第60話 思いを告げて

 私は、お兄様の元に訪れていた。

 それは、私の思いを伝えるためである。


「それで、俺になんの用だ?」

「あ、はい……」


 しかし、私はここにきて少し躊躇ってしまっていた。

 本当に、お兄様へ告白することは正しいのだろうか。

 そうすれば、私の心に後悔は残らない。だが、この思いを告げることで、私とお兄様のこれからの関係に亀裂が入る可能性もある。

 先程思いついてすぐ行動したが、もう少し考えるべきだったかもしれない。最も、すぐに行動しなければ、ここまで至れなかっただろう。考え続けて、結局行動に移らないという落ちが、容易に考えられる。


「ルリア、どうした?」

「あ、いえ……」


 黙ってしまった私を、お兄様は心配してくれた。

 このように、お兄様に心配をかけるのはよくないことだ。

 早く、どうするか決断しなければならない。


「お兄様、実は私、お兄様に言いたいことがあるのです」

「ほう?」


 そのため、私は決断した。ここは、お兄様に思いを告げようと。

 後で、告白しないで後悔するより、今告白する方が絶対にいいはずだ。

 ここで、お兄様にはっきりと振られて、新たな明日を歩む。それが、私にとって一番いい選択なのだ。


「私は……お兄様をお慕いしています」

「何?」

「きょ、兄妹としてではなく、異性として、です」

「……」


 私の言葉に、お兄様は目を丸くしていた。

 このようなお兄様の表情を見るのは、初めてかもしれない。

 それだけ、私の発言がお兄様を驚かせてしまったのだ。


「うぐっ……」

「お、お兄様? 大丈夫ですか?」


 そこで、お兄様はよくわからない声をあげた。

 私のあまりにもおかしな発言に、お兄様はかなり動揺しているらしい。


「だ、大丈夫だ。す、少し動揺したに過ぎない。それより、お前の言葉に返答しなければならないだろう」

「あ、はい……」


 お兄様は、動揺しながらも私の言葉に返答しようとしてくれていた。

 本当に、このようなお兄様は珍しい。


「俺は、回りくどいことは言わん。故に、結論からお前に伝えることになる」

「はい……」

「残念だが、俺はお前の思いに応えることはできない」


 私に告げられたのは、そのようなことだった。

 これは、わかっていたことだ。お兄様が、私の思いを受け入れることはない。それは、当然のことである。

 だが、思っていたよりも衝撃は大きかった。予測していても、本人に言われるのはとても辛いものである。


「なぜなら、俺はお前の兄だからだ」

「はい……」

「俺は、お前を大切に思っている。だが、それは妹としてだ。その思いに応えることは、できない」


 さらに、お兄様は言葉を続けてきた。

 それは、私の思いに応えられない理由だ。

 しかし、その言葉を聞いて、私は少しだけ疑問に思った。

 先程から、お兄様は兄としての立場を説いている。だが、一人の人としての答えはどうなのだろうか。


「兄でなければ……」

「うん?」

「兄でなければ、結果は違ったのですか?」


 そのことが気になり、私は思わず聞いてしまった。

 その言葉に、お兄様は少し表情を変える。目を瞑って、何かを考えているような表情だ。

 一瞬そうして目と閉じてから、お兄様はその目を開く。その目は、優しい目をしていた。


「その仮定はあり得ない。俺とお前は、兄と妹という関係だったからこそ、この関係になったのだ。兄と妹であったからこそ、俺とお前は……」

「はい……」


 お兄様の言葉を、私は遮った。

 それ以上は、聞く必要がないと思ったのだ。

 お兄様の心は、なんとなく理解できた。だから、その言葉は聞かない方がいいと思ったのである。


「それでは、私は失礼します」

「ああ……」


 私は、お兄様の元から逃げるように去っていく。

 これ以上、ここにいる訳にはいかなった。

 お兄様に、私の涙を見せる訳にはいかないのだ。

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