第9話 学園入学

 レティの合格発表から少し経ち、いよいよ入学の日を迎えていた。

 という訳で、私とレティはフォルシアス学園に来ている。


「うげ……人がいっぱい」

「入学式だからね。それも、仕方ないよ」


 フォルシアス学園には、私達と同じ新入生がたくさんいた。

 その人の多さに、レティは参ってしまっているらしい。

 レティは、昔から少しだけ人見知りだ。そのため、このような場所は辛いのだろう。


「それに、視線が……」

「まあ、それも仕方ないかな」

「仕方ないって……」

「私達は、お兄様の妹だよ。そうなるのも、当然かな」


 さらに、周りの人々は私達に視線を向けてきていた。

 ただ、これも仕方ないだろう。私達は、この学園の学園長リクルド・フォリシスの妹である。注目を集めるのも、当然だ。


「でも、なんだか話していますし、感じが悪いですよ?」

「うん……」


 視線を向けながら、周りの人達は何かを話していた。

 話している内容も、大体推測できる。


「多分、私のことだよね」

「い、いえ、そんなことは……」


 恐らくは、私のことだ。

 私は、フォリシス家の人間ではあるが、弱小貴族から引き取られて、その一員となった。その成り上りともいえる私を、気に入らない人々がいるのも無理はないだろう。


「だって、あんな風に話すのは、決まって私のことだと思うよ」

「そ、そうとは限らないのでは……」

「でも、隠れて話すなのは、私のことくらいだと思うよ」


 私達に聞こえないように話しているのも、そう推測できる要因である。隠しているということは、ネガティブなことを言っているということだ。

 フォリシス家に対して、尊敬の念を向けることはあっても、そのような感情を向けるのは、私のこと以外ありえないだろう。


「お姉様……」


 そんな私を、レティは不安そうな目で見てきた。

 どうやら、心配させてしまったようだ。これは、失敗だったかもしれない。


「大丈夫、こういうのは慣れているから」

「慣れているって……」

「ほら、今までも晩餐会とかで、そういう機会はあったから……」


 私は、こういったことは慣れていた。

 というのも、今までもそういうことはあったからだ。

 そのため、あまり辛くはない。もちろん、最初の頃は辛かったが、それに怯えるべきではないのだ。


「で、でも……」

「他者からの勝手な評価に、惑わされてはいけない。堂々として、その悪評に立ち向え。お兄様も、そう言っていたよ」

「うわあ、言いそうな言葉ですね……」


 私は、お兄様の言葉を胸に秘めて、周りからの評価に立ち向かおうと思う。

 勝手な評価を、気にする必要などないのだ。


「……お姉様は、強いですね」

「そ、そんなことないよ……」

「謙遜しなくても、いいんですよ? まあ、とりあえず、入学式の会場に向かいましょうか」

「あ、うん……」


 こうして、私達は入学式の会場へと向かうのだった。




◇◇◇




 しばらくして、入学式が始まった。

 式は、特に問題なく進んで行き、学園長からの言葉となっていた。つまり、お兄様の言葉である。


「うわあ、出てきた」

「レティ、静かに……」


 お兄様の登場に、周囲の生徒は少し騒ぎ始めた。

 フォリシス家の長男であり、整った顔のお兄様は、新入生達をそうさせるには、十分なものだったのだ。

 レティも、それに釣られて喋ってしまった。だが、こういう式の中で、言葉を発するというのは駄目だ。


「……」

「……」


 レティは、ゆっくりと頷いて黙った。

 私は目で、よかったと合図を出す。これで、とりあえずは安心だ。


 ただ、周りの生徒は話し続けている。

 恐らく、これはまずいと思う。


「新入生の諸君、とりあえず、入学を祝っておこう」


 そこで、お兄様が言葉を発した。

 その明らかに怒りの感情が込められた声に、周囲は静まり返っていく。


「だが、お前達は、このフォルシアス学園の生徒になるという自覚がないらしい」


 お兄様は、威圧感のある目で、こちらを見ていた。

 その視線に、周囲の者達は、かなり怯えているように思える。

 そんな生徒達を気にもせず、お兄様は話を続けていく。


「学生の身分になるからといって、身構える必要はないと、俺は思っている。だが、このような式典で、切り替えられないというのならば、意識が低いと言わざるを得ない……」


 お兄様は、華やかな式典であっても、容赦しなかった。

 私達新入生を、切り捨てるのだ。


「諸君らは、これから己の判断で、勉学に励まなければならない。その意識のままでは、この先どうなることか……」


 ただ、お兄様は優しさからこう言っているのだろう。

 私達が、この先学園できちんと暮らしていけるように、忠告してくれているのだ。


 お兄様は、いつもそうだった。その厳しさの中の奥には、いつも優しさがあるのだ。

 そういう優しさこそ、私がお兄様に憧れる理由である。


「最も、それは俺の知る所ではない。我々は、諸君に知識を授けるが、個人の自覚は与り知らぬ。だが、願わくは、諸君らが意識を変えると思いたいものだ……」


 それだけ言って、お兄様は去っていった。

 学園長の言葉としては、少しおかしかったかもしれない。

 しかし、その言葉はきっと、ここにいる人達の意識を変えてくれるはずだろう。


 こうして、私達の入学式は続いていくのだった。

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