第8話(リクルド視点)

 ※この話は、第8話のリクルドの視点です。



 俺の名前は、リクルド・フォリシス。

 誇り高きフォリシス家の長男にして、フォルシアス学園の学園長だ。


 俺はルリアとともに、レティの部屋に来ていた。

 今日は、運動嫌いの妹を引きずり出して、運動させる日だ。故に、怠惰な妹の元に来たのである。


「い、嫌です! ランニングなんて、絶対に、嫌です!」


 しかし、レティは俺の提案を拒否していた。

 運動嫌いで引きこもりのこの妹は、ランニングをしたくないらしい。


「そ、そんなことを言わずに……」

「嫌です……」


 ルリアが説得しても、この愚鈍な妹は動かない。

 優しき妹の説得で、考えを変えていれば、この俺は何も言うつもりはなかった。だが、こうなってしまったら仕方ない。


「愚かなる妹よ……」

「へ……」

「その軟弱な魂を、叩き直さなければならないらしいな……」


 俺は、レティに対して言葉を放つ。

 こうなることはわかっていたはずだが、妹は目を丸くする。まさか、俺の存在に気づいてなかったとでもいうのだろうか。

 いや、流石にこの妹も、そこまで落ちてはいないはずだ。


「いつまでも、運動が嫌いだなど言うな。健全な体を作るには、運動は必須のことだ」

「け、健全じゃなくてもいいですよ……」

「それは許可できない。誇り高きフォリシス家の人間が、不健康な体で許されると思うなよ……」

「ううっ……」


 俺の言葉に、レティは動揺した。

 恐らく、心では、この俺が言っていることが正しいとわかっているのだろう。

 それならば、少し甘い言葉でもかけてみるか。あまり叩きすぎるのもよくない。適度に甘い汁を吸わせてやった方が、やる気も出るだろう。


「……言っておくが、何も死ぬ程走らせようと考えている訳ではない。むしろ、お前のペースに合わせてやろうと思っているのだぞ? それでも、嫌なのか?」

「えっ……? そ、それなら、まあ、大丈夫かもしません……」


 すると、レティの表情が変わった。少しはやる気が出てきたようだ。

 だが、ここで一つ注意すべきことがある。この妹が、走り始めてすぐに疲れたと言って、足を止めて、終わらせようとする可能性がない訳ではない。

 万が一でもある可能性は、潰しておくべきだろう。


「ただし、走り始めてすぐにというのは許さない。この俺に、嘘が通用するとは思うなよ……」

「は、はい……」


 俺の言葉に、愚かなる妹は目を逸らす。

 まさか、図星だったというのか。どうやら、俺はこの妹を買いかぶり過ぎていたのかもしれない。


「ならば、外に出るぞ。動きやすい服に着替えてから、玄関に集合だ」

「は、はい……」


 だが、それを指摘する必要もないだろう。今は、運動させることが先決だ。




◇◇◇




 俺は、妹達とともに、屋敷の庭を走っていた。

 屋敷の庭は広く、道も整備してある。何より、屋敷内ということで、安全性も高い。故にここを、ランニングコースとしているのだ。


「ルリア、問題ないか?」

「はい、お兄様」


 俺は、ルリアに声をかけておく。

 こちらの妹は、比較的に疲れているようには見えない。だが、優しき妹は、自身の弱さを隠す傾向がある。故に、気にかけておかなければならないのだ。


「ひ、人を挟んで、イチャつかないでくださいよお……」

「レ、レティ、イチャついてはいないよ?」

「はあ、はあ……」


 そこで、俺達の間にいるもう一人の妹が声をあげた。

 こちらは、目に見えて疲労している。まだ、それ程時間は経っていないが、軟弱な妹には、これが限界なのかもしれない。


「レティ、お前は大丈夫ではなさそうだな……」

「え、ええ、そもそも、ここの庭の一周が、きついですよお。広すぎますよお……」


 レティにとって、この庭は広すぎるようだ。

 いくら体力がないとはいえ、この程度の距離で根をあげるとは、本当に軟弱すぎる。本当に、少し鍛え上げた方が、いいかもしれない。

 このままでは、誇り高きフォリシス家の人間として、やっていけなくなるだろう。それは、俺にとっても、この妹にとっても悪いことだ。


「……まあ、いい。それなら、お前はもう休め。後は、俺達だけで行く」

「はあい……そうさせてもらいます」


 だが、無理というなら、今日は休ませておこう。

 今のこの妹に、嘘偽りはない。故に、今の限界は迎えたということだ。

 それなら、これ以上は無理させるべきではない。オバーワークをさせる程、この俺は愚かではないのだ。


「ルリア、それでは少しペースをあげるか?」

「あ、はい。そうしましょう」


 レティが足を止めた後、俺はルリアにそう問いかけた。

 俺もルリアも、レティのペースに合わせていたが、もうその必要はない。

 もう一人の妹が、どこまでできるか見せてもらうとしよう。




◇◇◇




 ランニングを終えた俺とルリアは、家の中に戻って来ていた。

 すると、もう一人の妹が、迎えてくれる。どうやら、体力は回復したようだ。


「お兄様、お姉様、お疲れ様です。お水とタオルをお持ちしましたよ」

「あ、ありがとう。レティ……」

「感謝する、我が妹よ」


 レティは、水とタオルを持って来てくれていた。

 この妹にしては珍しく、気が利いたことをしてくれる。俺が知らない内に、気遣いができる程に成長していたということか。これは、喜ばしいことだ。


 それに、ルリアについても喜ばしいことがあった。

 この俺とともに、事前に決めていた距離を走り切ったのだ。かなり疲労しているようだが、諦めず走ったことは立派である。


「ルリア、よく走り切ったな」

「あ、はい……」

「……何故、離れていく?」


 そう思い、声をかけた俺から、ルリアは少し距離をとってきた。

 何故この俺から、離れていくというのだろうか。その態度には、この俺も少々不快感を覚えずにはいられない。

 だが、優しき妹が、理由もなく俺から距離をとるとは考えにくい。何か理由があるはずだ。


「この俺に近づかれて、何か不都合でもあるというのか?」

「そ、それは……」

「お兄様、それは駄目です」

「何……?」


 俺がルリアに問い掛けると、レティが間に入ってきた。

 この妹には、ルリアが何を考えているかわかっているらしい。


「お兄様、デリカシーというものを考えてください。いくらなんでも、それくらいは理解してあげてください」

「……なるほど」


 レティの言葉で、俺は完全に理解する。

 この俺としたことが、失礼な態度をとってしまった。妹とはいえ、そういう面で気を遣うのは当然のことだ。

 これは、全面的にこの俺が悪かった。きちんと、ルリアに謝罪し、レティに感謝しよう。


「ルリア、すまなかったな。この俺としたことが、お前に対して失礼な行動をしていた」

「い、いえ……」

「そして、レティよ。この俺の間違いを正すとは、見上げたものだ。今一度、お前に感謝しよう」

「は、はい……」


 俺の言葉に、二人の妹はかなり驚いていた。

 俺のこのような姿は、珍しいことかもしれない。この俺も妹達の前で、失態をさらしたことを深く反省している。

 このようなことは、なるべく避けなければならない。強く正しい俺でいなければ、妹達に示しがつかないのだ。


 こうして、俺達のランニングは終わっていくのだった。

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