第8.5話(レティ視点)

 ※この話は、レティ視点の話です。



 私の名前は、レティ・フォリシス。

 誇り高きフォリシス家の次女にして、神童と呼ばれている才能溢れる美しい天才です。


 お兄様とお姉様とのランニングを終えた後、私はだらだらとしていました。

 そんな中、喉が渇いたので、食堂に来たのです。しかし、そこである問題が起こってしまいました。


「ふう……」


 私の目に入ってきたのは、部屋の中で一人紅茶を嗜むお兄様でした。

 もう夕食も終わり、結構いい時間だというのに、こんな所で一人お茶をするなんて、少し怖いです。

 ただ、なんとなく落ち込んでいるようにも見えます。お兄様が、落ち込むなんて、珍しいことでしょう。ここは、励ますべきなのか、励まさないべきなのか。


「……む?」

「あっ……」


 そんな風に、私が戸の隙間から見ていると、お兄様が声をあげました。

 視線も、こちらに向いています。これは、もしかしたらまずいかもしれません。


「レティか……」

「げ……」


 どうやら、ばれてしまったみたいです。

 こうなったら、出ていくしかありません。私は、仕方なく出ていきます。


「お、お兄様……?」

「一体、何を隠れて見ていたのだ?」

「い、いえ……」


 当然、お兄様は私に疑いの目を向けてきます。

 隠れてみていたんですから、それも当然でしょう。こんなことなら、見た瞬間逃げておけばよかったですね。

 ただ、やましいことはないので、堂々としておきましょう。本当に、ただ見ていただけなのですから。


「お、お兄様がこんな時間に、一人でお茶していたら、いくら私でも不審に思いますよ」

「なるほど、一理あるか……」


 私の言葉に、お兄様は納得してくれました。

 そのことに、少し安心します。お兄様の説教は長いですから、できれば聞きたくありませんからね。


「それで、お兄様は何をしているんですか?」

「紅茶を飲んでいただけだ。確かに、不審に思うかもしれないが、本当にそれだけでしかない」

「そ、そうなんですか……?」


 安心した私は、思わず質問をしてしまいました。すると、紅茶を飲んでいただけという回答がもらえました。

 ただ、こんな時間に一人でお茶を嗜むなど、明らかに異常でしょう。


 いつも厳しくて怖い兄ですが、私も流石に心配になります。

 もしかしたら、何か問題でもあったのでしょうか。


「少し、落ち込んで見えましたけど、何かあったんですか?」

「……いや」


 私の言葉に、お兄様は短く答えてくれました。

 なんというか、いつもの刃のような切れ味が落ちています。


 そこで、私は考えてみます。今日、兄が落ち込むようなことがあったかどうかを。


「あっ……」


 そうすると、すぐに思いつきました。

 そういえば、今日お兄様は、お姉様に失礼なことをしていました。そのことを悔やんで、落ち込んでいるのでしょう。


「うわあ……」

「待て。何を自己完結して引いている」


 妹に失礼をして、ここまで落ち込むお兄様に、私は思わず引いてしまいました。いくらなんでも、落ち込みすぎでしょう。

 ただ、お兄様はそれを認めてくれません。


「お、お兄様、お姉様が大好きなのはわかりますが、そんなに落ち込まないでくださいよ」

「俺は別に……」

「お姉様、怒っていませんし、あれくらいでお兄様を嫌いになったりしませんよ」

「……」


 お兄様にマウントをとれる機会などそうないので、私は思わず調子に乗ってしまいました。こうするとどうなるか簡単にわかるはずなのに、そうなってしまうのは、私の悪い癖ですね。


「我が妹よ。それは、俺に対する挑戦と受け取ってもいいのだな?」

「す、すみません。ちょっと、調子に乗り過ぎました。許してください」


 お兄様が私を厳しい視線で睨みつけてきたので、私はすぐに謝りました。こんなの怖すぎです。妹に向ける視線ではないです。


「……まあ、いい。今日はお前に不本意ながら助けられたからな」

「え?」

「お前が指摘しなければ、俺は間違いを犯したままだった。その一点で、今日の俺はお前に何も言えないだろう」

「ほほ……」


 しかし、今日のお兄様は少し弱いようです。

 お姉様に失礼な態度をとった際、私が間に入ったのが要因であるようです。これは、もう少し調子に乗ってもいいんじゃないでしょうか。


「ただし、調子に乗り過ぎた場合、俺も考えなければならないがな」

「あはは、そんな訳ないじゃないですか」


 そう思った私でしたが、お兄様はお見通しのようです。

 これは、さっさと逃げるのが一番です。余計なことを言って、怒られたくありませんからね。


「それでは、私は水を飲みに来ただけなので、失礼しますね……」

「そうか。心配させて、悪かったな」

「い、いえ……」


 なんだか、最後までお兄様がいつもと違い、少し気持ち悪いです。まあ、怒られないならなんでもいい気もしますけど。


 こうして、私とお兄様の奇妙な会合は終わるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る