第25話 両親の過去

 私は、お父様と話をしていた。

 それは、お父様と私の本当の両親に関する話だ。


「さて、何から話そうか……まず、過去の私がどのような人物だったかからか。君も、大まかなことは知っているだろうか?」

「は、はい。厳しい人だったと聞いています」

「厳しい人か……それは、少し優しい表現だろうか」

「え?」


 お父様は、まず過去の自分から話すことにしたようだ。

 その過去を、私は厳しかったと聞いたが、どうやら、それは優しい表現らしい。


「あの時の私は、人の心を持っていなかった。それ程に、私は駄目な人間だった」

「そう……だったのですね」

「ああ、あの頃は、他者を思いやる心など持っていなかった。弱い者は切り捨てる。それが、フォリシス家の長男として生まれた者が行うべきことだと信じていた……」


 過去の自身を振り返るお父様は、どこか悲しそうな表情をしていた。

 それ程に、過去の自分が嫌なのだろう。

 今のお父様からは、そのような人だったことは微塵も感じられない。しかし、そういった過去があったことは、事実なのだ。


「そんな私が、仕事で各地を周っていた時のことだ。私が馬車に乗っている時、突如嵐が起こり始めたのだ」

「嵐が……!?」

「ああ、急なことであり、周りに避難できる場所もなかったため、私は馬車とともに、崖から転落してしまった」

「そ、そんな……」


 どうやら、過去のお父様に起こったことは、思っていたより壮絶らしい。

 まさか、馬車で事故にあっていたとは、驚きだ。


「辛うじて助かった私だが、その身に大きな怪我を負っていて、身動きもとれなくなっていた。私は、半ば諦めていた。山奥の出来事だ。ここに、助けなど来るはずがないとな……」

「お、お父様……」

「しかし、そんな私に手を差し伸べる者がいたのだ」


 お父様は、そこで一度話を区切った。

 その視線で、私は理解する。お父様に手を差し伸べたのが、誰であるかということを。

 そして、そこからがこの話の肝であるのだと。


「私に手を差し伸べてくれたのは、君の本当の両親だった」

「はい……」

「丁度、私がいた崖の下の近くを通りがかっていたらしい。それで、私を見つけたという訳だ」


 予想通り、そんなお父様を助けたのが、私の両親だったようだ。

 その時、何かがあり、お父様は考え方を変えたのだろう。私は、お父様の次の言葉を待つ。


「顔を見て、すぐにわかった。彼らが、フォリシス家の末端に位置する貴族だとね……」

「え? わかったのですか?」

「ああ、末端とはいえ、親類のことはすべて把握した。その上で、私は利用価値がない者達は切り捨てていた。丁度、君の家のように」

「私の家……」


 お父様の言葉に、私は驚いた。

 まさか、お父様が私達の家のことを知っていたとは思っていなかった。

 切り捨てていたことが、悪いことだとは思っていないが、その事実は衝撃的なことである。


「君の家は、かつてのフォリシス家が切り捨てた家だった。不肖の子の家系。故に、辺境の狭い地に追いやり、冷遇され続けてきた家だ」

「そ、そうだったのですね……」


 お父様は、さらに驚くべきことを語りだした。

 そのような家だったことなど、私は知らなかったのだ。まだ小さかったため、教えてもらえていなかったのだろう。


「だが、君の両親は私を知らなかった。それも、当然だ。なぜなら、私が切り捨てて関わろうとしていなかったからだ。無論、貴族ということはわかっただろうが、それはこの際関係はない」

「はい……」

「彼らは、あらゆる手を尽くして、私を救おうとしてくれた。雨の中だというのに、使用人とともに、ずぶ濡れになって、私を救ってくれた」


 お父様の言葉に、私は昔を思い出す。

 お父さんとお母さんは、とても優しい人だった。領地の人々にも優しく、誰にでも手を伸ばせる人達だった。

 そんな二人だからこそ、お父様を必死になって助けようとしたのだ。そして、それはお父様の心を大きく揺さぶったのだろう。


「結局、近くの村まで、私は運ばれていった。そして、しばらくその村に留まることになったのだ」

「深い……傷だったのですね」

「ああ……そこで、私は君達の両親に素性を明かした。無論、私はそこで失望されるものだと思っていた。自分達を冷遇してきたフォリシス家の人間に対して、少なからず恨みがあるものだと、そう思っていたのだ」

「お父様……」


 お父様は、私の両親に全てを打ち明けたのだ。

 打ち明けなければならないこととはいえ、その話は伝えにくいことだっただろう。

 なぜなら、お父様は二人が自分を恨んでいると思っていたからだ。冷遇し続けた本家の人間に、二人が恨みを持っていると思っていたのだ。


「だが、私に対して、二人の態度は変わらなかった。私の言葉に驚きはしたが、特に態度を変えることがなかったのだ」

「はい……」

「二人にとって、私が誰であろうと関係などなかった。ただ、困っていたから、必死になって助けた。それだけだったのだ」


 お父さんとお母さんは、そういう人だった。

 だから、お父様の言葉は、非常によく理解できる。


「その時、私は思ったのだ。他者を切り捨てきたフォリシス家のやり方よりも、二人のやり方の方が、遥かに優れているのではないかと。他者を切り捨てるよりも、救う生き方の方が、遥かに難しく気高いのだと……」

「お父様……」

「そして、私は変わることにした。これからは、弱き者に手を伸ばせる者になろうと……」


 そう言って、お父様は私に笑顔を見せてくれた。

 その笑顔は、とても輝いている。きっと、それも生き方を変えたことによって、生れた者なのだろう。

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