯を食うセツナのその口の端にはご飯つぶ一つ。


「これからの領地拡大はいかが致す?」

「んー」

「さあ」


 そのまま四畳半の草むらに座る俺たち、ゲーム内で他人から受け取った飲食物を食べるには、それ専用のレストランか自分の領土でないと口には運べない。


「さあ、いかがかゲイル殿?」

「んー、特にない」

「……」


 寝ころびつつおむすびを口に運びながらそう答えた俺の返事、それに対してセツナは俺から受け取ったおむすびを手に持ちながら、険しくその顔をひきつらせる。


「……一国一城の主、大望を持たずして何とするか!!」

「だってさー、ゲームだし」

「ゲームも何も関係ない、世の中は全て全力投球!!」

「あーはいはい」


 せっかくの美人が台無しだぞ、俺は心の中でそう呟いたが、顔を紅潮させているセツナはそのまま俺ににじりよると。


「いざ、出陣の合図を!!」

「出陣って、あんた……」

「テロリスト相手でも帝国でも、いざ!!」

「そんな事言ったって、ここは警戒レベルEだし」

「……」

「そもそも、俺はだらだらするためにこのゲームをプレイしているんだ」

「……情けなや」


 そのまま彼女は、しかし俺の手から二個目のおむすびを奪い取りつつ、そのおむすびを頬張りながら四畳半の中でその身を震わす。


「なんと覇気のない殿方か!!」

「あのね、そんなにカリカリしていると、老けるよ……」

「うるさいわね!!」

「ん?」

「この猫の額程の領地で満足しているとは、情けなや!!」


 一瞬、彼女は「標準語」にとその言葉が変わったようであったが、一呼吸後にそのまま元の口調に戻り。


「こうなったら、ゲイル殿!!」


 ズィ……


 彼女はその膝を俺の前にと進め、四畳半の中でグイと顔を俺に近づける。


「近いよ、セツナ……」

「いざ、手柄を!!」

「手柄、依頼でも受けるつもりか?」

「さよう!!」


 このゲーム、基本的に領土を増やすには自身が仕える国からもたらされる依頼を受けるしかない。


「でも、疲れるんだよなぁ」


 かくゆう俺もゲームをやりはじめた時は数回依頼を受けたが、このゲーム全体の難易度が高いのか、全て一進一退といった所であった。


「では、ゲイル殿!!」

「王国首都に行くのか?」

「さよう!!」

「そうか、頑張れ」

「何を申す!!」


 ズゥ……


「痛い、痛いって!!」

「ゲイル殿も一緒に来るのでござる!

!」

「嫌だ、めんどくさい」

「ええい!!」


 そのまま彼女はこの四畳半の、それの脇に置いてあるハンターフォックス、俺の機体と同型であるその量産機のコクピットを通信機を使って開き、その中に俺を押し込もうとする。


「ゲイル殿が来なくては、依頼も受けれん!!」

「だったら、ソロでプレイすれば……」

「嫌だ、怖い!!」

「はぁ?」

「出陣じゃ、ゲイル殿!!」

「ま、待って!!」


 二人が乗る様には出来ていないFEのコクピット、俺は別にうら若き女の子と一緒に乗る事が嫌な訳ではないが。


「解った、俺は自分のハンターフォックスで行く!!」

「おお、それでこそ我があるじ殿!!」

「やれやれ……」


 だって、もしも一機で行ったら何かあったとき、勝手に帰れないじゃないか。


「いざ、王都!!」


 彼女セツナに抱えられた俺の顔、自分でもそれなりに自慢な己の金髪を、軽く草原の風がなぞった。




――――――




 王都というのは設定上では王国の首都であり、その広さは俺たちがいた大平原に等しい大きさがあるというが。


「全部、クローズなんだよな」


 もともとが大人数で領地を経営する事に焦点が当てられたゲームだ。何か運営はこの王都の製作を「見切り発車」したとのもっぱらの噂である。


「ゲイル殿、このままギルドに行って構わんか?」

「それ以外ないだろ、セツナ?」

「そうでござるが」


 何しろ、俺たち王国に仕える「パイロット」が集う王国ギルド、そしてFEフレーム・エレメントのセッティングを行う機械の館しか、行くべき所がない。あとは精々酒場か生身の装備を扱う武具屋だ。


 ギィ……


「おう、いらっしゃい」


 その王国ギルドの扉を開けた俺たちを、NPCである国の責任者が出迎える。確か設定上では大臣に次ぐポストにある重要人物であるとの事。


「何か依頼はござらんか、拙者達に」

「そうだなあ……」


 NPCという物は本来、決められた受け答えしか出来ないはずであるが、このゲームでの人工知能はよく出来ていて、ある程度のイレギュラーにも対応出来るようになっている。らしい。


――山賊討伐(適正レベル2)――

――帝国軍偵察隊撃退(適正レベル4)――

――ワイバーン退治(適正レベル3)――


「どれが良いでござろうか、ゲイル殿?」

「そうだなあ……」


 もちろん、一番上手くいきそうなのは山賊討伐であるが、実の所このゲームの適正レベルというものはあてにならない。その事は俺が身をもって体験した。


「……でも、やっぱ山賊討伐かな?」

「出来るかねぇ?」

「何?」


 その時、王国ギルドの役人と話している俺達の背後から掛かる声、そのまま振り向いた俺の視線の先には、立派そうな板金鎧にその身を包んだ男の姿、そして彼を取り囲むようにしている数人の男女の姿が見える。


「あんた達にそれが出来るかってこと、レベル1さん」

「何だと……?」

「始めまして、僕の名はアストラル」

「……ちょっと失礼」


 アストラルと名乗った赤髪のその男。ふと俺は気になってその男のレベルを通信機越しに調べたが。


「……レベル50か」

「そういう事だ、レベル1さん」


 恐らくこの男も通信端末を使って俺達のレベルを調べたのであろう。それにしてもレベル50というのはかなり高い。三ヶ月前にオープンしたこのゲームの中ではトップクラスであろう。


「レベル1に量産機であるハンターフォックス、君たちに出る幕は無いってこと」

「人がどんなプレイをしようが、勝手だろうが?」

「迷惑なんだよ、素人が領地のリソースを食っちゃうのは」

「フン……」


 俺はその言葉に少しカチンと来たが、何もここで言い争う事はないと思って何も言わない。少なくとも俺は。


「聞き捨てなりませぬな」

「ん、何だ君は?」


 ズゥ……


 どうやらこのセツナ、彼女は怒ると声が低くなるタイプなのかも知れない。そのまま彼女は己の黒髪を振りながら、アストラルという男に詰め寄り。


「拙者たちは、お主らなんぞに敗けはせぬ」

「何だよ、侍キャラなんか作っちゃってさ」

「い、今馬鹿にしたな!?」

「おー、怖い」


 おちゃらけた物言いであるアストラル、取り巻き達にも笑わせているその彼に対して指を突きつけながら、彼女セツナは語勢を強くしそのまま彼に対して威勢のいい言葉を続ける。


「美人というキャラメイクなんだろう、台無しだぜ?」

「おのれ!!」

「フン!!」


 その時にアストラルが見せたスクリーン、よくステータスなどを周囲に提示するために使用するその機能を使って彼は不敵な笑みを浮かべながら己のパーソナルデータを映し出す。


――レベル、50――

――領地、50キロメートル四方――

――兵力、フレーム・エレメント300機――

――住人、500人――


「どうだこの女、ははっ!!」

「くっ!!」

「うん、そしてそうだなあ……!!」


 やりこんだ、と言えば聞こえがいいがここまでするにはかなりの「廃人」であろう。俺は別段そのデータが偉いとは思わないが、どうやらセツナにとっては「ダメージ」となっているらしい。


「君たちも、頭を下げれば僕の部下にしてあげるよ!!」

「……悔しい!!」

「じゃあね、素人さん達!!」


 そのまま彼はひとしきり笑い声を上げた後、取り巻きと一緒にこのギルドから去っていったが、正直俺には彼が何を俺達にしようとしたのかが解らない。


「……ただの自慢だろうか?」

「何よ、あの嫌な男!!」

「まあ、落ち着けってセツナ……」

「ゲイル、あなたは悔しくないの!?」

「いや、ゲームの話だし……」

「ゲームも現実と……!!」


 その時、一つコホンと息をつくセツナ。


「……一緒でござる!!」

「まあまあ……」

「腹立たしや!!」


 そのままセツナは、綺麗なその顔を歪めながらひとしきり王国ギルドの中で怒鳴り散らす。


「……皆、マジメにゲームをやっているんだなあ」


 それは、実際の俺にとって偽らざる気持ちである。



■ゲイルの領地


――広さ、畳四畳半――

――収入、銀貨ゼロ枚――

――兵力、フレーム・エレメント2機――

――住人、2人――

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